ささくれと約束

孤兎葉野 あや

ささくれと約束

「ねえ、ひいか。ゆびにささくれできてるよ。」

「んー? だいじょうぶ、このくらい。」

いっしょにあやとりをして、ひいかのゆびをみたとき、わたしはそれにきづきました。


「だめよ、ちゃんとおくすりぬらないと。ひいかはおうじょさまなんだから、からだはだいじにして。」

「むう・・・」

こういうことをいうと、ひいかはちょっといやそうですが、わたしはごえいでじゅうしゃなのですから、いわなければなりません。


「そうだ。おはだがあれるときは、えいようがたりてないかもって、かあさまがいってたよ。

 すきなものばかりじゃなくて、おやさいもたべてる?」

「ちょ、ちょっとはたべてるから、だいじょうぶ!」

「ひいか、おうじょさまなんだから、びょうきやけがにはちゅういしないと・・・」


「もう・・・!! わたしがおうじょさまでえらいなら、みーかはかってなこといわないで!」

「・・・!!」

ひいかがすごくおこったかおで、わたしにいうのをきいて、からだじゅうにつめたいものがはしったようにおもいました。


「・・・もうしわけありません、おうじょさま。」

なきそうになるのをこらえて、あたまをさげてみえないところにかくれました。

ひいかは・・・おうじょさまは、なにもいいませんでした。



それから、おうじょさまはおべんきょうをして、ごはんをたべましたが、わたしをよぶことはいちどもありませんでした。


それでも、わたしはごえいでじゅうしゃなので、はなれることはできません。

ずっとふきげんそうなかおのおうじょさまをみるたび、わたしのむねのおくが、ずきずきといたむようにおもいました。



そうしてよるがきて、おうじょさまはもうすぐねるじかんです。ほかのじじゅうのひとがしいたおふとんにはいって、ねついたらわたしもすこしやすんで・・・

かんがえごとをしていたら、なにかがはしりぬけたようにみえました。


おふとんをみたら、おうじょさまがいません! いそいでへやのそとへでます。あたりをみまわしても、もうすがたはみえなくて、けはいをさぐるやりかたも、まだおそわりはじめたばかりです。

・・・でも、どうしてか、おうじょさまがどこにいったのか、わかるきがしました。



いそいではしって、たどりついたのは、おしろのすこしたかいところにある、ふたりだけのひみつのばしょ。そこにひとりで、おうじょさまはすわっていました。


「おうじょさま・・・・・・」

はなしかけるのがすこしこわいですが、なにもせずにはいられません。もしもこないでといわれたら、わたしはもう・・・


「みーか・・・・・・」

おうじょさまがふりむいて、わたしをみました。


「おうじょさ・・・」

「やめて・・・!」

かけようとしたことばが、つよいこえにさえぎられます。


「ごめんなさい・・・もっときをつけるから、おやさいもちゃんとたべるから、わたしをそんなふうによばないで・・・!」

「・・・ひいか・・・ごめんなさい・・・わたしも、いいすぎちゃった・・・」

そのなまえをよんだら、きゅうにめのまえがぼやけてきて、じぶんがないていることにきがつきました。


「みーか。」

ひいかがそばによって、あたまをなでてくれています。なみだでよくみえませんが、ひいかもないているのかもしれません。


「みーか、ずっといっしょにいて。わたしがじょおうさまになっても、ずっと・・・」

「うん、わたしはずっと、ひいかといっしょ。」

ひいかのおうちとわたしのおうちは、もともとそういうものらしいですが、きまりごとだからじゃなくて、わたしもそうしたいとおもいます。


「うん、やくそく・・・」

ひいかがこゆびをからめてきて、やくそくのおまじないをします。おくすりをぬったひいかのゆびのささくれは、すこしよくなったようにみえました。



*****



「みーか、少しぼうっとしてない?」

「・・・そ、そうかしら?」

ひいかの指に薬を塗っていたら、子供の頃を思い出してしまったなんて言うと、さすがに笑われるだろうか。


「それにしても、ささくれくらいで薬を塗るなんて、みーかは昔から大げさよね。」

・・・あっ、これはひいかも思い出してたやつよね。


「ささくれくらいと言っても、放置すれば悪化することもあると聞くわ。

 武器を扱うようになったから、手も荒れやすいとはいえ、こういうのはちゃんとしないと。」

「はーい。あとは城を出てきたから、食事にも気を遣うようにと言われるところまで、予想がついたわ。」


「分かってるじゃない・・・まあ、食事が用意されてるありがたみは、私自身も感じているけど。」

重大な調査のため、お忍びで城を出てきた王女様の護衛として、こうした所にも私が気を配らなければ。先日入居を終えたばかりの貸家で、気持ちを新たにする。


「もう、またみーかが頑張りすぎる顔してる。私も少しは出来るのよ。」

「ちょっ・・・! 子供じゃないんだから。」

そんな風に考えていたら、ひいかがあの時と同じように頭を撫でてきた。


「えー・・・じゃああの約束も、子供だったからとか言うの?」

「そ、それは絶対にないけど・・・!」

「うん、ありがと。」

「ん・・・」

ひいかが笑って、私が薬を塗ったばかりの指を絡め、顔を寄せてくる。

あの日、ささくれから始まった小さな喧嘩と、その後の約束を思い出しながら、少し大人になった二人の誓いを受け止めた。

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ささくれと約束 孤兎葉野 あや @mizumori_aya

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