第5話
俺が異世界に降り立ち、早くも三年が経った。
その間、あの手この手で魔族に怪しまれないように立ち回りながら街を転々としている。
現段階でなによりも重要なのは、英雄ウイルスをこの世界の人類に広めることだ。
神様が用意したチュートリアル英雄である、ガゼル爺さんのように今すぐに英雄の素質を開花させるような人材は少ない。
故に、俺はこの三年を人類に英雄ウイルスを散布するための準備期間として充てた。
いくら英雄を量産できる俺のチート能力とて、今すぐに人類を救うのは到底無理な話だ。
ガゼル爺さんのような既に完成された英雄がその辺にゴロゴロいるなら話は別だが、現実はそう甘くはないからね。
英雄の資格を持たない一般人を無理やりチートで強化したところで、魔族に対抗できるかといえば答えは否だ。
たしかに人類基準でみれば十分に超越者となるだろうが、しょせんは人類基準である。
その程度の存在が徒党を組んだくらいでなんとかなるならば、神様だって苦労してないだろうね。
たしかに戦いは数で、数は力であり正義だが、それでも質をおろそかにする訳にはいかないのだ。
そして、その素質を試練と言う名の運命の分岐点により研磨し、より高みへと導く役割を負っているのが英雄ウイルス。
そろそろこの世界の人類にも英雄ウイルスに適合してきたやつが増えてきただろうし、本格的にチートを活かす時がやってきたという訳である。
なお、風の噂によると。
初見で難なくウイルスに適合し、俺からチートを与えられたガチの英雄であるガゼル爺さんは、現在最初の街の守り神として万夫不当のガゼル無双を繰り広げているらしい。
魔族と人類がしのぎを削る、
通称デットラインと呼ばれる死の領域からの来訪者。
つまりは、あの街へとちょっかいをかけてきた強大な魔族や魔物をぶち殺し、おまけで子供たちに手を出す腐れ外道権力者をぶち殺しているとかなんとか。
そりゃあもう、天下無双の大活躍らしいよ。
いまや辺境の老戦士ガゼルの名は、デットラインの人類にまで届いているとかなんとか。
まだ半信半疑の人間も多いみたいだけど、最前線に限らず情報に敏い一部の者達からは、唐突に表舞台へと現れた謎の勇者って感じで大きな期待が寄せられている。
ついでといってはなんだが。
その勇者ガゼルの覚醒を促したのは、ナナシエルと名乗る男性の天使であったとかなんとか。
なんでも天使ナナシエルは人類圏であるなら世界各地どこでも現れ、気まぐれに旅人や行商人を救ったりするそうだが、はて、なんのことだろうね。
最近ではこの終わりかけの世界に降り立った希望。
救世天使ナナシエル教なんていう信仰が生まれているらしい。
い、いや~。
俺にはなんのことか、よくわからないや……。
「せっかくだから信仰獲得のチャンスだっつって、ちょっとやり過ぎたかもしれんな」
こちらとしては、都合よく各地へと英雄ウイルスの感染を広めてくれそうな旅人に、軽い気持ちで接触していただけなんだがね。
街から街へと移動する人間は英雄ウイルスの感染拡大に役立つし、都合がいい。
でも、そういうやつらは往々にして道中で出会う強力な魔物に殺されかけているケースが多いから、救ってやらなければならない機会が多かったに過ぎない。
それがまさか救世天使ナナシエル教なんていうヤバそうな宗教に発展するだなんて、計算外もいいところだ。
でも俺にデメリットはないし、信仰はもともと英雄ツクールのチートを行使する上で必要なものだったので、間違った方向性に進んでいるわけではないんだけどね。
ただあまりにも都合が良すぎて怖くなったというだけである。
まあ、そんなこんなで気づけば約三年。
ようやく世界各地で英雄ウイルスの感染者らしき人間たちが現れ始めたのを確認している。
とあるご家庭では今まで大人しかった子供が急に原因不明の病に倒れたと思ったら、一か月後にケロっと復活。
まるで見違えたように活発な子供になって毎日剣術の訓練に励んでいるとか。
いままで働きもせずに弱い者からカツアゲをして生活費を稼いでいたチンピラが、ある日を境にクソ真面目に大工仕事をやりだして、しかもその道ウン十年の親方が驚くほどの才能を秘めているとか。
感染者と思わしき、きな臭い噂がそこかしこから聞こえてくるようになった。
というわけで、そろそろいいかなと。
俺は英雄ウイルスに感染した者と直面すれば、そいつが感染者であるかどうかは一発でわかる。
故に雌伏の時は終わりを告げ、ついに人類に次々と英雄が誕生していくフェーズに入ったというわけだ。
いうなれば、ここからが出発点。
英雄時代の到来というべき新たなステップの開始だ。
そして俺が選んだ英雄ツクールの栄えある最初ターゲットは……。
大陸北部にある世界の最前線からしばらく南下した国、ハル・エラ聖国。
デットラインからはこれまたかなり距離のあるこの聖国の農村に、目的の人物はいる。
「もうこの先の農村から、隠しきれないクソデカ英雄反応があるんだよね。もはや噂を辿るとかいう面倒な手順を踏まなくても、英雄の素質がオーラになって農村から立ち昇っているレベル」
現在は人々が寝静まる深夜。
俺の眼には、夜空を照らすほどに存在感を放つ、黄金に輝く英雄のオーラが映し出されていた。
まあ、普通の人間にはそんなオーラは見えないのだけども。
あくまでも俺のチート能力で生み出された力だからこそ伝わっているだけだ。
しかしここまで異様なオーラを持つ存在となると、いったいどれだけの才能を秘めていることやら。
ガゼル爺さんですらテキトーに強化したら能力が三十倍になり、いまや万夫不当の英雄となった。
それとは比べものにならない、アホみたいに巨大なオーラを立ち昇らせているこの存在をチートで強化したら、いったいどうなるんだろうね。
願わくば、そいつが英雄ウイルスの試練に耐えきれるだけの精神性を持った人間であればよいが……。
こればっかりは、未来を予知できるわけでもない俺には分からないことだ。
英雄ツクールから受け取れる信号的には、限りなく純粋な善性であると診断結果はでている。
だが、そんな善性の存在が今後の試練に耐えられる強い心を持つとは限らない。
なにせ英雄の素質が強ければ強いほど、ウイルスはその者に大きな試練を与え成長を促すように創造されているのだから。
まさに鬼がでるか蛇がでるか。
答えは神のみぞ知る、ってところだろうか。
そんなことを想いながらも、ここぞとばかりに天使ナナシエルモードで夜空を飛び、輝く翼と瞳をもって姿を現した。
そう、かつてない程に莫大なオーラを立ち昇らせているのにも関わらず、いまにも痩せこけて死にそうな幼女の、その目の前に。
農村の周囲は何者かに焼き払われた跡が残っていて、数日前に皆殺しにされたであろう村人たちの死体は散乱し、眼球や頭蓋骨からはみ出した脳にハエがたかっていた。
幼女はその中にぽつんと一人で座り込み、光を失った瞳でぼうっと俺を視界に映す。
こういってはなんだが。
どうやら、既に英雄ウイルスの試練は始まってしまっているらしい。
これだけの破壊規模だ。
おそらく高位の魔族がやってきて、饒舌に尽くしがたい悪逆非道が行われたのだろう。
目的が何なのかは知らないけどね。
でもって、善くも悪くも。
試練を与えると同時に運命を導く英雄ウイルスに感染していたがゆえに。
奇跡的な運命を手繰り寄せた幼女が一人。
ただただ、未来も希望もなく、このまま死を迎える者として。
この農村で唯一生き残ってしまった、……というところだろうか。
だけど、こりゃああんまりだ。
いくら人類救済のためとはいえ。
いくら俺のまいた英雄の種とはいえ。
ここまでの深い絶望を背負った幼女に、無垢な被害者に。
俺はなんて声をかければいいんだよ……。
こんなのは偽善だと思いつつも、俺は自らの選択に吐き気を堪えることしかできない。
何が天使ナナシエルだ。
世界を救うことをダシにして人間に絶望を与え続けるクソ野郎だよ、俺は。
「天使、さま……」
「…………っ」
だが、それでも時間は止まらない。
全てに絶望してなお、世界に存在する最後の良心を見つけたとばかりに期待を込めて、その幼い瞳から涙を
はぁ……。
意気揚々と英雄のオーラに釣られてきたしょっぱなから、これか。
間接的にとはいえ。
この惨状を引き起こした俺には、この幼女の期待に応える義務がある。
たとえそれが偽善であったとしても、ここで俺が力を与えなければ全てが無駄になるのだ。
この幼女が苦しんだことも、全てだ。
だから俺は、この幼女に生きてもらわなければならない。
それも、期待に応えるという形で、だ。
「やあ、お嬢さん。迎えに来たよ」
「は、い……」
「これからは、この天使ナナシエルが、君の傍に────」
────君はもう、一人にはならない。
英雄ウイルスに感染した者の心がある程度読めるというのも、考えものだ。
否応なしに分かってしまうんだよ。
この幼女が何を望んでいるかなんて、一発でね。
だってそうだろう。
一人きりになった幼い子供が願うことなんて、一つしかない。
願いの答えは、生涯失うことのない「
だから俺は、最高の素質を持つ幼き英雄に最強で最大の、たった一つの特別なチートを授けた。
与えた
いまここに、宇宙最強の主人公様が爆誕したというわけだ。
この幼女が俺と離れたくないと願う限り、その因果律は捻じ曲がり願いは叶うだろう。
運命の分岐点で試練を与え続ける、英雄ウイルスへの最強のカウンター能力だ。
本当に、反吐がでる。
だから願わくば、君の未来に多くの幸せがあらんことを……。
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