食べちゃったかー

や劇帖

食べちゃったかー

「口裂け女?」

「違う、それとは別の。何だっけ、何」

「ここまで出かかってるんだけどな。見たらあっこれだーってなるやつ、絶対、そういう距離感、うわきもちわる」

「ちょ、ダイエットしてたんじゃないの?」

「ああ~」

「気がついたら食べてるー」

「駄目じゃん」

「こういうグロい話詳しいの誰かいないの?」

「食べる瞬間だけ頭使ってないんよ。で、後から後悔するっていうね」

「意志の弱さは顔に出るよ」

「タカハシとか? そういうの好きそう詳しそう、オタクっぽい」

「あなたたち、もう遅いから帰りなさいよ」

「あっはーい」

「先生、妖怪詳しいですか? 都市伝説的なやつ」

「古典関係ない話でしょ、分からないわよ多分。それより、最近不審者が目撃されてるからそっち気を付けてね」




「はー」

 詠美はため息をついた。

 あんな風に思われていたのは結構きつい。どうせ明日には忘れている程度の話題だけど、結構気にしていたので。

「そんなにかなあ」

 制服のポケットを探り、身だしなみ用にと(付け焼き刃なりに!)持ち歩くようにした小型ミラーに自分の顔を映す。

 日が短くなってきたこともあって、あっという間に周囲が暗くなる。少ない明かりを手繰り寄せるように手首を動かし、良さそうな角度を探る。

 橋を渡りきり、土手沿いに左に曲がった時。

 何気なく動かした鏡に外灯の光とともに人影が映った。

「えっ」

 考え事をしていたせいで気づくのが遅れた。

 人影、中肉中背の男が詠美の背後から勢いよく横並びの位置に出てきてそのまま肩をぶつけてきた。詠美はバランスを崩して河川に続く草むらの坂を無防備に転がる。

 声になりきらない短い悲鳴。どうにか中盤で体を押さえきったところを大柄なからだがのしかかってきた。

 橋を渡ってすぐの場所で視界が悪い。日が落ちているなら尚更。

 詠美は混乱の中男の手を振りほどこうとするが、何一つ手応えがなく押さえつけられる。驚きで声が出せない。足場も悪い。

 男が腕を振り上げた。詠美は反射的に顔を逸らす。

 ばつん、と音が鳴った。

 詠美の後頭部にある口が周囲の肉ごと急速に肥大化し、男の上半身を一口に食いちぎった。残された下半身が一瞬で制御を失い、地面に転がり数度跳ねる。

 詠美はのろのろと起き上がった。

「うっうっ……」

 涙でべしょべしょになった顔を手の甲でこすり上げ、ますますひどいありさまになる。それに反してもう一つの口は悠然と咀嚼している。

 飲み込むのと連動して口のサイズは収まっていき、汚いゲップひとつ残してとりあえず常態のシルエットに収まった……と言い切るにはちょっと怪しい。

 詠美は力なく呟いた。

「食べちゃったあ……」

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