第2話 それを確かめてみたい、という意地悪な思いも
かわいい彼女はマグロぶつ切り丼を、わたしはホッケの焼き魚定食をささっと食べると、わたしの職場をはさんで反対側の喫茶店に移動した。
わたしが生まれる前からあるらしい、古めの感じの喫茶店だ。
わりと高めなかわりに、昼でも二人席ならば座れる。
彼女は
ショドクでは「くれなえ」というペンネームで活動しているらしい。
それ、本名そのままじゃん?
本名、ばれないか、と思うけど。
意外と、かえってばれないのかも知れない。
それで、わたしも自己紹介。
「わたしは
いま思うと、「う~ん……」というペンネームだけど。
そこを清楚な眼鏡っ子の久礼菜恵に突っ込ませないために、言う。
「くれなえさんは、どこにお勤め?」
「そこの大学の三年生です」
普通に言って、こちらを上目づかいに見る顔つきがキュート。
三年生!
その生まれの遅さに嫉妬する。
遅く生まれた者には、それだけ未来がある!
それに。
「だったら偏差値高いんじゃない!」
「いえ、そこの底辺ですから」
久礼菜恵は謙遜する。
でも、大学の偏差値が高いというのは、そこの「底辺」の点数が高いということなのだが。
その、底辺の偏差値が高い大学の底辺生の久礼菜恵がきく。
「ささっちゃんさんはどこの
「ささっちゃんさん」と書かれることはあるので、慣れているが。
口に出して言われるとなぁ。
それにもめげず、言う。
「あ。ここの隣の某法人」
「ああ、じゃあ、いつもお世話になってる……」
しかし!
そのわたしの勤め先の某法人の昼休みは短いのである。
そこで、その久礼菜恵のことばにかぶせるように、言う。
「くれなえさんは、その「箱」ってテーマで何を書くつもり?」
敵情偵察!
「ああ」
久礼菜恵は困惑して見せた。
「わたし、ストーリーとか設定とか考えるのだけでけっこう時間かかるんですよね。書き始めると早いんですけど。だから、何もまだ思いつかなくて」
「わたしは逆だなあ」
と、わたしは思わず自分の事情を口にしてしまった。
「設定とかはすぐ思いつくんだけど、それを文章にするのは、すごい時間がかかるの。それで何度くやしい思いをしたか」
某法人の仕事が忙しくて、家に帰ったら疲れ果てていて、書けなかった、ということも多いのだが。
「じゃあ」
と、久礼菜恵は身を乗り出した。
「ささっちゃんさんが、二通りのストーリーの設定を考えてくれませんか?」
あ。
ああ。
考えるのは、すぐ考えつく。
もう二通りぐらいは、いや、それ以上、考えてるけど。
でも。
「なんで、二通り?」
「それをもとにして、わたしが二つ書いて、一本をわたしの名まえで載せて、一本をささっちゃんさんのところに載せるんです!」
うわ。
久礼菜恵、そのキュートな大きめの丸眼鏡の向こうで目を輝かせている!
「合作?」
「はい」
それ、ショドクの規約上、いいのかなぁ?
しかし、それは言わない。
ショドクの規約を軽視したからではない。
単純に「合作」というのはやってみたかった。
まして、その相手が、このキュートな、そして偏差値の高い大学の久礼菜恵ならば。
それに。
偏差値高めの色白眼鏡っ子が何を書くか、ほんとうに書き始めると早いのか、もしかして「やっぱり二本は無理でした!」と最後には泣きを入れてくるのか。
それを確かめてみたい、という意地悪な思いもあった。
「だったら、ねえ」
わたしは、思いついたことのうち二つを、ゆっくりと、久礼菜恵に話した。
法人の昼休み終了に間に合う範囲で、ゆっくりと。
それは、久礼菜恵にわかりやすく、ということでもあったが、また、久礼菜恵にツッコミを入れさせないためでもあった。
久礼菜恵は、ときどきこっちの顔を見上げながら、スマホで熱心にメモを取っている。
上目づかいが、かわいいのだが、一瞬間もこっちを見逃すまいとしているような黒目の動きが、キュートなのだが。
たしかにこうやってものごとを自分のなかに取り込んでいれば、底辺でも偏差値高い大学の学生をやっていられるものだ、ということが納得できた。
いや。
この様子では、底辺の偏差値が高い大学でも、底辺ではなく、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます