怪異!『動く階段』なのじゃ!!

雨衣饅頭

怪異!『動く階段』なのじゃ!!


「あの~、僕の部屋はあなたたちの溜まり場じゃないんですけど」


 とある住宅街にある一軒家。そこに住むごく普通の男子高校生、柊真琴ひいらぎまことは呆れていた。またもやが許可なく彼の自室に侵入し、勝手に部屋を溜まり場にしていたからだ。もう何度目か数えられないほど同じようなことが起きているため、真琴は怒りすら感じずにただただ呆れていた。


「まぁまぁ、そう固いことを言うな。我とお主の仲ではないか」

「どんな仲ですか。言ってみてくださいよ」

「主と使用人?」

「誰が使用人ですか。ふざけないでくださいロリババア」

「誰がババアじゃ!まだ普通のロリじゃ!!」

「ロリはいいんですか」


 真琴に『ロリババア』呼ばわりされた幼女の正体は最近封印から解かれた大妖怪、齢千を超える天狐である。信じられないような話だが、その証拠に彼女の体には狐耳と尻尾が生えていた。

 封印を解いた真琴のことを彼女は気に入っているらしく、よく彼の自室に侵入し妖怪友達との溜まり場にしているのだ。


「お二方、喧嘩はよしてください。ここは聖なる神域なのですから」

「いや僕の部屋ですよ」

「確かに先ほどまでここは真琴君の自室でしたが、私がマーキングしておいたのでもう神域と化しております」

「何やってるんですかこの駄犬が」

「ぶははっ!犬神に向かって駄犬とは!!ピッタリなあだ名じゃのう!ぶはははっ!」

「だ、駄犬・・・ひどい」


 駄犬と呼ばれたのは天狐の妖怪友達の一人、犬神だ。犬神は成人男性の体に犬の顔という極めて個性的な容姿をしている。また、彼は数少ない神の特性を所有している妖怪であり、人間の前に姿を現す機会など滅多にないはずなのだが、真琴は彼とよく顔を合わせている。


「ほら、さっさと僕の部屋から出て行ってください。二人とも」

「うむむ・・・犬神よ、なんとか真琴を説得してくれぬか。後生の頼みじゃ」

「・・・そこまで言われたら仕方がありません。私ので真琴君を説得して見せましょう」

・・・も、もしかしてをやるのか!?なんということじゃ・・・衝撃に備えなければ!」

「え、何をする気ですか・・・。ちょっと怖いんですけど」


 天狐のあまりの動揺振りを見て少し恐怖を覚えた真琴はつい身構える。天狐も謎のポーズをとって衝撃に備えているようだ。その間に犬神は立ち上がり、両手を重ね床へと向けた。そう―――を放つ準備が整ったのだ。


「はぁーーーっ!!!我が秘術をくらえっ!!『眷属召喚:ただの犬』!!!」


 犬神がそう言った瞬間、彼の手から大きな光が放たれた。その光の眩しさに真琴と天狐は目を瞑ってしまう。そして光が収まったことを感じ目を開くと―――そこには柴犬が立っていた。


「ワンっ!」

「か、かわいいのじゃ~!!!」

「な、なんていう技だ。まさか柴犬を召喚するなんて・・・。ここまでされては仕方がありません、僕の部屋にいることを許可しましょう」

「ふっ。さすが我が眷属、柴犬です。難攻不落の城をこうも簡単に落とすとは・・・。我が眷属ながら恐ろしい」


 真琴と天狐は召喚された柴犬に狂喜乱舞した後、柴犬の下に駆け寄り体を撫でようとする。その二人の様子に得意げな表情を顔に浮かべる犬神。しかし、その得意げな顔はすぐに崩壊することになる。

 真琴と天狐の手が柴犬の体に触れようとした瞬間―――。


「―――まさか僕の体に触れるつもり?お前らみたいなのが?」

「「え?」」


 柴犬が言葉を発した。驚く二人を横目に柴犬は何食わぬ顔で厳しい言葉を重ねていく。


「身の程を知った方がいいんじゃないかな?ただの人間とただの狐が、柴犬であるこの僕に触れることなんて許されないよ」

「「えぇ・・・」」

「ははは・・・いやぁ~すいませんね。この子はちょっとプライドが高くて・・・」

「「ちょっと?これが?」」

「・・・すごくプライドが高くて・・・」


 気まずそうに笑う犬神に真琴と天狐は詰め寄る。


「話が違うじゃないですか。駄犬、さっさとこの部屋を出て行ってください。邪魔です」

「そうじゃそうじゃ!さっさと出て行くのじゃ!」

「うぅ・・・私は駄犬じゃない・・・」

「ふんっ!お主なんて駄犬で充分じゃ!ほら、さっさと出て行くのじゃ!」

「いやあなたもさっさと出て行ってくださいよ、天狐」

「えっ!?我も!?」

「何を驚いているんですか。当たり前でしょ」

「嫌じゃ~!!我はこの部屋にいるのじゃ!!絶対に出て行かないのじゃ!!」

「私も嫌です!!絶対にこの部屋に入り浸ります!!」

「僕の部屋に執着心を抱かないでくださいよ・・・」


 全身を床に擦り付けながら主張していた天狐であったが、突如としてある名案が思いついたため彼女は立ち上がった。


「そうじゃ!ならば三人でお出かけするのじゃ!!」

「おぉ!それは名案ですね!」

「僕は嫌なので遠慮します」


 即座に断った真琴を無視して天狐と犬神は話を進め始める。


「お出かけする場所は既に決めておるのじゃ!!」

「なんと!いったいどこに行くのですか!?」

「無視しないでください。僕は行かないですからね」

「その場所とはずばり!」

「ずばり!?」

「はぁ・・・もういいです。どこ行くんですか?」


 真琴と犬神の視線が天狐に集まる。それを確認した天狐は自信満々に口を開いた。


「―――ずばり!『動く階段』を調査しに行くのじゃ!!」

「う、動く階段!?い、いったいなんですかそれは!?」

「エスカレーターですね」




「この街には世にも奇妙なことに『動く階段』とやらが存在するらしいのじゃ」

「ふむふむ。『動く階段』ですか。聞くだけで恐ろしいですな・・・」

「『動く階段』のことを人はエスカレーターと呼ぶんですよ」


 真琴の言葉に聞く耳を持たない天狐と犬神は『動く階段』について神妙な顔つきで語り始める。


「階段とは言わば空間と空間の境目、もしくは継ぎ目じゃ。例えば一階と二階を区別し、一階と二階を繋ぐ力が階段にはあるのじゃ」

「その力を持つ階段が動いてしまうとなると歪みが生じてしまう。そういうことですな?」

「その通りじゃ」

「どの通りですか。ただのエスカレーターなんですから、歪みなんて生じませんよ」


 真琴が呆れた表情を浮かべていると、天狐は勢いよく真琴を指さした。


「甘い!甘いぞ我が弟子よ!!」

「弟子じゃないです」

「世界に生じるどんな歪みも甘く見てはならぬ。歪みから生み出される怪異は予測のできぬ現象を発生させるのじゃ!」

「そうですぞ!真琴君!」

「だからただのエスカレーターが歪みを生じさせるわけないでしょう」


 真琴のその発言に対して「やれやれ」と首を横に振る天狐と犬神。真琴はその二人の仕草を見て殴りかかろうかと一瞬考えるも何とか踏みとどまった。


「まったくこの馬鹿弟子は・・・。仕方ない。ならば一見は百聞に如かずじゃ!三人で『動く階段』を調査しに行くぞ!!名付けて『動く階段を調査する調査隊』の結成じゃ!!!」

「名付ける意味がないほどそのままですね」

「ほらほら!参りましょう!真琴君!」

「・・・はぁ。行けばいいんでしょ、行けば」


 そうして三人は『動く階段』があるという場所へと向かったのであった。




「こ、これが『動く階段』!!凄まじい力を感じるのじゃ!!」

「その力って電力でしょ。エスカレーターは電気で動きますから」

「見てください!人々が『動く階段』によって何処かへ連れ去られています!!一体何処へ!?」

「二階です」


 三人は『動く階段』を実際に目にするためにとある商業施設を訪れていた。そして今、彼らの目の前にその『動く階段』が姿を現したのだ。


「犬神・・・分かるか?」

「えぇ、この独特な気・・・。この怪異、神の域に片足を突っ込んでいますね。かなりの強敵かと」

「え、マジですか?これマジのやつなんですか?」


 真剣な表情を浮かべる天狐と犬神。その表情を見て二人が本気であることを感じ取った真琴は驚いていた。身近な商業施設のエスカレーターに怪異が存在するという事実に驚いていたのだ。


「真琴!犬神!我に付いてくるのじゃ!怪異退治と行こうではないか!!」

「了解しました!」

「ぼ、僕も行くんですか?行きたくないんですけど・・・」


 真琴のその言葉を無視して歩き出す天狐と犬神。その様子から何かを感じ取った真琴は仕方なくついて行くことにした。

 そして三人は『動く階段』に足を踏み入れた。


「じ、地面が動いておる。恐ろしい感覚じゃ・・・」

「この怪異、一筋縄ではいきませんね」

「僕にはただエスカレーターに乗っただけのようにしか見えないんですけど・・・」


 本当にこの『動く階段』は怪異なのか?そう真琴が思い始めたその瞬間―――。


―――世界が反転した。


「えっ?」


 世界が上下反転したことにより三人の体は自由落下を始めた。


『まずい!このままではに体が衝突する!!』


 そう考えた真琴は反射的に下に目を向ける。するとそこには床ではなく無限の闇が広がっていた。これ以上この闇に足を踏み入れてはいけない。そう本能が強く強く呼びかけている。しかし、真琴にこの状況をどうにかする能力はない。どうすることもできないのだ。


 だが、真琴の心に絶望はなかった。なぜなら彼の隣には、このような状況下で誰よりも頼りになる大妖怪達がいるからだ。


「なるほどのう!この怪異は階段が動くことによって生じた歪み、空間の狭間を丸ごと支配しておるのか!!言わばこの空間における神!くははっ!まさかこんなところで神を相手取るとはのう!犬神、分かっておるな!?」

「えぇ、お任せください!!―――『神域形成』!!!」


 犬神の生み出す神域と怪異が操る空間の狭間が衝突を始めた。その力は全くの互角、いや、犬神の方がほんの少しだけ優勢か。


「むむむ、やりますな!私一人でしたら危なかったかもしれません。ですが私は一人ではない・・・天狐殿っ!!」

「うむ!準備万端なのじゃ!!!」


 天狐の体から紫色の光が放たれ始めた。膨大な妖気が溢れ出している証拠である。また、その妖気に呼応するかのように空間が振動している。

 しかし突如として紫の光は天狐の手に収束を始めた。そして完全に光が収束を終えると、天狐の手にはいつの間にか一振りの刀が握られていた。


「この刀は概念を切り裂く特別な武具じゃ。怪異よ、覚悟は良いな?この刀を我が握ったということは、勝負は一瞬だということじゃ。―――『斬』」


 天狐の言った通り、決着は一瞬であった。天狐がその刀を振った瞬間、空間の狭間という概念が切り裂かれ消滅したのだ。そして三人は元居た商業施設へと戻ってきたのであった。


「ふははっ!これで一件落着なのじゃ!!『動く階段』、恐れるに足らず!!!ふははははっ!!」

「流石ですぞ、天狐殿!!相変わらずお強いですな!!」

「そうであろうそうであろう!!我は最強なのじゃ!!!真琴よ!どうじゃ!?我を見直したであろう!?」

「あの、公の場で馬鹿みたいに騒がないでくださいよ。恥ずかしいので」

「「あっ」」


 天狐と犬神は周囲の人々からまるで怪異を目にしたかのような目で見られていることに気が付くと、すぐに騒ぐことをやめて静かになった。たとえ大妖怪でも周囲の目線は気になるのだ。


「もうこのような場所で騒がないでくださいね。またこういうことがあったらもう一緒に行動しませんから」

「「はい、ごめんなさい・・・」」


 真琴と大妖怪達の生活は続く!!・・・はず?

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