就職活動の終わりと実家への帰省

「俺、AIの教師になります」


 病院から退院する日、俺は公務員ロボットに数日前に彼が誘ってくれた職業に就く意思を表明した


 俺の長く苦しい就職活動が、ついに終わりを告げた。




『ありがとうございます!では、のちほど資料をショウゴ県の両親の家にお送りしますね』


「あの……ダイサカ県にあった自宅は」


 俺は恐る恐る聞く。


 俺は自殺未遂する前はダイサカ県の自宅で両親と共に暮らしていたのだ。


『内戦で無くなりました』


 マジか。


 まあ、両親が別の県で暮らしている時点である程度覚悟はしていたが、改めてきくとなかなかにショックである。


『あ、そうそう。実家に帰省するまでの交通費と食費を渡しますね』


 そう言うと公務員ロボットは見たことのない紙幣を10枚ほど渡してきた。


 紙幣には『1万円』という文字とチョビ髭を生やした知らない男性の肖像画等が印刷されていた。


 今までの紙幣には知っている偉人が印刷されていたので、俺は驚きを隠せなかった


「誰だ……?紙幣に書いてあるこの人」


『彼はたぐいまれな交渉術で無敵内戦を終結させ、新政府初代首相になった大学教授、竜崎泰雅りゅうざきたいがという人物です』


 竜崎泰雅……まったく知らない名前だ。


『本人はお札になるのを遠慮したみたいですが、多数決でなってしまったみたいです。まあでも、彼はお札になるに値する男です』


 竜崎さんがなんだか少しかわいそうな気がしたが、このお札はありがたく使わせてもらおう。


『ちなみに、1万円の隠語として「タイガ」という言葉が昨年流行りました』


 この社会の人々はみんなヒマなのだろうか。


 

 

「おっす!新しくなった社会の地理を案内するためにやって来たぜ!」


 病院を出ると、あらかじめ少しだけ会う約束をしていたエリさんがいた。


 退院したらショウゴ県に行くことはあらかじめ決めており、それはすでにエリさんにSNSで伝えている。


 伝えた結果、病院から駅に行くまでだけでもデートをしないかとエリさんが提案し、こうして今に至るのだ。


「まあでも、たかだか5年でそこまで地理は変わってないだろ」


「まあ、ダイサカ県に関してはそうだよな。他の県はけっこう変わっちまっているぜ」


「マジか……」


「ああ、無敵内戦では自爆テロが頻発しまくって既存建造物の3%が全壊したからな。内戦前と後では街並みがけっこう違うぜ」


「じゃあ、なんで逆にダイサカはそこまでなんだ……?」


「なんかさ、無敵内戦を起こした無敵軍団の首領が『ダイサカは友が眠る地だからひかえめに暴れろ』って命令していたんだってよ」


 無敵内戦を起こした組織の名前、安直すぎないか?


「まあでも、マスミが生き残れたのもその命令のおかげだったりしてなぁ……他県だとけっこう病院も破壊されたみたいだし」


「俺は運がよかったのか……今まで不運続きだからあんま実感ないな」


「でも、アタシはアンタのこと、運がいいと思っているぜ!根拠はないけどな!」


「根拠ないのかよ」


「まあでも、あんまそういうのって難しく考えない方がいいと思うぜ!」


 エリさんが前向きな意見をはつらつと言ってくれる。


 ただ、それだけで自分の運がいい気がしてくる。


「ああ、そうだな!」


 そんな感じの会話をしているうちに、俺たちはダイサカ最大規模の駅であるユメダ駅に到着した。




「じゃ、またな!」


 俺は前向きな気持ちのまま、エリさんと解散した。


 そして、タイガ1枚を崩してショウゴ県行きの切符を入手し、電車に乗った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る