今がいちばん幸せ

「……俺、昏睡状態になった原因は自殺未遂なんだ」


 いままでずっと隠していたことを、俺は打ち明けた。


 

 

 俺は自分が5年ほど昏睡状態だったことはすでにエリさんに伝えていた。


 しかし、その原因については言わないようにしていたし、向こうから質問されることもなかった。


 怖かったのだ。


 自分の弱さを知られてしまうことが。


 5年前の社会は、荒んでいた。


 自由の名のもとに弱者が虐げられ、弱みを見せれば詐欺師どもがすべてを奪い去る地獄であった。


 そして、弱き者は『自業自得』と罵られ、救いの手すら差し伸べられなかった。


 世界規模で見れば比較的裕福だというこの国ですらその有様なのだ。


 この世とは、地獄だったのだ。


 そして、人間はそれを『当たり前』として受け入れていたのだ。


 だから、怖かったのだ。


 エリさんに自分の弱さを知られ、失望されることが。


「ごめんなさい……就活程度で自殺を試みるような弱い人間で」


 涙があふれて止まらない。


 


「……大丈夫。アンタは強い人だ。こうやってこの世界に戻ってきて、新しい一歩を踏み出そうとしているのだから」


 先ほどよりも強く、エリさんが布団越しに俺を抱きしめる。


「それに……アタシも内戦がなければ、自分を偽る苦しみで大学卒業前に自殺していたかもしれないし……」 

 

 その言葉を聞き、学校で就活のアドバイスとして言われたことを思い出す。


『自分を偽れ。偽りの自分が本当の自分になるまで』


 俺もエリさんも、昔の社会ならば受け入れてくれなかっただろう。


「アンタこそありがと……アタシを受け入れてくれて」


 エリさんが静かに俺に抱きつく。


 こんどは布団越しではなかった。


「こちらこそ、俺のことを好きになってくれてありがとう」


 俺も、勇気を出してエリさんを抱きしめた。


 自分以外の人間のぬくもりを、しっかりと感じる。


「じゃ、付き合おっか」

「ああ、これからもよろしくな」  

 

 いい雰囲気に乗じて行われたエリさんの告白を、俺はスムーズに返していく。


「じゃあ……おやすみ……」


  告白を終えると、エリさんは次の瞬間にはもうぐっすり寝ていた。


  そして、俺もここからの記憶が途切れた。


 


 それから俺は、少し変な夢を見た。


 その夢の中では、俺は昏睡中のように病院のベッドに仰向けで横たわっていた。


 そして、俺を見ながら1人の男性と人間の女性を模したロボットが話をしていた。


 男性は、エメラルドグリーンの瞳と青っぽい黒髪で長髪の見知らぬ顔をしていた。


 「……そろそろ目覚めるのか」


『はい。四木村様の言う通り、我々の予測では、今後1週間以内に目覚める可能性が非常に高いです』


「そうか。じゃあ、これにて一安心だな。じゃあ、仕事に戻るか」


 そう言って男は俺に背を向け、個人病室の出口へと向かっていった。


 そして、男は去り際にこう言った。


「花田マスミさん。どうか、この新しくなった社会で幸せにな」


 俺が昏睡状態の時に実際にあった出来事なのだろうか。


 つくづく、変な夢であった。

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