第4話 Wundor
駅には自分の他には誰も居なかった。
漸く、煌々とした駅舎の明かりが
見えた時には安堵したけれど、
心細さは少しも解消しなかった。
自分の腕時計で、時刻を確認する。
あと十分程で電車が来るのは不幸中の
幸いだったろう。
だが、突然。
カン カン カン カン
甲高い警告音と共に駅横にある踏切の
遮断桿が下り始めた。
カン カン カン
酷く甲高い音が、警告する。
無人駅にも電光掲示板はある。次の
電車は十分後に来る。にもかかわらず
遮断機が警告している。
無 人 駅 の 対 岸
踏切に蹲っている ナニカ が
ゆっくりと、陽炎のように立ち上り
こっちに向かって手招きをする。
踏切の端で揺れながら、手招きを
繰り返す 昏いモノ は。
「……。」二、三歩 後ろへ後退る。
人の 形 をしてはいるが、決して
ヒト ではないものだ。
酷く 不完全な
赫い遮断燈の明滅に合わせるように
抗うように。
人の形をしたモノには
頭部 が 無 い。
愕然としながら背後の壁に凭れて
視線は電光掲示板の時刻に釘付けに
なる。「……ッ!」まるで祈るように
腕時計の文字盤とを見比べる。
一瞬、音が消える。
そして又。 カン カン カン
警告音と共に、遮断桿が下り始める。
「……え。」今、初めて鳴らしたかの
様な、甲高い警告音。
不愉快で、 瞑 々 する。
ふと見ると、駅のホームには他にも
人がいた。手を繋いだ母親と女の子が。
一瞬、助かったと思ったが、反射的に
自分の腕時計を確認した。
「……。」丁度、十分きっかり。
今度の警告音は 本物 なのだろう。
踏切で手招きをする ナニカ はもう
何処にも見えなかった。
滑るようにホームへと入る電車のドアが
開いて、逃れるように滑り込む。
あの親子も。
車内は見慣れた色の明かりに満ちて
漸く、深く安堵する。
乗客は思いの外多かったが、それでも
座席を埋める程ではなく。適度に間隔を
保ちながら、其々が 不可侵 を暗黙の
了解としていた。
黙って膝の上の両手を見る。
携帯は見ない。気を取られたく
なかった。気を取られているうちに
また何か恐ろしい事が起きそうで。
それ は下げられた視線に映り込んだ。
赫い沓 が。
自分の前に立つ ソレ は空いた席に
座ろうとはせずに、只々 自分の目の
前に立っている。黒いコートから覗く
深く昏い 赫 い 色。
「……。」視線を上げれば済むこと。
なのにどうしてもそれが出来ない。
只々、自分の膝の上に置かれている
両手を見つめていた。
早く何処かに行ってくれ。
ここにずっと 留まって いるのか。
そして永遠に彷徨っているのか。
一刻も早く、何処かに。そう願って目を
閉じる。そして昏さに耐え切れずに、
また目を開ける。
赫い沓 それは、赧く染まった
布で巻かれた 足 先。
まだ乾いていない
赭 い色 は、忌まわしい足跡を
つけて車内を行き来している。
視線を上げる事は出来ないだろう。
目当ての駅に着くまで、只々ずっと
ソレ を見ないように
やり過ごしていた。
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