姫様の心配事は指先から

国城 花

姫様の心配事は指先から


カリ、カリ、カリ

カリカリカリ


「姫様。ささくれを剥いてはいけませんよ」

「分かっているわ」


そう言いながらも、姫は爪先をカリカリといじっている。

メイドはさっきから何度も注意しているのだが、なかなかやめてくれない。


「何か心配事がおありなのですか?」


どこかイライラした様子の姫に、メイドは花瓶の花を整えながら尋ねる。

姫はその光景を眺めながら、不機嫌そうに口を開く。


「…最近、お出かけができないんだもの」

「王都で不審な人物の目撃情報があるそうですから、仕方ありません」

「ケーキを食べにも行けないし、お買い物にも行けないなんて。何も楽しくないわ」

「国王様が尽力されていますから、いずれまた行けるようになりますわ」


『今日のお花は庭師が丹精込めて育てたバラですよ』とメイドが言っても、姫の顔色は変わらない。


「お兄様たちも遊んでくれないし」

「第一王子殿下は王太子に任命されてお忙しいですし、第二王子殿下は隣国への視察のために準備中です。第三王子は婚約者様と関係を修復されて仲良くされているようですね」


姫には3人の兄がいるが、今はそれぞれ忙しくて相手をしてくれない。


「三の兄様は婚約破棄なんて馬鹿な真似をしたのに、公爵家の令嬢に捨てられなくて良かったわ」

「第三王子が婚約破棄されたとお聞きになった際は落ち込んでいらっしゃいましたものね」

「お兄様がお馬鹿だから怒っていただけよ」


今もプンプンと頬を膨らませているが、婚約破棄した兄に対して『お兄様なんて大嫌い!』と言ってしまって落ち込んでいたのをメイドは知っている。

第三王子の婚約者である公爵家の令嬢とは仲が良いので、ショックだったのだろう。


「気分転換に、お召し替えをいたしましょう」


着替えをする気分ではないのだが、メイドに勧められて渋々立ち上がる。


「学園での生活はいかがですか?」


先日仕立てたばかりのドレスに袖を通しながら、姫は眉をひそめる。


「うるさい人たちが多いわ」

「姫様には注目も集まるのでしょう」


次は鏡の前に座り、メイドは髪を結う。

薄ピンク色の癖のある髪は、自分が馬鹿に見えて好きじゃない。


「私がこの国の姫であるというのなら、何故周りの人間は私に口を出すのかしら」

「皆さまの心の中に、理想の姫様というものがいるのかもしれません」

「迷惑な話だわ」

「姫様が姫様である以上、ある程度は受け入れるべきかと思いますわ」


メイドは癖のある髪を整えると、姫が一番気に入っている髪飾りを着ける。


ふぅと椅子に戻ると、ついまた爪に視線が行く。

お姫様らしく整えられた綺麗な手に似合わないささくれが、目につく。


「姫らしくなんて。望んで姫に生まれたわけじゃ…」

「姫様」

「…ごめんなさい」


イライラしているからと言って、言っていいことと悪いことがあるのだ。

望んで姫に生まれたわけではないが、姫という立場に生まれた以上その立場に相応しい生き方をしなければならない。

それが王族として生まれた者の使命なのだろう。

それでも、たまに息が苦しい。


「ご友人関係はいかがですか?」


そのままお説教コースかと思ったが、メイドは落ち着いた声色で茶器を用意する。


「身分、身分とうるさいわ」


『姫様に相応しい友人を』

『ご友人は侯爵家以上の家格を』

『姫様のためです』


「そんなに、身分が大切なのかしら」

「身分制度がなければ、姫様は姫様ではありません。残念ながら、そのお立場で発言できる内容ではないかと存じます」

「…でも、友人くらい好きに選びたいわ」

「そうですね」


メイドは茶器の用意を終えると、他のメイドに持ってこさせた焼き菓子をテーブルにのせる。

甘い香りに釣られて、姫の視線がテーブルに移る。


「せっかくの学園生活ですから、大切なご友人と過ごされる方がよろしいかと思います」

「…身分は気にしなくても良いかしら」

「怪しい素性でなければ、大丈夫でしょう」

「周りの子は、その人と仲良くしちゃだめって言うの」

「王族として民の声に耳を傾けることは必要ですが、己の心に従うことも大切であると存じます」

「…でも私、その人と喧嘩してしまったの」

「喧嘩ができるということは、仲直りができるということですわ」

「…そうね」


姫は立ち上がると、頷く。


「仲直りをしてくるわ。…あぁ、でも今は外出できないのだったわ…」


治安が悪いからと、父親である国王に外出を止められているのだった。


「姫様は外出が難しいですが、お相手はそうではないでしょう」

「そうね。勇気を出して、手紙を…」

「はい。そんなこともあろうかと思いまして…」


メイドは、すっと音もなく扉を開く。

そこには、学園の友人が立っていた。


「ご友人をご招待しておきました」


姫は慌てて身なりを整えようとするが、すでに整っていることに気付く。

もてなしを…と考えて、テーブルの上に2人分の茶菓子が用意されていることに気付く。


「…あなた、優秀ってよく言われる?」

「気付きすぎて恐ろしいとも言われます」

「いいえ。優秀だわ。ありがとう」

「もったいないお言葉です」


メイドは姫に臣下の礼をすると、部屋の隅まで下がる。


姫は友人になんて声をかけようと迷っていると、友人は姫の姿を見てにっこりと笑う。


「可愛いわ。よく似合ってる」

「あ、ありがとう」

「今日は、手土産を持ってきたの」


そう言って、友人は鞄からあるものを取り出す。


「爪紅というのですって。綺麗な色を見つけたから、おそろいにしたくて…」


友人の手の爪は、薄ピンク色に綺麗に塗られている。


「私の家は男爵家だから、それほど高価なものではないのだけれど…」


恥ずかしがって手を後ろに隠そうとしたところを、思わず手を握る。


「…素敵な色だわ」


お互い、少し頬が熱くなっているかもしれない。

それでも、その色はとても素敵な色に見えた。


「えぇ。私も素敵な色だと思って。あなたにきっと似合うわ」




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