第3話 妹への報告とこれからのこと
あの後、入学の手続きは担当官さんがやってくれるというので、軍学校に入学する意思があるという旨が掛かれた書類にサインだけして帰宅した。
勿論、話が美味しすぎるとは考えたぞ。だから自分が知らないうちにヤバい契約的なモノが結ばれていた! なんて可能性も考慮して隅々まで書類を確認したが、何度見ても『私は軍学校に進学する意思が有ります』っていうだけのものだったから安心だ。
あと、なんで在学しているだけで給料が出るのかも聞いてみた。
答えは、機士として軍学校に入った生徒はテストパイロットとしての役割を兼ねているから、だそうだ。
生徒が機械に慣れるのと同時に、機械のデバッグ処理なども行うって話らしい。
そりゃ立派な仕事だ。給料だって出さないと駄目だよな。
もしかしたら俺が行く場所が軍学校という名の実験場って可能性もあるんだが、さすがに正規の軍人さんが入隊を希望する子供を騙してそんなところに送ったら駄目だろ。
もしそっちの方向だとしたら……こちとらただの子供じゃねぇんだ。炎上どころの騒ぎでは済まさんぞ。
そんな決意を胸に秘めつつ、親族に家を売られてから移り住むことになった築30年のアパート(間取り2k。家賃4万。保証人不要)に帰宅。
「ただいまー」
これから俺は、次なる試練にぶつかることになる。そう、妹様こと優菜の説得だ。
「おかえりなさい。……どうだった?」
基本的に優菜は俺が軍に入隊することに反対している。それもそうだろう。なにせ優菜から見れば俺は、
こんなの、もし逆の立場だったら俺だって反対するわ。
だが俺が軍へ入隊するのは、今の時点で軍に入隊しなければこれから俺達はまともな生活を送ることができないと判断したが故の決断だ。だからこれは優菜の為だけではない。俺の為でもあるのだ。
そう言って説得する予定だったが、今回この手は封印する。なにせ嬉しい誤算があったからな!
「試験には合格したよ。来年から軍に入ることになった」
「……そう、なんだ」
優菜の目からハイライトが消えた!? まて、まだ焦る時間じゃない。
「お、おう。でもな!」
焦る時間ではないとはいえ妹に悲しい顔をさせるのは本意ではないので、俺はさっさと嬉しい誤算について説明をすることにした。
「でも?」
殊更明るいテンションで話を続けようとする俺を見て、妹も『なにかおかしいぞ?』と思ったのだろう。ハイライトを取り戻した目が先を促してきた。
「兵士としてではなく、先に軍学校に入学することになったんだ!」
「軍、学校?」
どうやら妹も軍学校について詳しいことは知らないらしい。まぁそうだよな。俺だって知らなかったし。
「一言で言うなら軍人を育成する為の学校だな。ここを出ると一兵卒、つまり普通の兵士ではなく、尉官、つまり幹部候補生として扱われることになるんだ! 当然高卒資格も手に入る。それだけじゃない! 機士としての実験が軍務相当するらしく、在学しているだけで給料がでるんだぜ!」
「……幹部候補? つまり最前線で使い潰されたりはしない?」
「お、おう」
随分とネガティブなことを警戒していたんだな。いや、たとえ子供とはいえ、一人しかいない家族が軍に入るって言い出したら軍について調べるわな。
そんで、中卒でなんの後ろ盾もない子供が軍でどんな風に扱われるかって調べた結果が『最前線で使い潰される』だったんだろう。
普通ならそうだ。俺もそうなることを覚悟していたしな。でもそうはならなかった。それも偏に俺に魔晶への適性があった――しかもそれなりに高いらしい――からだ。
「え?」
適性について語ったところで妹の目が驚きで見開かれた。うんうん。その気持ちは分かるぞ。
今まで健康診断の結果なんて教えたことなかったしな。つーか普通は特に異常がなければ言わないよな? 俺も優菜の診断結果とか見たことないし。両親にも『特に異常なし』って報告があるくらいじゃないか?
それはそれとして。人工魔晶の研究が進んだことで魔晶に適合する者が増えたとはいえ、それでも機体を動かせるレベルで適合できるのは1000人に1人と言われる程に稀少価値が高いらしい。
さしもの優菜とてまさか実の兄がその1000人に1人に該当するとは思うまいよ。
というか実際俺も自分の適性がそこまで高いなんて思ってなかったから、担当官さんから詳細を聞かされた時は優菜以上に驚いたけどな!
あのときの俺自身の気持ちはさて置くとして。
「機体もそうだけど、機体を操ることができる機士はそれ以上の貴重品だ。だから無駄死にさせないように、適性がある子供が入隊を希望した場合、最低限の知識や生き延びるための技術を身につけさせるために軍学校へ送り込むのが通例らしいぞ」
「へ、へぇ~」
これまで平凡な兄としか思っていなかった俺が、実は1000人に1人の逸材だったと知った優菜はまだ驚きから抜け出せていないようだ。このまま話を進めるのは些か以上に卑怯な気がしないでもないが、どうせならこの勢いのまま行ってしまおう。
「で、軍学校に通う場合は軍が管理する寮に入る必要があるんだ。だから来年度からこのアパートからそっちに引っ越すことになる。もちろん家族である優菜も一緒にな」
「え? お引っ越しするの?」
「うん。機密保持の観点とか色々な都合があるからな。で、それに伴い小学校……は卒業したあとだから問題ないけど、中学校は元々予定していた場所とは違う場所に行くことになるんだ」
「それってお引っ越し先の近くの学校に行くってことだよね?」
「そうだな。友達と離れることになるのは悪いと思う。でも……」
この年頃の子供にとって友達は何より大事なものだ。それになにより、軍が管理する中学校に入った場合、間違いなく周囲に知り合いがいない状態からのスタートになってしまう。対して他の子は最初から軍の関係者同士での繋がりがある状態だ。
如何に優菜が可愛くて理知的で社交的で学校の成績も良くて運動神経も人並み以上にある完璧少女だとしても、否、完璧少女だからこそ虐め……は無いと思いたいが、孤立する可能性はある。
もしそうなったらどうしよう。俺ならいくらでも我慢できるが、優菜に我慢をさせるのは嫌だ。だが軍に入隊しなければ生活すらままならない。故に引っ越しをしないという選択肢は無い。だがそのせいで優菜が孤立することになったら……。
「いや、それは別にいいけど?」
渦巻く感情の堂々巡りで頭を抱えそうになっていた俺を動かしたのは、思った以上に気楽な感じで放たれた一言だった。
「……いいの?」
「うん。だって」
「だって?」
「そもそもあの人たち。えっと、お父さんとお母さんが死んだときに引っ越しすることは覚悟してたから」
「……あぁ。そうか。そうだよな」
普通であれば俺たちは遠くに住む親戚に引き取られていたんだもんな。そうなったら転校することになる。それを考えれば、自称親戚どもにそれまで住んでいた家を売られた時点で、優菜が転校する覚悟を決めていてもおかしくはない。
むしろ連中が両親の残した金目当てで擦り寄ってきたことを察して、危険な場所に出張させたことを謝罪するために葬儀に出席していた両親が勤めていた会社の役員さんに無理を言って、金さえ出せば書類上の保護者になってくれるような人を見繕ってもらったり、その処理が終わるまでの時間を稼ぐために葬式の後に速攻で家の近くにあった保証人が不要のアパートを借りて連中の目をくらますなんてことを実行に移した俺の方が異常なのだ。
当然今は俺たちの住んでいるアパートなども知られてしまっているが、すでに書類上の保護者を見繕った後なので自称親戚連中が俺達に手を出せる口実はないんだけどな。それでもこっちが子供だと思って強硬手段に出られては堪ったものではないので警戒はしているのだが……あぁいや、それはもういい。
大事なのは、俺が軍学校に入学して、妹の優菜と一緒に寮に入ることであり、優菜自身も今後自分が孤立する可能性を踏まえつつ、予定とは違う中学校に入学する覚悟があること。これだけだ。
……実際孤立して悲しい思いをするようだったら兄として何かしらの対処をするつもりだが、これに関してはあくまで仮定の話だ。もしかしたらクラスの人気者になるかもしれない。というか、そっちの可能性の方が高いからな!
うん。そう考えよう。心配はするが、しすぎは駄目。
そもそも年頃の娘さんに干渉しすぎるのは駄目って古事記にも書いてあるし。
「よし! なら引っ越しの準備を頼むぞ。時期としては優菜の小学校卒業後、すぐに移動したいと思っているから、それに合わせる形で頼むよ」
自称親戚連中に余計な口出しをされる前に動きたい。
「あ、そっか。お兄ちゃんの中学校の卒業式の方が早いもんね。わかった。準備しておく」
「よろしくな!」
ヨシ!
――こうして将来のことや優菜のことなど、以前から心配していたことが一気に解決したことに気を良くした俺はこの日、久し振りに優菜を誘って外食に行くことにしたのであった。
尚、食後にデザートまで注文した後で「お兄ちゃんとご飯を食べにいけるのは嬉しいけど、これからはちゃんと出費を抑えようね」と釘を刺されたのは言うまでもない。
妹様。まだ12歳なのにでき過ぎじゃね?
つーかウチの妹は天才なんじゃね?
本気でそう思った12月の夜。
あ、デザートは美味しかったです。
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