第4話 日常的だけどあんがい難しい
ショドク八周年選手権の次のお題が発表される日。
わたしと
待ってるあいだ、スマホに流れてくるニュースは、そのショドクが生まれる前に起こった大災害の話が多かった。今日がちょうどその日なのだ。
ところで、この店は基本的に喫茶店メニューしかないけど、ご飯ものとして例外的にカレーがあって、しかもそれがけっこう有名だ。たぶんヨーロッパ風のカレーなんだろうけど、ずっと前にインドの人が来てそのスパイスの使いかたに感動した、という逸話もある。
インド人もびっくりの欧風カレー。
……けっこう、無敵。
二人ともその無敵のカレーを食べて時間を待つ。
久礼菜恵。
痩せているくせに、食べるのが速い。
痩せの大食い、久礼菜恵。
その久礼菜恵は、今日は、春色っぽい、編みのあらいセーターを着ていて、年相応の若々しさを発散している。この前のもっさり感は、ない。
あれは。
高校生みたいな紺のベストに、やっぱり高校の制服みたいなジャケット、高校生みたいなネクタイという取り合わせが生んでいたもっさり感なのだな。
高校生が着ると清新な印象でも、高校を卒業してもうすぐ三年という年月が、清楚女といえどももっさり見せてしまう。
そういうことだろう。
でも。
久礼菜恵の春色パステルカラーセーター姿に見とれて、そんなことを考えているのは、もしかすると、その災害から何周年とかのニュースに関心を向けたくなかったからかも知れない。
べつに、自分が被災した、とかではない。
幸いなことに、と言ってもいいだろう。幸いなことに、自分の知り合いも被災していない。
それでも、やっぱり、この季節になると繰り返されるこのニュースにまじめにつき合おうとすると、それでもやっぱりしんどい。
そんな時間のなか、一二時が来る。
お題発表の瞬間だ。
しかし、最初の一分ぐらいはアクセスが集中するかも知れないので、食後の小さいコーヒーを飲みながら、待つ。
「じゃ、行くね」
そう言って、わたしがショドク八周年選手権特設ページを開いたのは、一二時五分ごろだった。
お題「ささくれ」。
わたしと、わたしのスマホをのぞき込んでいた久礼菜恵は、顔を見合わせた。
「なんか、日常的だけど、あんがい難しいお題ですね」
と、もっさり感を脱した久礼菜恵が言う。
わたしは、さっそく、思いついたことを言ってみた。
「一つは、正攻法で、心のなかに残ったささくれの話」
久礼菜恵がぱっと目を見開いたのは、こんなに早く「ささっちゃんさん」が思いつきを言うとは思っていなかったから……。
……だろうか。
わたしは、言う。
「今日、例の災害の話がずっと流れてるじゃない?」
「はい」
「だから、思いついたんだけど、何か大きい災害のあと、いろんなことがラッキーに運んで、いまは幸せに暮らしてるけど、あの日のことは心のなかに小さなささくれになって残ってる、触れなければ忘れてるけど、触れると、「ちくっ」以上の痛みがある。そんな話。今日流れてるみたいな災害に絡むような実話っぽいにするか、ファンタジーのなかの大災害にするかは、任せる」
「はい」
久礼菜恵はわたしの顔をじっと見て、少しことばに力をこめて言った。
続けて、言う。
「あのとき、わたし、小学校の低学年だったから、あんまりよくわかってないんですよね」
いきなり瞬発力的に殺意が高まる!
わたしは中学生だった。
たしかに世のなか的にはあの日に中学生でも若いほうだが。
こんなときにさりげなく歳の差を誇示する行為、どうしてくれよう!
「あ。でも、ちょっと、時間の許す範囲で調べてみますね」
高まり続けているわたしの殺意には気づかず、久礼菜恵が言う。
ふんっ、と、大きく息をついて、わたしは殺意を忘れ、話を続けることにした。
遅く生まれたこの久礼菜恵がまだ経験していない、大学の卒業旅行で、わたしはパリに行ったのだが。
「もうひとつは、男がパリでタクシーに乗って、「サ、サクレクール……」と言って絶命するところから始まるミステリー」
サクレクールを、無理やり「ささくれ」につなげてしまう強引さ。
しかし!
さあ、この
「ああ」
……知ってるみたいだな。
「パリで、ミステリーって言うと、ありきたりだけど、アルセーヌ・ルパンっぽくてわくわくしますねっ」
こいつ、ほんとにわくわくしていそうだ。
そんな雰囲気。
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