第3話 Wyrm

もう既に、陽は沈んでいた。

駅へと至るには山の切通しを抜ける。

等間隔に置かれている蒼白い街灯。

それだけが 頼り だった。


綺麗に深く切断された山の断面は、

水の循環の影響か、じっとりと湿って

いて、それが蒼白い光に 茫 と

呼応する。


     この山の上は 墓地 だ。


それを思い出して又厭な気持ちになる。

この山肌を伝い流れる、溟い 水 を。




恐怖は自らの 内側 に在る。

 その、偶かの 顕現。




司法書士の自宅を逃げる様に辞してから

ずっと走り続けて、遂に息が上がった。

足を止めて、呼吸を整える。



   ふと、違和感を覚える。


そして後ろを振り返る。



不等間隔に蒼白い街灯が連なる先の方に

何か 昏いモノ が。



 あれは 人 だろうか、それとも。



まるで影の様な 何か が、緩い坂道の

上の方からこっちへと近づいて来るのが

見えた。

 蒼白い光の中でも尚も昏い ソレは

ふらり ふらりと、不気味に揺れながら

少しずつこちらへ向かって歩いて来る。



まるで命を持たない 人形 のような。

だが、それは間違いなくこっちの方へと

近づいて来る。


「………!」思わず、また走り出す。



絶対に追いつかれたくなかった。

只々、溟い切通しの道を走る。

 後ろを振り返る勇気はもうなかった。

何にせよ、いずれ 善い ものでは

ないのだろう。



「…ッ!」右足が、何かを踏みつけた。

柔らかい 何か を。その靴底の酷く

厭な感触に、眩暈がした。

 それでも足は止まらない。いや、

止めるのが怖かった。



   それは、生きている 何か。


 生きていた筈の ナニカ だ。



駅のホームでの恐ろしい 光景 が

突然、脳裏にフラッシュバックする。

「……はぁ……はぁッ…あぁ…。」


一旦、落ち着く為に立ち止まって、

そして、背後を振り返る。





    闇。



     真っ暗な 闇 があった。




自分は、どこまで 自己弁護 が

苦手なのだろう。

 是といった主義主張がある訳では

なく、只管に 口下手 なだけで。


けれども抗弁するよりも黙した方が

遙かに楽になれた。



昏い ソレ が嗤う。


もう、此処からは出られないのか。



だがそれでも足は停まる事を拒み、

ゆるい下り坂を必死に走った。


蒼白い街灯。


それだけが拠り所だった。



走って、更に走って。もう切れる息も

既にその感覚を忘れてしまった様に。

背後を振り返ってみたとしても、きっと

何もないのだろう。


 もう少しで 無人の駅 に辿り着く。


そこが間違いなく駅だとわかるのは

煌々とした駅舎の灯と、


踏切の 赫い  遮断燈。



漸く それ を目にした時には安堵の

息が漏れた。もう、走らなくていい。

そう思った途端。

          あの感覚が。


溟い切通しで ナニカ を踏んだ、あの

厭に柔らかくて生々しい感触が蘇った。

 踏み躙った右足の下で ソレ は

微かに震えるように動いていた。

忌わしい ナニカ が。




無性に叫び出したくなる。

けれども、壊れかけの 理性 が。


 辛うじてそれを押し止めた。






もう、一刻も早く。


この閉ざされた町を出たかった。




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