第12話 守りの歌
「今日は見学会です」
学校へ通うのも慣れてきた朝、登校するとユナンがそう言って手を叩いた。
誰も今日の予定など知らなかったようで、顔を見合いながら首を捻っている。
「ユナン先生、見学会って?」
オルムが手を挙げ、指名されるより先に声を出す。
「守りの歌の見学です。皆さんご存知の通り、この王都は定期的に魔物に襲われている歴史があります」
王都へ入った時に見た、てっぺんが見えないほど高い壁を思い浮かべる。
「壁だけでは、魔物の襲撃から王都を守ることは出来ません」
確かにそうだ。
ノアの村を襲った魔物の中にも、空を飛べる魔物がいた。
「皆さんはどうやって守っているか分かりますか?」
ユナンはニコニコしている。
「そう、守りの歌です。癒しの歌が定期的に教会で人々に開放されているのはご存知ですね?」
リュカが歌っていたあれか、と思い浮かべてノアは1人頷く。
周りのクラスメイトも、それを知っている、或いは自分が参加しているようで頷いていた。
「あのように、癒しの歌を歌える愛子が集まって一つの歌を歌うように、守りの歌を歌える愛子が集まって、一つの結界を作っているんです」
ぱちん、とユナンが手を叩く。
「今日はそれを見学しに行きます」
いつのまにか準備されていた4人乗りの馬車が3台、教会学校の前に停まっていた。
ノアはオルムと、他2人の生徒共に乗り込む。
「オルムは守りの歌が歌えるんだったよね?」
「うん」
「王都の結界のことは知ってた?」
「いや、知らなかったな。おれは歌いに行ったこともない。ユキやアリアは知ってたか?」
「わたしも知らない」
「わたしもー」
どうやら、一般的な知識ではないらしい。
2人も揃って首を振る。
馬車は林を抜けて、貴族街を抜け、中心部からはやや離れていく。
時計台の近く、高い塔の下に馬車が停まった。
「さあ、階段を登りますからね」
先頭の馬車に乗っていたユナンは先についていて、残りの馬車から生徒が降りてくるのを確認すると、指先を上に向けた。
「この塔の一番上です」
塔の中は螺旋階段になっていた。
少し低めに作られた階段を、一段ずつ上がっていく。階段の途中途中には扉があり、中は宿泊できるような小部屋が付いているそうだ。
途中途中休憩を挟みながら、近くに立っている時計塔の鐘を1回聞いて、ようやく階段の終わりが見えた。
階段の終わりには大きな重い扉がついていて、ユナンが体全体の体重を乗せるようにして扉を開けた。
途端、隙間から歌が流れてくる。
包み込むような、壮大さを感じさせる歌だった。
癒しの歌とも、攻撃の歌とも雰囲気の違う歌は、複数人で完成させているようだ。
扉が開くと、5人ほどの白いローブを着た男女が円を使って膝立ちになり、両手を繋ぎあって歌っていた。
不思議な光景だった。
「1日に何度か交代しながら、5人前後の男女で歌い、王都の結界を作っています。拘束時間の長さから、基本的には大人の愛子のみでしています」
だから生徒は知らないものが多いのだという。
守りの歌を歌える愛子は多く、交代要員に困ることもないらしい。
守りの歌は複数人で重ねるとより大きく、より強固になるらしい。ただ、人数が増えるとコントロールが難しくなるため、一部が薄くなったり弱くなったりするのだという。
単純に考えれば世界を覆えるほどの結界が作れるはずだが、そうすると歪みが酷くなり、維持が困難になる。
なので、適度な大きさ、王都を覆う程度の大きさが一番最適なのだそうだ。
「それでも、交代のタイミングが一番結界が不安定になるので、過去の魔物の王都襲撃もその不安定なタイミングで起きたものです」
「なるほどなぁ」
オルムが頷く。
「では、塔をおりましょうか」
塔の壁には大きな窓がはまっていて、光に照らされた愛子達の姿は神々しかった。
説明するユナンの声にも、感嘆の声を漏らす生徒の声にも反応せず、神の愛子達は守りの歌を歌い続けていた。
扉が閉まるまで、その姿を見つめ、今度は長い螺旋階段を降りていく。
「凄いよなあ。でも、おれには向いてないな」
オルムがしみじみとつぶやいた。
「そうなの?」
「おれはあんまり協調性がないし、同じ場所で歌い続けるよりは、攻撃の歌を歌える愛子についていって、歌いたい方だな」
「オルムは活発そうだもんね」
「動いてる方が性に合う」
長い階段を下り終えて、再び馬車に乗って学校へと戻った。
昼休憩を挟み、午後の授業でユナンがにこやかに告げる。
「さて、皆さん。神の愛子達の役目はさまざまですが、あなた達の力を正しく理解し使えるようになるために、課外授業があります。攻撃の歌と守りの歌がペアになるように、クラスの中でペアを作ってください。癒しの歌を歌える者は、そのペアの中に入ります」
いよいよ来た、と思った。
ノアは迷わずオルムの元へ行くと、オルムはにこっと笑ってノアの手を取った。
「一緒にやろうぜ」
「お願いします」
頭を軽く下げると、オルムはカラカラと笑う。
「仲間に入れてもらっても良い?」
アリアがユキと手を離して近づいてきた。
「ユキは?」
「あっちのペアに入れてもらうって」
アリアとユキはどちらも癒しの歌を歌う愛子らしい。
「ユキと離れたくなかったなあ」
アリアは唇を尖らせる。
「まあまあ。とりあえずの練習だし、このペアでずっと過ごすわけじゃない」
「それはそうなんだけど」
ユナンに紙をもらい、ペアになった3人の名前を書き込む。
「はい、確かに受け取りました」
ユナンはニコニコして、各自ペアの近くで着席するように、と告げる。
「早速1週間後、魔物退治に行きます。行く場所は魔物の森。1週間は今回作ったペア間の仲を深めるための時間にしてください」
オルムとの仲はともかくとして、アリアのことはよく知らない。
「今日は放課後、甘いものでも食べに行くか」
オルムがそう宣言すると、アリアは小さく手を上げて「さんせー」といった。
一度寮に戻り、リリアンに頼んでマルセルに馬車を出してもらう。
「最近、美味しいタルトケーキのお店ができたの」
アリアは甘いものが好きなようで、目をキラキラさせながら詳しい場所をマルセルに伝える。
マルセルはこっくりと頷いて、馬車を動かした。
林を抜けて、貴族街を抜ける。
平民街に出たが、貴族街に近い比較的良い場所にそのカフェはあった。
少し奮発したオシャレをした女の子達が列をなしている。
オルムも甘いものが好きなようで楽しそうにしていたが、列を見て少しげっそりしたようだった。
「本当に並ぶのか?」
「もちろん。お持ち帰りもできるのよ。ユキに買っていってあげなきゃ」
アリアが楽しそうにしているのを見て、オルムは何も言い返せなくなったらしい。
ため息を吐いて、列の最後尾に並んだ。
列は案外進むのが早かった。
店内に席が沢山あるのと、ケーキを食べる時間を含めて滞在時間に制限時間を設けているらしい。そのため、回転率が良いらしい。
席に案内されると、さまざまなフルーツのタルトケーキが選べるようだった。
ノアは悩みに悩んで、〝フルーツタルト〟を選んだ。特定のフルーツではなく、今の季節で手に入る様々な種類のフルーツを盛り合わせているタルトケーキだ。
「優柔不断だな」
オレンジのタルトケーキを選んだオルムが笑う。
苺のタルトケーキを選んだアリアは、お持ち帰りにも苺のタルトケーキをお願いしていた。
ノアもリュカに、とフルーツタルトを持ち帰りでお願いする。
持ち帰り用を頼んだノアに、オルムも慌ててルームメイト用に苺のタルトケーキを頼んだ。
「あいつ、甘いものはそんなに、っていうくせに苺には目がないんだよ」
とぶつくさ言っている。
「それより、モンテスも甘いもの好きなの?」
「え、うん。ぼくと一緒にお休みの日に3時のおやつを食べるよ。ケーキとか、マドレーヌとか、フィナンシェとか、クッキーとか」
「意外だな」
「ノア、あのモンテスでも笑うことはあるの?」
アリアが恐々聞いてくる。
「え、うん。たまに笑ってるよ。本当にたまにね。でも、ブランシュが来てからは結構柔らかい顔をしてるよ」
「ブランシュって?」
「言ってなかったっけ?猫と暮らしてるんだ。白い猫。その猫の名前がブランシュ」
「冷徹のモンテスが猫を可愛がってるのを想像できないわ」
オルムが肩を竦める。
「わたしも想像できない」
「そう?よくブランシュはリュカの膝の上で寝てるよ。それに、怪我をしたブランシュを助けたのはリュカだしね」
「意外だな」
「本当は優しいのかしら」
「本当は、じゃなくて、リュカは優しいよ!」
2人とも信じてないようで、ふうん、と微妙な返事だけが帰ってきた。
タルトが来ると、オルムはノアの手元をのぞいて「優柔不断とか言って悪かったな。美味しそうだわ」と若干羨ましそうな顔をしていた。
少し値が張るだけあって、タルトの上のフルーツはこぼれ落ちそうなほどのっている。
クリームも甘すぎず、クッキー生地はザクザクで美味しい。
紅茶は若干渋めだが、ケーキに合わせると丁度良い味だった。
あっという間に食べ尽くし、お土産のケーキを手に帰路につく。
「じゃあ、また明日」
お腹は膨れ満足したが、2人と友好が深められたかというと疑問が残るお茶会だったが、ノアとしては満足だった。
寮に戻ると、リュカが先に帰っていた。
「おかえり、ノア」
リュカの前にじゃーん、とケーキを出す。
「噂のカフェ?」
「そうそう。新しいタルトケーキ専門のカフェ」
「美味しそうだね。一個しかないけど、分けっこする?」
「ううん。ぼくは食べてきたから」
「そっか。紅茶を淹れてもらおう。何か甘いものがあれば持ってきてもらう?」
「お腹いっぱいだからいいよ」
「じゃあ、紅茶だけ」
出入り口近くの紐を引くと、アシュレイではなくメイドが来る。
「どうされました?」
「紅茶を淹れてくれる?」
「かしこまりました」
まもなく、メイドが紅茶を淹れてくれる。
「今日、守りの歌を聴きに行ったんだ」
「あぁ。時計台の横の?」
「うん、そう」
「あれは凄いよね」
リュカも既に見たことがあるらしく、ケーキを食べながら相槌を打ってくれる。
「でも、少し退屈そうだ」
守りの歌を歌っている間は、跪いたまま動くことができないらしい。
もちろん、大規模な結界を複数人で維持するという特殊な状況だからであって、守りの歌自体の特性ではないらしいが。
「でも、大きな窓があったよ」
「結界の状態を確認するためだね」
なるほど、そういう意図があったのかと感心する。
「それから、今日クラスメイトの中でペア決めがあったよ」
「誰とペアになったの?」
「オルムと。それから、アリアと」
「良いね。アリアも状況把握が上手いし、人に合わせるのが得意なタイプだ」
「アリアのことも知ってるの?」
「この間、教会で一緒になったから」
「そうなんだ」
リュカが頷く。
今日はブランシュはリュカの足元で、リュカの足にもたれかかるようにして横になっていた。
「魔物の森は、その名の通り王都の外にある森だけど、小型の魔物が多い森だ。定期的に訓練と称して魔物退治をしておくことで数を減らして、魔物の襲撃を阻止する目的がある。基本的に初めての訓練前には大規模な魔物退治が慣れた愛子達の手で行われるから、大きな危険はないはずだけど、気をつけてね」
「よく知ってるね」
「誰もが経験する訓練だからね。もちろん僕も行ったことがある」
リュカが最後のタルトケーキをパクりと食べた。
「美味しかったよ、ごちそうさま」
それからは2人で本を読んで過ごした。
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