第2話 現状把握

(……要するに、両親の暴挙によって魔晶を植え付けられた子供が偶然魔晶を取り込むことに成功してしまった結果、軍に実験体として確保された挙句散々こねくり回されたってだけの話だろうに)


ARっぽい感じのガイダンスを終えた俺は、誰もが思っているであろうことを内心で独り言ちた。


ただ、まぁ。彼のお陰でこうして俺も戦うことができるのだから、その点には感謝しようと思う。


オリジナルと呼ばれることになった子供に黙祷をささげつつ、俺は現状を振り返る。


まず俺は今年で15歳になる男だ。身長は170くらい。黒髪で黒目。外見的な特徴はない、と思う。


他の人と違う所を挙げるとすれば、前世の記憶がほんわかとあったくらいだろうか。


この記憶があったおかげで一時期は天才扱いもされたが、今はそうでもない。ただし、10で天才15で才児。20過ぎればただの人という言葉があるように、15になった今でも俺はそこそこ優秀な子供に分類されているのだから悪いことばかりではない。


特に、小学校に上がる前から『努力の意味と価値を正しく理解していた』ってのは凄く大きいことだったと思っている。


そのおかげで今もこうして生きていられているのだから、間違いない。


で、両親はいない。


去年出張先のタイだかベトナムだかで魔族との戦争に巻き込まれて、俺と3歳下の妹を残して死んでしまったからだ。


ガイダンスを見る前はなんでそんな危険なところに夫婦で行ったのかよくわからなかったが、今ならわかる。


おそらく両親がいた場所は、第三師団が壊滅するまでは安全だと思われていた場所だったのだ。だが第三師団が暴走して壊滅したため魔族の進出を許してしまい、戦場になってしまったのだろう。そして死んでしまったのだ。


おのれ第三師団。


もう滅んだ連中にどうこう言ってもしょうがないので話を続けよう。


両親が死んだ後、国と両親が勤めていた会社から少額の補償金が出されたがそれだけだった。


まぁこんなご時世だ。補償金が出ただけマシだろうと思う。


ただし、いつの間にか保護者面して俺たちが住んでいた家や土地を売り払った挙げ句、補償金まで狙ってきた自称親戚連中を許す気はない。


家やら土地については連中が金を出していた可能性もあったから黙認したが、補償金はアイツの学費に使うんだ。誰にも渡さん。


というのも、このご時世、高校はまだしも大学に進学するにはけっこうな金が必要になるのだが、逆に言えば金さえあれば大学にも進学することが可能だからだ。


そしてこの国は大学で高等教育を受けている学生のことを国家の財産として認定している。よって、大学に進学することさえできれば妹は戦場から離れることができるのである。


穿った見方をすれば金持ちたちが自分たちの子供を戦場に送らないようにするための小細工だろうが、今はその小細工がありがたい。


ただ、もらった補償金だけでは学費には足りないので、俺は進学ではなく就職することにした。


尤も、ただでさえ最終学歴が中卒な上、特にコネや後ろ楯があるわけでもなければ、特殊な資格を持っているわけでもない俺がまともなところに就職できるはずかない。


よって俺が就職先として選んだのは、万年人手不足が囁かれている国防軍であった。


軍を選んだのは、学歴やコネがどうこうだけでなく、俺に魔晶と適合できる素養があること――それもそれなりに高い適合値らしい。おそらく前世の記憶とかが影響しているのだろうが、詳細は不明だし誰かに話すつもりもない――が定期健診で判明していたからだ。


西暦2055年現在、魔晶と適合できる素養をもつ人間はそれなりにいるものの、その適合値はピンキリだ。そんな中、それなりに高い適合値を持つ俺は軍にとって貴重な存在になるはず。


貴重な存在であればそれなりな扱いになるだろう。もちろん訓練が終わったら即戦場に出される可能性もあるが、それでも訓練中は死なないし、なにより戦場に出されたとしても小銃一丁で放り出されるということがないというのが大きい。


もし機体を預かる機士となれば生存率はぐんと跳ね上がる。そうやって俺が生き続け、そして戦い続けている限り親戚を自称する連中の介入を防げるし、妹も安全になる。


そう考えたからこそ、俺は国防軍に志願することにしたのだ。


ちなみに軍にとって最も注意すべきは外部の敵と内部の工作員である。故に工作員になりそうな輩は軍に入隊することはできないし、軍に入隊した者の家族にも変な虫がつかないよう警戒してくれるのだ。


しかも官舎に移ることができれば屈強な兵士が常に無料で警備をしてくれるのだ。


もう最高だな!


人によっては不自由を感じるかもしれないが、俺個人の意見としては周囲に危険な連中が寄らないと考えればプラスの方が大きいと思っている。


それに、だ。この国では軍人の社会的地位が決して低くないのもいい。妹だって両親がいない孤児よりも、軍人の妹ってことの方が進学した際に差別とかされないだろう。


なにせ、目の前に危険があることもわかっているのだ。その危険から護ってくれる軍人さんやその家族に対して心無い言葉を浴びせる者などいない。


いや、いることはいるらしいが、大体は他国や悪魔に派遣された工作員かそれに洗脳された連中である。


このご時世で『軍事費を削れ』なんて声を上げるとか、正気じゃねぇとしか言いようがないぞ。


連中の言い分としては『悪魔とはいえ会話ができるなら分かり合える』だの『悪魔は無理かもしれないが、魔族は交渉が可能な相手だから武器を持つ前に話し合いをするべきだ』だのというものが多いが、はっきり言おう、それは無理だ。


魔族はその成り立ちからして人間を嫌っているし、何より魔族と人間は種族の生存を懸けた生存競争の真っ只中なので、お互いの内部に不和の種を蒔くという用途以外での交渉は成立しないのだから。


命を助ける約束? なにそれ、おいしいの? である。


例外が一例だけあるが、その例外もガイダンスにあったように悪魔同士の戦いで負けた悪魔が人間にすり寄ってきただけであって、決して友好的な関係を築くためなどではない。故にその一例を以て『悪魔と交渉が可能だ』などとと考えている連中は阿呆すぎると言わざるをえない。


そもそもの話だが、悪魔にとって人間は餌である。なので人間側から交渉をする場合は『無条件降伏したうえで生涯奴隷として生きる』という契約を結ぶくらいしかできないのだ。


……これを交渉と呼ぶかどうかは賛否が分かれるところだろうが、敢えて交渉と呼ぶのであれば確かに交渉すること自体は不可能ではないけどな。


事実、共生派と呼ばれる面々はそれを念頭に動いている節がある。


俺としても戦争に疲れた連中が『奴隷でもいいから戦争と関係ないところで暮らしたい』と願う気持ちもわからないわけではない。だが連中は悪魔の奴隷になるということを軽く見過ぎていると思う。


確かに、悪魔の庇護の下で生きることはできるだろう。だって死んだらそれで終わりだから。


だが生活環境が整っているか? と言われれば答えはNOだ。


悪魔の奴隷となった人間は、それこそ彼〇島で囚われの身になった島民のように搾取されることになるというのが常識である。


ただ悪魔の中にも賢いものがいるようで、そういった連中は『自分に降伏すればこんな生活をさせてやる』と言って悠々自適に暮らす人間の映像を見せてくる。


実際にそういった暮らしができている人間もいるようだが、それは極々一握りの存在しかいない。


こうやって極々一握りの人間を優遇することで奴隷たちの反骨心や恨みをそいつに向け、その負のエネルギーを喰らうのが悪魔のやり方なのだ。


しかも優遇されるのは一定期間だけで、それを過ぎると奴隷に落とされるとか。


つまりアレだ。亡命した者に対し家族や友人に『ここは天国だぞ』というメッセージを送らせるわけだ。それを信じた家族や友人が亡命する。そうして取り込めるだけの人間を取り込んだと判断されたら、そいつは行方不明、つまり奴隷となるわけだな。


行方不明になったとしても、もはやそれを訴える家族も友人もいないのだから問題にはならないという寸法である。


「嫌なやり方だが、効果的ではある。本当に嫌なやり方だが」


軍のいうことを100%信じるわけではないが、啓蒙のためということでとある家族に送られてきたという映像をいくつか見せられれば、その背景が使い回しであることもわかるしな。


軍が行方不明になった人間の末路を知っているのは、都市を攻略した際に発見されたニンゲンだったものを見ているからだ。


そして軍はそのことを隠していない。

それどころか積極的に情報を拡散している。


そのため現状ではほとんどの人間が悪魔との交渉を行うことを忌避しているし、それを推奨している共生派を人類の裏切り者として認識している。


共生派になった人間が悪魔との交渉を推奨する理由は様々だ。先述したように、戦争に疲れていたりする人もいれば、自分の家族が人質に取られていたりする人もいる。


その中で最も積極的な連中は、現在悪魔に厚遇されている、極々一握りの人間の関係者だ。


彼らは『悪魔に人間を差し出す』という仕事を任されており、それをこなしている限り優遇されるという契約を結んでいる。そのため彼らが宣う『悪魔と交渉ができる』という言葉は決して嘘ではないし、勧誘の言葉に熱が篭っているのである。


そしてそんな連中の言葉に騙される人間は一定数存在する。

悲しいことに人間は『自分は大丈夫』と思ってしまう生き物なのだ。


真実を知るのは本当に取り返しがつかなくなってからだが、それに関しては自業自得と諦めてもらうしかない。巻き込まれることになる家族や友人も哀れだが、今の俺には他人を憐れむ余裕などない。


とにもかくにも、俺は共生派になるつもりはないし、妹を共生派に関わらせるつもりもない。だから家の周りを軍人さんが見回っても痛くも痒くもないのである。


「ってなわけで俺たちも官舎に移れませんかね?」


「無理だね」


「なぜです!?」


即答かよ!


「そりゃ、君みたいに考える人が多いからさ」


「くっ!」


考えることは皆同じか!


「ただまぁ、君は魔晶に適合できたからね。多少の特別扱いはできるよ」


「む?」


確かに適性検査で魔晶への適性があった。あったが、それで特別扱いしてくれるのであれば最初から言うはずだ。


否定してからの甘い言葉なんて普通に考えれば厄ネタだ。

美味しい話には裏があるんだろ? 知ってるぞ。俺は詳しいんだ!


とはいえ、この状況で聞かないって選択肢はねぇんだよなぁ。


今の俺は新米も新米、それも後ろ盾もなにもない子供だ。

そんな子供が人事の担当官に嫌われたらどうなるか。そんなの考えるまでもない。


「……具体的にはどんな?」


まぁ兎にも角にも話を聞いてからだな。

あんまり酷い内容なら拒否すればいいだけだし。


「うん。その警戒心はいい。正式に配属されても誰の言葉であっても疑うって気持ちを忘れないようにしたまえ。あぁ。もちろん直属の上官は別だよ?」


皮肉ですね。わかります。


「……はい。すみません」


「皮肉ではなく本気で褒めたんだがね。まぁいいさ」


覚悟を決めて「くっころ」の精神で問いかけてみれば、俺の思惑を見抜いたであろう担当官さんは苦笑いをしながら話してくれた。


「簡単なことだ。機兵を使うにはそれなりの訓練期間が必要なのは知っているね?」


「えぇ、まぁ、はい」


そりゃそうだ。自動車でさえ免許を取るのに1か月かかってたっていうのに(あの場合は自動車学校の利益のためでもあるが)それ以上に操作が難しい機兵となれば、自動車以上の時間が必要なのは当たり前だ。


「基本的に軍では訓練施設での習熟を推奨している。その方が部隊内の連携訓練もできるからね。だけど君のような若い子の場合は別だ。軍学校に通わせて一定の教養と技術を付けさせてから配属させることが推奨されているのさ」


「……体力も知識も連携の経験もない子供を部隊に入れて鍛えるよりも、最低限の常識と能力を身に付けさせてから入隊させたい、と?」


気持ちはわかる。基礎の基礎を教えたりするのも面倒だし、なにより魔晶に適合したからっていって調子に乗った子供の教育とか面倒極まりないことを現場でやりたくはないわな。


「率直に言えばその通り。付け加えるなら、軍学校で適性を調べた方がその後の配備もやりやすくなるだろう?」


「それは、そうですね」


そうとしか言えん。通知表、いや、この場合は内申書か。それがあった方が上官としても引き抜き易いし、配備した後の教育もやりやすいよな。


「通学する期間は通常3年。少しだが給料も出る。また、生まれや育ちが全く関係ないとは言わないが、最も優先されるのは機体の親和性だ。さらに軍学校は尉官教育も兼ねているので、卒業と同時に尉官待遇で入隊できるようになるよ」


「本当ですか!」


給料を貰える上になんの後ろ盾もない俺でも昇進できるのか! これはいい情報だな!


「こんなことで嘘なんか吐かないさ。それと軍学校に通う場合、君が住む場所は学校指定の寮になる。ただ昨今は君のような親やきょうだいと一緒に住みたいというケースも多くてね。3DKや2DKの部屋もあるんだ。近くに小学校や中学校もあるから、妹さんの進学先に困ることはないよ」


「おぉ、なるほど!」


この辺は軍による囲い込み以外のなにものでもないが、今の俺にとってはそれこそ望むところ。なんの問題もないな!


「どうかね? 君が望むのであれば軍学校へ進学する手続きを進めるが?」


軍学校くん! 君に決めた!


「よろしくお願いします!」


「そうかそうか。では手続きを進めよう。頑張ってくれたまえ」


「はい! アドバイスありがとうございます!」


降って湧いた好機を逃すなんてとんでもねぇ! 俺は乗るぞ、この大波に!



――このとき、担当官の言葉を鵜吞みにして浮かれていた俺は気付かなかった。


俺が『軍学校に通う』と宣言したとき、担当官がにやりとほくそ笑んだことを。


学校に通うだけで給料が出るということが如何に不自然なことかということを。


そもそも自分で『美味しい話には裏がある』と言ったにもかかわらず、担当官が提案してきた美味しい話に何の警戒もしていなかった自分の馬鹿さ加減にも。


この時の俺は、本当に何も気付いていなかったのだった。

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