3

「いらっしゃい。はてさて、お兄さんはどんな箱をお望みですかねえ」


 頭に白いターバンを巻いた若いのか歳をとっているのかよく分からない男が暖簾の向こうから掠れた声を出した。

 彼が着ている黄色いトレーナーの胸にニヤリと笑う大きな猿。

 僕と彼を隔てる長机の向こうにぷっくりと膨らんだ真っ赤なサリーが見えた。


「えっと、誰……ですか?」

「え、箱屋ですよ。決まっているじゃないですか」


 何が決まっているのだろう。

 というかハコヤってなんだ。


 呆気に取られた僕が言葉もなく立ち尽くしていると、そのうちに男が突然、目を丸く見開き、口をあの字に開ける。


「ああ、そうだ、そうだ。忘れるところだった。お兄さんには頼まれた箱があったんだ」


 奇天烈な格好をした男はそう言って拳と手のひらを打ち合わせると、慌てた様子で背後にある数え切れないほどの箱を物色し始めた。


「あらー、どこに置いたかな。これだったかな? いや違う。こっちか? いや……」


 積み上がった箱のタワーがいくつか崩れて床に無惨に散らばった。

 けれど男はそんなことは全く意に介さないといった様子でさらに別の塔を突き崩していく。そしてかなり長い時間を費やしてようやく目当ての箱を見つけたらしい彼は僕へと振り返り、とても嬉しそうな顔つきを浮かべた。

 その手には単行本ほどの大きさの渋い光沢がある銀色の箱。


「はい、これね。お兄さんに渡すようにって」

「え、誰から?」

「大丈夫ね。そのうち分かるから」


 強引に押し付けられて仕方なく受け取ると、その瞬間、男の姿は霞んで消えた。



 僕は縁側の床に無様に突っ伏していた。

 どれくらい眠っていたのだろう。

 耳を澄ますと父親と叔父さんの声が廊下の端からボソボソと聞こえてきた。

 お坊さんもまだ来ていないようだから、それほど時間は経っていないはずだ。

 ホッとして天井を見つめ、それにしても妙な夢を見たと首を傾げる。


 妙にリアルな夢だったな。


 そして立ちあがろうと床に着いた手に何か硬いものが触れた。

 目線を向けるとそれは紛うことなき、さっきの夢に現れた銀色の箱だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る