第6話



 この世界が絶望に満ちていると理解したのは、いつからだろうか……。


 私のような幼い子供でも知っている人類の最前線。

 通称デットラインと呼ばれる魔族と英雄の世界から遠く離れたこの国。

 ハル・エラ聖国の辺境で、私は男爵様が興した農村の奴隷夫婦の子供として生を受けた。


 私の両親は農奴と呼ばれる使い捨ての労働力で、人類に余裕がない今の時代、少しでも男爵様の都合が悪ければ首を刎ねられ打ち捨てられる存在でしかない。

 そんな夫婦の間に生まれた私もまた、使い捨ての農奴として人間としては見られていなかった。


 毎日殴られて、罵られて、必死に出した成果は奪われる。

 当然、未来に希望なんてない。


 でもその環境のおかげで、私は幼いながらもすぐにこの世界の仕組みを理解することができた。

 だってそうでしょう。


 私達を苦しめる農民達、それどころか男爵様ですら前を向いていないのだもの。

 物心ついた時から他人の目を窺って、心の機微に敏く生きてきた農奴の私にはわかる。


 あれはこの世界に希望を持たない、絶望と卑屈の眼をした生きた屍。

 でも、それが私達の当たり前であって、この世界の人類の限界。

 それが幼い私が得た、一番最初の理解だった。


 むしろ、だからこそ救いもあった。

 だって、この世界で辛いのは、私達農奴だけではないのだから……。


 そう、思っていたのに……。


 ある日突然、私が七歳を迎えた頃に妙な噂を聞いた。

 なんでも、この世界のどこかで人々を救う強大な英雄、勇者ガゼルが現れたと。

 さらにそんな大英雄に引っ張られるように、各地では英雄の卵と呼ばれる人々の覚醒が起きつつあると……。


 英雄の卵はある日突然、まるで運命に導かれるようにして試練を授かり。

 試練を乗り越えた者達は一人残らず、人が変わったように幸運と才能を開花させ大成しはじめるという。


 そして極めつけには、そんな英雄達を見守るかのように、世界各地で現れる救世天使ナナシエルという存在。


 ここ数年でこのような前向きな噂が人類全体に広まったことで、人類は希望を取り戻したのだ。


 笑っちゃうよね。

 希望を取り戻したのだ、だって。


 …………。

 ふざけるな……。

 ふざ……、けるな……。


 なんでよ。

 なんでなんでなんで。


 ……なんで?


 私はこんなに辛いのに、なんで男爵様は前を向くの?

 なんで農民たちの話は明るいの?

 なんでパパとママを鞭で叩いて、笑顔でいられるの……?


 わからない。

 わからない。


 だってそうでしょう。

 せっかく、


 ああ、天使様。

 本当にこの世界にいるなら、私達を救って。

 この村に平等に苦しみを与えるか、平等に救うか。


 どちらでもいい。

 でも、どちらかじゃないと……。


 ────辻 褄 が 合 わ な い で し ょ う ?


 そう願った、数日後。

 赤魔レッドデーモンと名乗る魔族の手で、この農村は私一人を残して、皆殺しになった。

 私を隠してくれたパパとママも、食べられちゃったの。


 まるで、私の問いかけに答えるかのように。

 私の昏い願いが、罪であると証明するように。

 不幸の辻褄を合わせるという、その証明だけを残して……。


 ああ……。

 こんなつもりじゃ……。


 どうしてこうなっちゃったの?

 私の心が不幸に負けたから?

 だから、パパとママは食べられちゃったの?


 ごめんなさい。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 寂しいよ。

 誰か助けて。


 もう一度チャンスがあるなら、次こそ不幸になんて負けないから……。

 どんな理不尽にも、前を向いて生きるから。


 だから、お願い。

 どうか天使様、私に罪を償う機会を下さい。





 ……っていうのが、今俺の腕の中でスヤスヤと眠っている幼女のあらましらしい。

 いや、なんていうかね。

 もうヤバイです。


 いくらこの末期の世界とはいえ、さすがに地獄です。

 最強クラスの素質を持つ英雄幼女だからこそ、幼いながらに状況を理解する頭脳があったのだろう。


 でもそのおかげで、自分の境遇に慣れてしまう前に、これが当たり前だと感覚がマヒしてしまう前に絶望してしまったのだ。


 いやぁ~、これ悪いの俺でしょ。

 大天使・ナナシエルじゃなくて、大失敗・カナシエルです。


 終わりよ、ほんと。

 これ罪を償わなきゃいけないのは幼女ちゃんじゃなくて、俺だよね?

 明らかに。


 うん、間違いないわ。


 というわけで、因果湾曲ご都合主義なとんでもチートを授けた幼女ちゃんを、俺は全力で保護することにした。


 だって可哀そうだもんよ。

 こんな、齢七歳で絶望を知るなんて、あまりにも早すぎる。


 だからこそ、もう寝ている間にボロボロだった肉体は俺の血で完全再生させてるし、この子が望む限りずっと傍にいるつもりだ。


 幸い、この幼女ちゃんの願いはいま「このままずっと天使様と一緒にいたい」というものに置き換わっている。

 罪を償うだなんて言ってるけど、これは表層意識だね。

 深層意識では、震えるくらいの大罪を犯したと思っている自分に、寄り添ってくれるスーパーヒーローが欲しいだけだ。


 うん、わかりやすい。

 子供なんだからそれくらいでいいんだよねぇ。


 というわけでさっそく、まずは幼女ちゃんを色々と調べてみることにした。

 とりあえず英雄ツクールの能力で分析したところ、現状では幼女ちゃんの希望によって、寿命や生命力を司る因果がねじ曲がってひれ伏していることが分かった。


 因果湾曲の力のほぼ全てをこの能力に費やしているらしい。


 つまりどういうことかというと。

 幼女ちゃんが望む限り滅多なことでは老いないし、死なないということだ。

 いや、死なないというのは違うか。


 殺されることはある。

 でも、天使様である俺と一緒にいるために因果がねじ曲がって、直後に生き返る。

 そんな因果になっているらしい。


 ヤバイね。

 現実を改変する能力って恐ろしい。


 これで俺が「もう幼女ちゃんは独り立ちできるね?」なんて言った日には、世界が崩壊するかもしれない。

 そのくらいの執着力だ。


 上手に使えばこの世界を一撃で救う可能性を秘めた因果湾曲の能力だが、現状の価値はプラスマイナス、ゼロといったところ。


 メリットもデメリットもない感じだね。

 この状況を打破するためには、今後の幼女ちゃんの心の成長に期待。


 そんなところだろうか。

 いや~、目が覚めたらなんて声をかけようか。


 とりあえず、よしよしと撫でであげよう。


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天使ナナシエルの異世界放浪旅~神様に戦力差十万倍の魔族から人類を救ってこいと言われたので英雄を量産することにしました~ たまごかけキャンディー @zeririn

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