第4話
「…………神、か?」
さて、夕暮れの日差しがいい感じに俺を照らす、幻想的な空間にて。
部屋に入室してきた人物。
姿を現した老戦士の第一声がこれだ。
当然俺は否定するが、本来は考えるまでもない。
どう考えても空中に浮かんだ光の翼を持つ奇妙な人物。
見た目だけは明らかにタダものじゃないし、いわば天使といっても過言ではないカリスマ性を誇っている。
もちろん俺にそのカリスマがあるというより、そうなるように英雄ツクールで改造したからというのが正しい答えだけども。
ちなみにこの老戦士には既に英雄ウイルスをそっとばら撒いた。
事前準備は完璧である。
おそらく、この老戦士は重大な決断を迫られることになるのかもしれないね。
「あははは。神ではないですよ、残念ながら。……ですが少なくとも、この世の存在ではないかもしれません」
「…………ッ!!」
そりゃそうだ。
俺は異世界転生者で、あくまでもチートパワーを授かったただの凡夫。
当たり前だが、神ではない。
その上魂がこの世界の存在でもないので、嘘は言っていないよ。
さて、老戦士よ。
こんな意味不明で正体不明な男の言い分に、あなたはどのような選択をする?
ただ敵対するのか、逃げるのか。
それとも巨万の富を願うのか。
点…いや、これは意地悪な質問だったかな。
だって、既に答えを得ているのだろう。
英雄ウイルスに感染した相手の心情をくみ取れる俺からすれば、どう答えるかなどもう見えているのだ。
その証拠に。
超然たる風体から推測を終え、脳の処理が追いつくよりも先に本能が答えを導き出す。
老戦士は驚愕による緊張から解かれると、ゆっくりと膝を折り首を垂れた。
それは祈りか、忠誠か、それとも懺悔か。
様々な感情をないまぜした老戦士の顔は、いまは俯いていてよく見えない。
常時発動している英雄ウイルスの能力だけが、彼の荒れ狂う歓喜と感動、感謝を伝えてくるのみだ。
まるで、この瞬間を待っていた。
ようやくこの時が来たと言わんばかりに。
だがまだ行動を起こすには早い。
老戦士が震える心を押さえつけ、魂から吐き出される次の言葉を待つ。
そろそろ謎の天使ムーブも恥ずかしくなってきたから止めたいところだが、あと少し我慢しなくてはならない。
なんども言うが、人は第一印象。
今後この世界で信仰を獲得していくためにも、老戦士をより良い結果へと導くためにも。
最初のコンタクトで失敗するわけにはいかないのだ。
「……天使よ、願いがある」
「なんですか?」
────よし、来た!!!
いつの時代も神や天使は人間に啓示をもたらし、悪魔は契約を交わす。
神話とは常にそういった出来事のくりかえし。
ならば、ここから先が第一異世界人とのコミュニケーション、クライマックスといったところだろう。
「どうか魔の者達の手からこの世を解放し、浄化なさるついでに、少しだけでいい。この街に生きる者達を、……いや、子供たちだけでも救ってやって欲しい」
「…………」
「この残り少ない老骨の命と、永遠の忠誠ではきっと対価が足りないだろう。だが、どうしても譲れない、儂の人間としての最後の一線だ」
なるほどなるほど?
それでそれで?
もうちょっと詳しい話をどうぞ。
「……ふふふ。そこまでして願う理由はいったい?」
ニコニコと笑いながら、まるで本当は全てお見通しですよと言わんばかりの態度で、あえて続きを促す。
いや、感情の動きは読めるけど考えが見通せるほどではないので、理由はなんもわかってないんですけどね。
ブラフ率百パーセントだ。
ただのハッタリ野郎である。
ぶっちゃけると、このいかにも歴戦の英雄たる風格を持つ老戦士を騙しているようで心が痛い上に、かなり恥ずかしい。
だが、頑張れ俺!
もうちょっと耐えろ!
ゴールはもう目前だ!
「天使であるあなた様の力は強大だが、敵である魔の者もまた強大だ。おそらく戦いとなれば魔王たちもろともこの街を滅ぼすことになるだろう。だからどうか、希望を。人を未来へと繋ぐ子供たちを、どうか……」
「そうですか。子供たちは国の未来。引いては、この世界の未来。……あなたはこの世界にも救いがあるのだということを、あの子達に知ってほしいのですね?」
老戦士は頷き、失った片腕から血を滲ませつつも命を燃やして懇願する。
うん、というか、あの子達って誰だよ!
誰一人知らないよ!
でも押し通す!
なぜなら、彼の心には曇りの一点もなく。
子供たちを想う清々しいほどの決意しか感じられないのだから。
……なら答えはもう、決まってる。
そう。
この老戦士には既に、英雄の資格があるのだ。
まあ、ここに俺を降ろした神様の意図を考えると、分かり切っていたことではあったけどもね。
それでも俺はこの決断を下した老戦士に、拍手を送りたい。
この運命の分岐点で、道を踏み外さないでくれてありがとうってね。
「いいでしょう。勇敢なる老戦士よ、この天使ナナシエルの名の下に、あなたの願いを認めます」
「……ではっ!」
ガバリと伏せていた顔を上げ、活路というべきものを見出した老戦士の近くへと向かう。
ついでに祭壇に飾られていた超カッコいいクリスタルソードを手に取った俺は、空中で自らの手のひらに深く傷をつけた。
その行動に一瞬ギョッとする老戦士だが、俺のかつてない程の真剣な眼差しに息を飲み、その場を動けない。
ちなみに真剣なのは本当。
だって自分の手を切るのめちゃくちゃ痛いんだもの。
平成令和と生きた現代人には、ちょっとこの自傷行為は精神にくるね。
でも、必要なことだからしょうがない。
今回のところは、これで仕上げなのだから。
そして俺の手からしたたり落ちた血は老戦士の肌に触れると、ついにその効果を発揮した。
なんと失われていたはずの片腕がニョキニョキと再生を始めていたのだ。
「こ、これは……!?」
「ふふふ」
それだけではない、あちこちに傷を負い満身創痍であった数多のダメージ、または過去に負ったであろう古傷。
それら全てが癒され、血を与えてから僅か五分後には老戦士からは一切の傷が見えなくなっていた。
というか、少し若返ってすらいるようだ。
満身創痍の時は筋骨隆々ではあるが、肉体年齢は七十歳を超えているように見えた。
だが今の彼を見ると、五十歳前後。
渋いイケオジといったところだろうか。
また失った腕すらも、まるで初めからそこにあったかのように生まれ直している。
驚きのあまり言葉を失い、口を開けたり閉じたりしているが、もうあなたは俺の英雄ツクールの餌食になったのだ。
能力を与えるのはこれからだが、ここまで秘密を見せた以上、タダでは死なせない。
「勇敢なる者よ。名を」
「……は、ハッ! 儂の名は、ガゼルと!」
「では勇者ガゼルよ、あなたには使命と力を与えましょう。使命はあなた自身が答えた最後の願い。力は……」
そういって英雄ツクールの効力を意識しつつも「この爺さんにありったけの魔力とパワーをくれぇ!」と睨む。
英雄ウイルスで確認したところ、この老戦士の才能は剣と魔法の二段構え。
いわゆる魔法戦士型だ。
おそらく既にそれなりの魔法が使えるのだとは思うが、いかんせん魔力量が少ない。
その魔力量を俺の英雄ツクールで爆上げしつつ、全盛期の頃より衰えた肉体をチート能力で上書きする。
見た目は変わらないが、既に身体能力と魔力量は三十倍を超えているので、間違いなく全盛期よりも強い。
というか、英雄ウイルスで得たとびきりの才能に、この圧倒的な覇気と老練な佇まい。
もはや魔法戦士としては人類最強クラスといっても過言ではないだろう。
いや~、一発目のコンタクトでタダモンじゃない爺さんを引いたわ。
運がいいというか、神様もこれ狙ってたでしょ。
だってこの場所に転生したらこの爺さんと出会うのはどうあがいても確定事項だったわけだし。
いわゆる初心者救済のボーナスキャラといったところだろうか。
英雄ウイルスがあるとはいえ、俺と相性のいい英雄のタマゴを見つけ出すのは苦労しそうだったからね。
「お、おおおおおお! 力が、魔力があふれる! これはいったい!?」
「喜ぶのはまだ早いですよ勇者ガゼル。あなたには、使命があるのでしょう?」
「……ハッ!」
いきなり全回復しつつもパワーが三十倍になり、狂喜乱舞するガゼル爺さんをなだめる。
それにガゼル爺さんには俺から与えられた使命がある。
「いつの世も、人を救うのは人の力。決して神や天使ではありません。この世界を魔の者の手から取り戻したいというのであれば、あなたたち自身が立ち上がらずにどうするのですか。まだまだ、この世界はこれからですよ」
「ハハァーーーー!」
ガゼル爺さんが床に頭突きをするほどの勢いで頭を下げる。
……やはりちょっとやり過ぎたか?
俺への忠誠心が爆発的にあがって、目が逝っちゃっている。
これは狂信者の眼だ、俺にはわかる。
もうガゼル爺さんに残った強化のための素質は残っていないが、魔力もパワーもいきなり三十倍はやり過ぎだな、うん。
それにちょっと若返った上で全回復してるし。
今後はもうちょっと少しづつ、時間をかけて英雄ツクールで魔改造していこう。
じゃないと、信仰を集めるのはいいが、やり過ぎて狂信者を生み出してしまうことになる。
今回はいい勉強になったね。
というわけで、仕上げだ。
「勇者ガゼル。あなたには役目を果たし朽ちてしまったブロードソードの代わりに、このクリスタルソードを。あなたが願った子供たちの未来のために、役立てなさい」
「お、おお……! この儂に聖剣を……! このガゼル、天使ナナシエル様に永遠なる忠誠を!」
いや、そこまでの忠誠はいらん。
それにそれ、めちゃくちゃ頑丈で鋭いってだけで特殊効果ないし。
まあ、魔剣や聖剣ではなく、ただ単に「剣」として見たらそれなりの格には進化してるけども。
とはいえ、過信は禁物である。
「忠誠など要りません。あなたはあなたの願いを叶えなさい。なにせ、このナナシエルが認めたほどの願いなのですから。ふむ、どうせならあなた程の英雄が守ろうとした子供たちのことも、いずれ見てみたいものですね」
いずれ見てみたいといいつつも、若干期待しているかのように誘導する。
これであとは狂信者となった爺さんが才能のある子供たちを引き連れてくれれば、あとは芋づる式に英雄のタマゴが見つかっていくだろう。
爺さんも我が意を得たりとばかりに頷いているし、たぶん問題ない。
作戦通りだ。
……ふう、ようやく第一異世界人とのコンタクトを終了することができた。
あとは……。
「ってーわけで、ガゼル爺さん。俺はここに居候するから、よろしくなっ!」
「ふぁ……?」
先ほどまでの神々しさはどこへやら。
輝く瞳と翼を失い、いきなり普通の人間っぽさを醸し出した俺ことナナシエルは、天使モードを解除して自然体で接するのであった。
「いや、天使状態の時じゃないと、俺の性能が人間に近づくんだよ。わりーわりー、消耗が激しいんだ、アレ」
「な、なんと……。そのようなことが……」
そう、いつまでも天使の演技をしていてはボロがでやすい。
なので、あくまでも英雄ツクールなどの超常の力を発揮するときは、光の翼や青き瞳を発動することが条件であると、ガゼル爺さんにデマを流す。
これによって現在の俺は天使の力を失い、ちょっと身体能力が高く特殊な力を行使するだけの人間、というところまで落とし込めるのであった。
だって消耗が激しいんだもの、しょうがないよね!
まあ、まるっきり嘘だけど!
……とはいえ、恰好を崩したからといって油断はしていない。
なぜならこのガゼル爺さんは依然として英雄ウイルスの感染者だからだ。
このウイルスの感染者には常に試練がつきまとう。
与えられたチート能力を足掛かりに、彼が今後何を成すのかは分からない。
だけど、俺が与えた力だけではまだまだ魔族や魔王たちに、掠り傷一つ与えることはできないだろう。
今後彼が試練に屈さず、様々な物語と共に英雄として成長を続けていくことで道が拓けていくのだ。
今回は、その第一歩。
俺にとってもチュートリアルだ。
だから、忠誠を誓ってくれたのはいいけど、このガゼル爺さんとの付き合いのは一旦、今日でおしまい。
なぜなら俺は、資格を持つ次の英雄を探しに行かなくてはならないのだから。
人類の救済は、まだ始まったばかりだ。
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