あなたと一緒なら

第15話 小さな襲撃



「ここ最近、魔物が活発化してきています」


 ユナンが、朝礼でそう告げた。


「しばらくは授業を取りやめにし、魔物退治に専念します」


 隣の席に座るリュカと顔を見合わせる。


「早速で申し訳ないですが、王都の壁を守るペアと、王都を出て森や近くの街・町・村を見回る班を作りたいと思います」


 他のクラスメイトは、やや不安そうな顔をしながらも頷いている。


 ノアとリュカは村を回る班にわけられた。

 ここ2年で、ノアはリュカに馬の乗り方を教わった。

 班と言っても、動くときはペアが基本だ。

 2年前からと変わらず3人1組で組んでいるところもあれば、攻撃の歌と守りの歌を歌う愛子同士で2人1組になっているペアもあり、さまざまさだ。


 ノアとリュカのように攻撃と癒しのペアは珍しく、よく2人で魔物退治に出かけるのを心配されるが、どこのペアよりも安定している。


「じゃあ行こうか」


 リュカがノアの手を取る。

 リュックの中の荷物はすでに万全で、ノアはリュカと2人で魔物退治に出た。

 壁を抜ける時、顔見知りになった兵士が2人を呼び止める。


「魔物が最近多い。気をつけろよ」


「うん。ありがとう。おじさんも気をつけてね」


「あぁ、ありがとう」


 これをついでに持っていけ、と今日の昼ごはんになりそうなサンドイッチを分けてくれた。


 魔物が近いのだろう。

 馬を走らせて壁から離れてすぐから、ノアの頭には歌が響いている。それも段々と大きくなっていっている。

 ノアは壁からある程度離れたところから、歌い出していた。


 ノアの歌は魔物避けもしてしまうので、あまり早く歌い出すと魔物を倒すことができない。

 なので、少なくとも目視できる距離に魔物が来てから出ないと歌うのが難しいのだ。


「ノア、大丈夫?」


 視界の端にとらえたクマの魔物が、地面に沈む。真上に飛んできた鳥がそのまま墜落する。

 すでに慣れた光景で、リュカもノアも驚きもしない。


「大丈夫」


 リュカがノアの歌に被せるようにして歌うと、ノアの喉はすぐさま癒やされて万全の状態になる。

 ノアが歌う間、リュカは被せて歌う。少しも合わない音程だが、不思議とお互いの歌を邪魔したりはしなかった。


 ノアの頭の中の歌がやむ。

 魔物の森とは違う森に、2人は入り込んでいた。


「リュカ、歌がやんだ。少し休憩しよう」


 ノアの頭の中に響く音が魔物の距離や存在を教えてくれることを、リュカはすでに知っていた。


「そうだね。ありがとう」


 水分を摂り、兵士のおじさんがくれたサンドイッチを食べる。

 次の魔物が近づいてくるまでに、2人は再び馬に乗った。


 村々を回って、時々魔物を倒し、街を回って、1週間ほど。

 ノア達はようやく一度王都へと戻った。

 回った村も街もまだ魔物被害は起きていなくて安心した。


「でも、これだけ魔物が活発になっていると言うことは、辺境で五歳を迎える愛子がいるのかもしれない」


 久々の寮で夕食をとっていると、難しい顔をしたリュカが言う。


「そうなの?」


「魔物を刺激するのは愛子の存在だから」


 無防備な、歌い始めたばかりの力が安定しない愛子は、魔物達の格好の獲物なのだと。


「じゃあ、早く助け出さないと」


「問題は、早すぎるとどこに愛子が生まれたかわからないことだよ」


「……そうか」


 愛子同士で互いにわかるのは、少なくとも5歳を過ぎてから。そこは魔物達と一緒なのだそうだ。

 ため息を吐いて、食事をとり、ふかふかのベッドで眠った。

 旅の間は野営が多く、固い地面で眠ることが多かったので、ベッドでの睡眠はよく眠れた。


「おはよう、ノア」


 熟睡していたようで、なかなか起きなかったらしい。

 心配した、と言われた。


「おはよう、リュカ。今日からまた村を巡るんでしょう?」


「うん。そのつもり」


 リュカはすでに身支度を終えていて、ノアの分までリュックの中身を確認してくれていた。


 朝食をとって寮の部屋を出ると、ちょうどお隣の209号室からも人が出てくるところだった。


「ノア!おはよう」


 オルムと、同室者のテイドア。

 オルムは朝だと言うのに元気に挨拶をしてくる。それとは対照的に、テイドアは頭を軽く下げるだけにとどめる。


「おはよう、オルム、テイドアさん」


 テイドアはノアよりも二つ年上で、自然と敬語になってしまう。


「お前ら全然部屋に戻ってきてないだろ?アシュレイが仕事がないって嘆いてたぞ。どこまで行ってたんだ?」


 一度教会学校に顔を出し、無事であることの報告と今日も王都を出ることを告げる必要があるらしい。

 オルムに引っ張られて、教会学校に向かう。


「王都の外の森と、村とか町を巡ってたんだ」


「はー。すげぇな。おれはペアと王都の壁から魔物退治してたよ。あんまり魔物は来なかったけど」


「そうなんだ。今日も王都の壁の上?」


「おう。あんまり、とは言っても飛んではくるからな。結界が張ってあるとはいえ、万全じゃねえし」


 オルムは相変わらず元気そうだった。


「あ!ノアさん、リュカさん!1週間も帰ってこないので、何かあったかと心配しましたよ!」


 教室で待っていたユナンが、タレ目をめいいっぱい吊り上げて、2人を叱る。


「すみません」


「ごめんなさい」


「2人が息ぴったりで強いのはわかりますけど、まだあなた達は私たち教員の庇護下にあるんですよ?わかってます?」


 ユナンは、はぁはぁと息切れをしている。


「叱るなんて慣れないことをしたので、先生は疲れてしまいましたよ。せめて3日ぐらいでまた顔を出してください」


「はい。それよりユナン先生、近くの村や街で愛子が生まれたと言う話はないですか?」


「はい?急になんですか」


「魔物が急に活発になるなんて、そう言う理由しかないと思って」


「あー、なるほど。ですが、そう言った報告はきてないですね」


 ユナンが首を振る。

 愛子の話は教会の上から下へと降りてくる。教員であるユナンは、教会の中でも上の方の地位にいるらしく、ユナンが知らないと言うことは教会でもその情報の把握をしていないことを意味していた。


「ありがとうございます。また何かわかったら教えてください」


「良いですけど、無茶はしちゃだめですからね?」


「はーい」


 リュカと2人で声を揃えて返事をして、教会学校を後にした。

 今日も馬に乗って出ていく2人を、兵士たちが見送ってくれる。


 森の中を駆けていると、いつか会ったことのある狼の魔物の群れに出会った。

 ノアの歌で殲滅し、そのまま走った。

 この間は行かなかった村に辿り着くと、そこには魔物用の罠と、壊れかけた柵があった。


 近くの魔物を歌で倒し、村へと入る。


「ごめんください」


 村長の部屋らしき一番立派な家の扉をノックすると、恐る恐ると言った様子で年老いた老人が出てきた。


「これはこれは、愛子様。このような辺鄙な村へどうされましたか?」


 村の中は妙に静かで、この村が魔物の襲撃に怯えていたのは間違いなかった。


「最近5歳になった、あるいは5歳を迎える子供はいますか?」


 村長は暗い表情をして、2人を屋敷の中へと招き入れた。

 屋敷の中は奥行きがあり、奥からざわめき声が聞こえてくる。それに混じって、幼児の泣き声も。

 すぐにその声が愛子の声だと、リュカもノアも気づいた。


「村長さん、あの子をぼくたちに預けてくれませんか?」


「……あれは大事な村の子供です」


「わかっています。でも、あの子がいるから、魔物に襲われる」


 失言だった。

 ノアの言葉に村長が目を見開いて、「どう言うことですか?」と、驚きと怒りと困惑を抑えた声音で尋ねてくる。


「……村長さんは、神の愛子を知っていますね?」


「ここは辺鄙な村ですが、王都からそう遠い場所にあるわけではございません。時々愛子様が訪ねてきてくださって、魔物退治の手伝いや村の手伝いを買って出てくれます。なので、存じ上げていますとも」


 村長が頷く。


「神の愛子は、5歳になれば教会に預けなければならないことも知っていますよね?」


「えぇ、えぇ!よく知っています!ですが、ですが!あれは大事な村の子供です!」


 ノアは悩んだ。

 神の愛子が魔物を呼ぶことを伝えるべきかどうか。

 伝えれば今後、この村で神の愛子が生まれた時、何もわからぬうちに殺されてしまうかもしれない。


「神の愛子は魔物を呼ぶと言うこともご存知ですか?」


 悩むノアの代わりに、リュカが切り出した。


「……わかっています、わかっています。わしの叔母は神の愛子でした。5歳を迎えてからと言うもの、魔物が次々くるようになって、どうにか村人総出で魔物を退けているうちに、王都からの迎えが来たので。でも、でもですよ、あの子はまだ5歳なんです」


 村長は、うぅうぅと泣き出してしまった。

 奥の部屋からはまだ子供の泣き声が聞こえる。


 少しして、奥の部屋の扉が開いた。

 子供を抱いた女性が1人、とぼとぼとノア達に近づいてくる。


「この村ではこの子を守り続けることはできません」


 母親はやつれていた。

 心配と不安で、食事も取れなかったのだろう。

 母親はぎゅっと子供を抱きしめてから、ノアへと差し出した。


 まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかったので謝礼金になるようなものは一つも持っていなかった。


 リュカは母親と村長に頭を下げた。


「この子は大事に預かります。王都はここからそう遠くはない。落ち着いたら会いに来てやってください。それから、村の復興にも必要でしょう」


 リュカはリュックの中から、ジャラジャラと硬貨の入った布袋を取り出して、母親に渡した。


「こんなのほ、その子の代わりにもなりません……」


 母親は悲しそうだった。

 ノアは胸が張り裂けそうな思いだった。

 ノアを連れていく時のレイモンドも、こんな気持ちだったのかもしれない。


 子供は泣いていた。

 母親の元に戻りたくて。

 リュカが抱っこを代わり、ゆっくり歌い出すと子供は不思議そうな顔をして、それから泣き止んだ。

 リュカやノアが、同じ神の愛子だと分かったらしい。


「村長さん、もし怪我人がいれば連れてきてください。癒します」


 リュカが子供をあやすように、少し体を揺すりながら言った。

 村長は奥の部屋に声をかけ、怪我人や病人をリュカの目の前に並ばせた。


 リュカは1人1人の手や頭に触れながら歌った。

 子供も、歌なのか喃語なのか、よくわからない声でうにゃうにゃ言っていた。


 別れを惜しむ母親から逃れるように、リュカとノアは子供を1人連れて王都へと戻った。

 教会の養護院に預けて寮へ戻ると、程なくしてレイモンドがやってきた。



「立派になりましたね、ノアさん」


 ノアやリュカがしたことが間違っていなかったと褒めてもらった。

 愛子の存在は救いであると同時に、幼く自覚のない愛子の存在は、魔物を呼び寄せる危険なものでしかないから、と。


 小さな魔物の襲撃は、こうして幕を閉じた。




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