「ささくれ」で小説を書く

清瀬 六朗

第1話 声を立てたのはわたしではない

 わたしは、定食屋の、小さすぎる、それにガタの来た椅子に座ると、スマホを出した。

 昼の定食屋は混雑している。一人の客は八人掛けの大テーブルで相席になる。

 向かい側には、どうにも垢抜けない、痩せた女が座っていた。

 歳下らしい。

 その女はバッグからスマホを出したところだった。

 うつむいてその画面を見て、せわしなく操作している。

 そうだ。

 わたしも見なければ。

 会社からもう少し行けば、もう少し高級感があって、混雑ももう少しましなお店もあるのだが。

 どうしてここに来たかというと、時間が惜しかったからだ。

 いま、わたしがときどき投稿している「ショドク」という小説投稿サイトでは「ショドク八周年選手権」というイベントをやっている。

 運営から提示されるテーマにしたがって、三日か四日で小説を書いて投稿する。それが八回繰り返される。

 その全部のテーマについて小説を書いて投稿すればポイントがもらえる。

 ポイントがのどから手が出るほどほしい、というわけではない。

 のどから手が出る、って、ありえないけど。

 モンスターじゃあるまいし。

 でも、こういうお祭りごとにはできるだけ参加したい。一回でも書けないとなんか「負けた」感が大きい。

 だから、書いている時間が希少なわたしとしては、そのテーマが発表されるときに、できれば席に着いていたかった。

 発表は今日の昼の一二時。

 それで、この定食屋のこの席に来たのだが。

 八周年選手権のページを開くと、たしかに、あたらしいタイトルが発表になっていた。

 「箱、かあ」

 そうだ。

 「箱」。

 えっ?

 いま、「箱、かあ」と声を立てたのはわたしではない。

 すると?

 顔を上げると、目の前の、向かい側の席に座った、わたしより若い、それにしてはもっさりした女が熱心にスマホの画面をスクロールしているらしい。

 「あの」

とわたしは声をかけた。

 声をかけてから、いまの時間にスマホを見ているからと言って、「ショドク」を見ているという可能性は低いよな、と、気づいた。

 気づいたけれど、もう遅い。

 向かいの席の女は、ふっ、とわたしのほうに顔を上げた。

 おっ?

 顔を上げると、色白で、ストレートヘアで、前髪を思わせぶりに垂らした清楚な眼鏡っ子?

 この歳上の女はなぜ声をかけたのだろう、という、疑問の顔でこっちを見ている。

 だったら、言わないといけない。

 「ショドク八周年選手権のお題?」

 「そう……」

 唇がはかなげに動き、それにしては低い声を出す。

 「ですけど?」

 ぱち、ぱち。

 その清楚な顔の疑問っぽい顔に表情が生まれた。

 「って、先輩も?」

 先輩なのかどうかは知らないけど。

 「うん」

 スマイルで、「先輩」の威厳を保つ。

 「わたしもね」

 そのわたしの答えに、もっさりした、でも清楚で色白な眼鏡っ子の彼女が、目をめいっぱい細めて笑った。

 うわっ。

 かわいいっ!

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