鈍感少女とささくれの痛み

みすたぁ・ゆー

鈍感少女とささくれの痛み

 

 人の口に戸は立てられない――。



 要するに人の噂を防ぎきることは出来ないという意味だ。それゆえに中学校へ入学して一週間、早くもクラスメイトの間に私の家庭の事情が知れ渡った。


 それも当然か、同学年には私と同じ小学校出身者だっているんだから……。



 当初は気さくに声をかけてくれていたほかの小学校出身者の子たちも、今ではすっかり私に寄りつかなくなっている。もちろん、遅かれ早かれそうなるんじゃないかと思っていたけどね……。


 授業などでどうしても関わらなければならない時は会話をするけど、それだって遠慮や心に壁があるような対応をしていると感じる。



 ……もう慣れた。今まで何度も同じような経験をしてきたから。



 私の父は一般社会の人間じゃない。真っ当な道から外れた世界、しかもその中である程度の地位にいる。組織全体の中でもに有名みたいだし。


 ちなみにマンガなどではその世界の人間が『怖そうに見えて実は良い人』のように描かれることも多いけど、現実にはそんなこと絶対にあり得ない。あれはあくまでも創作の上での話だ。


 ――確かにみんな筋は通す。でも絶対に善人なんかじゃない。


 しかも私のように、そうした人の家族にしてみれば嫌なことや苦労ばかりだし身に命の危機が迫ることだってある。



 なにより私は何も犯罪行為をしていないのに、警察には顔見知りがたくさんいる。


 まぁ、父も警察官も同じニオイのする人たちだと私は思ってるから、気が合うのもなんとなく理解できるけど。父と警察官に違いがあるとすれば、合法な組織の人間か非合法な組織の人間かという点くらいだ……。



 今朝も私は少し離れた場所から私服警察官にコッソリとつつ登校した。


 いつものことだし、隠すつもりもあまりないようだから私にはバレバレ。当然、業界人もそんなことは分かっているので、余程のことがない限り何かのトラブルを起こそうという気は持たない。



 ――つまり見守りがあってもなくても一緒。



 ただ、その『余程のこと』があった時に警察も自己保身やら他の組織との火種になりかねないやらで対処に困るから、保険としてやっているに過ぎないわけだ。



 ……本当にムカツク。警察だってストーカーと同じじゃん。何かされるということではないけど、気分が最悪なのには変わりない。



 あぁ、なんだかいつも以上に今日はイライラする。クラスメイトたちもそんな私の機嫌悪そうな空気を敏感に察知して、こちらへ視線を向けることすらしない。


 昼休みの時間となった今も、私の席の周りだけがエアポケットのようになっている。


「痛っ!」


 その時、席に座っていた私に、名前も知らないクラスメイトの女子がぶつかってきた。もちろん、彼女の体勢や目を丸くしている様子を見る限り、たまたま余所見しながら歩いていて当たってしまったという感じだろうけど。


 私が彼女の顔に視線を向けると、その子はビクッと体を震わせ、瞳に怯えの色を浮かべる。


「や、山手やまてさんっ、ごめんなさいっ!」


「……ん、別に良いけど。悪気はなかったんでしょ?」


 真顔のまま、至って冷静な口調で話す私。


 でもその直後、なぜか彼女は両足までもガクガクと震えさせながら真っ青な顔になる。まるでヘビに睨まれたカエルにでもなったかのような。


「ごめんなさい……怒らないで……」


「いや、怒ってないし。なんでそんなにビクビクしてるん?」


「ぁ……ぅ……」


 彼女は狼狽えながら下唇を噛み、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


 そしてそんな私たちの様子を、クラスメイトたちは遠くから白い目で眺めている。


 しかもこの状況になった経緯もやり取りも知っているはずなのに、私が一方的に彼女を責めているとでも思っているような節があって……。



 …………。



 なんで私がみんなから悪者みたいな視線を向けられなければならないんだ? どちらかといえば、悪いのは不注意でぶつかってきた彼女の方じゃん。


 私は心の中で苦々しさを噛み殺しつつ、肩を落とすように深い溜息をつく。


「――とにかくもういいから。どこかへ向かう途中なんでしょ? 行きなよ」


「ほ、本当にごめんなさいっ!」


 彼女は慌てて深々と頭を下げ、逃げるように廊下へ駆け出していってしまった。


 結果、これで周囲の視線も多少は散ったものの、今度はどこかからコソコソと何かを囁いているかのような雑音が聞こえるようになる。


 それが例え気のせいだったとしても、やはり居心地は悪い。


 もちろん、そのイライラを表に出してしまっては良くない噂が尾ひれをついて広まるという悪循環に陥りそうなのでグッと堪える。



 やれやれ……。



 私は机に突っ伏して、再び溜息をついた。そして呆然と床を眺めていると、ふとどこかから転がり落ちてくる消しゴムが目に入る。


 顔を上げると、それは私の右斜め前の席に座っている女子が落としたものらしかった。ただ、ノートに何かを記入するのに夢中で、消しゴムを落としたことに気付いていない。




 ――無意識のうちに私は席を立ち、その消しゴムを拾い上げていた。


 誰かと関わり合いたくない気分だったから、見て見ぬ振りをすることも出来た。でも反射というか、勝手に体が動いていたのだ。それしかその時の行動の理由を説明することが出来ない。


 そして私は彼女の正面に立ち、それに気付いてゆっくりと顔を上げたその子に拾い上げた消しゴムを差し出す。


「ほら、消しゴムが落ちたよ」


「……お!? それは気付かなかった。ありがとう」


 そう言って、私の手から淡々とした様子で消しゴムを受け取る彼女。ほかのクラスメイトたちのように、私に対して萎縮や腫れ物に触るような態度は見られない。



 いや、単なるクラスメイト同士という関係ならそれが普通の反応か……。



 ただ、私にとってはそんな反応が久しぶりだったので、思わずキョトンとしてしまう。


 彼女は雰囲気も目つきも、やや低音の声も気怠そうで、どこかおっとりとしたような空気を感じる。体は小さくて、何歳も年下のような見た目。それと肩の下まで伸びたストレートの黒髪を後ろでひとつ結びにしている。


「おい、お前。なぜキョトンとして私を見ている? まさか消しゴムを拾った謝礼を要求しているのか? その話を私が切り出さないから、呆気にとられているのか?」


「あのねぇ、そんなことしないって……」


「……本当か?」


 彼女は依然として私に疑いの目を向けている。本気で言っているのか冗談で言っているのか、私にはいまいち掴めない。


 ただ、不意に私はその言葉の裏にある『真意』に気付き、思わず苛立ちを覚える。


「――っ!? そっか、アンタも私がだと思ってるってこと?」


「ワケが分からん。とはどういう意味だ? お前はお前であって、それ以上でも以下でもない。それと私の名は息辺いきあたり端里はたりだ。『アンタ』と呼ばれる筋合いはない」


「なっ!? だったら私だって『お前』なんて名前じゃないよ! 知ってるでしょ、私の名前!」


「知るか、そんなこと。自分をタレントか何かだと勘違いしているのか? 自意識過剰じゃないのか? ちゃんと名乗れ。名乗らん限り、お前は『お前』だ」


 彼女は無愛想な感じで、冷たく言い放った。




 …………。


 ……だけど。


 ……冷たく……言い放たれたはずなのに……なぜか私はネガティブな印象を受けていない。それは心臓を矢で射抜かれたような衝撃の方が強いからだろうか。



 もちろん、それは目から鱗が落ちたという意味合いでの衝撃――。


 そうか、息辺さんは本当に私の素性を知らずに会話ややり取りをしていたんだ。それに彼女は色眼鏡というか、余計なバイアスをかけて物事を見ていない。単に周りに興味がないだけなのかもしれないけど、常にニュートラルな立ち位置でいる。


 ささくれていて、私は勝手に苛ついていたのだとようやく気付いた。


 なんだか決まりが悪くなって私の気勢は弱まり、遠慮がちに自分の名を名乗る。


「……山手……安芸あきだよ」


「山手か……。消しゴムを拾ってもらった謝礼なら、この消しゴムが全体の1割の大きさになった時にそのままくれてやる。拾得物の礼は1割が相場らしいからな。それまでしばし待て。今、カッターなどで切り分けるのは消しゴムが可哀想だし、私には猟奇的な趣味だってない」


「……ぷっ……あはははははっ! なにそれぇっ!」


 息辺さんの言葉が想定外というか、発想が独特すぎて私は思わず大笑いしてしまった。笑いすぎてお腹が痛くなるほどに。


 当然、事態が何も分かっていない彼女は首を傾げ、訝しげな顔をしている。


「何が可笑おかしい?」


「あははははっ、うんっ、いいよっ! 消しゴムが1割の大きさになるまで待っててあげる! 私、絶対に忘れないからねっ? 誤魔化そうとしても無駄だよっ♪」


「チッ……。『時が経てば有耶無耶うやむやになるだろ作戦』は失敗か……」


 息辺さんは視線を横に逸らし、苦虫を噛み潰したような顔でボソッと呟いた。


 なんというか、本当に面白い子だ。言動も考え方もだけど、存在そのものが唯一無二で興味をそそられる。奇抜すぎてちょっと衝撃を受けることもあるけど……。


 ただ、一緒にいるだけで楽しいし、不思議と心が穏やかになる。


 こんな気持ちになる相手と出会うのは初めてだ。何か宿縁のようなものを感じる。


「息辺さんって面白いね。発想が天然っていうか」


「天然? いや、人間なんてほとんどが養殖だろ。誰もがひとりでは生きていけない。無論、私も山手もな」


「……っ!?」


「あ、誤解のないように言っておくが、自立という意味ではある程度まで成長すればひとりで生きていくことは可能だ。だが、人間社会というの中で生きる以上、他人との関わりを完全に絶つことは出来ん。そういう意味では誰もがひとりではないのだ」


「……っ……!」


 またしても私は色々な意味で衝撃を受けた。


 彼女は独創的でどこかズレているように見えて、時に真意を衝いているようなことも言う。そのことに私は驚きと戸惑いを隠せない。本当に掴みどころのない子だ。


 だからこそ、ますます彼女のことを知りたくなった。もっともっと色々な話をしてみたい。


 ――でもその時、教室内には無情にも昼休み終了を示すチャイムが鳴り響く。


「おっと、昼休みは終わりか。山手、またあとでな」


 息辺さんは再びノートに目を落し、何事もなかったかのように先ほどまでやっていた作業を再開させた。


 その後はまるで私の存在も周囲も何も見えていないかのように、彼女は自分の作業に意識を集中させていた。そのまま程なく授業が始まったものの、私はどうしても彼女のことが気になって、気付けばチラチラと視線を向けてしまっている。


 そのせいで意識散漫になって、授業中に先生から教科書を読むよう指示された時には思わず慌てふためいてしまったけど……。





 こうしてこの日の全ての授業が終わり、放課後となった。クラスメイトたちは部活に行ったり帰宅したり、それぞれ行動を始める。私も教科書や文房具類を片付け、帰宅の準備をする。


 するとそんな中、不意に私の目の前に息辺さんがやってきて話しかけてくる。


 まさか彼女の方からそんな行動を取ってくるとは思わなかったから、私はちょっとだけ驚いてしまった。ただ、私ももっと話をしたいなと思っていたから、どちらかというと嬉しい気持ちの方が強い。


「山手、単刀直入にく。昼休みにはなぜあんなにもささくれていたのだ?」


「そ、そう? 私、ささくれているように見えた? 確かに少しイライラしていたかもだけど、いつもあんな感じだよ」


「なんだか目つきが鋭かったように思う。それと『近寄るなオーラ』と『話しかけんなオーラ』が満開だったぞ。まぁ、私はそういうのを気にするタイプではないから、平然と会話をしていたが」


「そ、それは……ごめんね……」


 思い当たるところがないわけじゃないので、私としては頭を下げるしかない。


「誰にでも虫の居所が悪い時はある。ただ、そういう空気は周りにも伝わる。山手よ、そのことを忘れないようにな」


「う、うん……。でもわざわざそれを伝えるために、私に話しかけてきたの? なんで? 私たちって出会ったばかりで、親しいわけでもないのに……」


 私の問いかけに、なぜか息辺さんは珍しく口ごもった。ただ、すぐに沈黙を解いて返答してくる。


「なんとなくだ。あえて言うなら、山手が苦しんでいるように見えたからだ。目の前に苦しんでいるヤツがいたら、助けてやりたいと思う気持ちも湧いてくるだろう。それ以外に理由が必要か?」


「ううん、それだけで充分かも。ただ、息辺さんにしては歯切れが悪いというか、曖昧な理由かなとは思う」


「まぁ、私は聖人じゃない。神様でも仏様でもお客様でもない。だからいつも他人を気にかけてやれるわけじゃない。だが、逆に言えば人間だからこそ、なんとなく気にかけてやりたくなる時だってあるんじゃないのか」


「あははっ、なるほどっ。息辺さんって本当に考え方が仙人みたいに達観してるね」


 その私の言葉に息辺さんは頬を膨らませながら声を尖らせる。


「失礼な、私は白い毛むくじゃらのジジイではないぞ」


「いやいや、考え方がって意味だよ」


「確かに俗世間にあまり興味がないという点では、仙人に通ずるものはあるがな」


「……私も世の中に嫌気が差してるから、似てる心境かも」


「嫌気が差している? どういうことだ?」


 私は少し迷ったけど、思い切って何もかも息辺さんに話すことにした。


 私の家庭の事情やそのことを知ったクラスメイトたちの反応について、それに対する私の心境など全てを包み隠さずに……。


 こうして全てを話し終えると、今まで黙って聞いていた息辺さんは遠慮会釈もなく吐き捨てるように呟く。


「――ふむ、実に下らん話だ。山手はバカか?」


「なっ!? ちょっとそれはヒドイ言い方なんじゃない?」


「バカでないなら愚か者だ」


「なによ、それっ!」


 私は頭から湯気を立て、彼女を強く睨み付けた。


 全てを打ち明けたのに、息辺さんに冷たくあしらわれたから。もちろん、同意や共感を求めたわけじゃないけど、少しは配慮した言い方をしてほしいと思ったから。


 ただ、彼女はそんな私に微塵も臆せず、いつものように淡々と話を続ける。


「消しゴムを拾ってくれた時にも私は言ったはずだ。お前はお前であって、それ以上でも以下でもない――と。山手は山手だ。山手の父親ではなく、山手安芸という人間だ。父親がどんな人間であれ、山手ではない」


「っ!?」


「もっと自分という人間に誇りを持て。山手自身に後ろめたいことがないなら、堂々としていて良いのだ。いわれのない他人の悪意など気にするな。自分で世界を狭くしてどうする?」


「……っ……」



 ホント……私はバカで愚か者だ……。



 私は何度この子に色々なことを気付かされるのだろう。彼女の言葉には納得しかしない。もちろん、全てを盲信しているわけじゃないけど、不思議とそこに力を感じて納得してしまう。勇気も希望も湧いてくる。



 それになんだろう、この気持ちは――。



 愛とか恋とかというわけじゃ決してないけど、彼女に依存してしまいそうになるような中毒性のある感情が湧いてくる。


 胸の奥がドキドキする。温かい。穏やかな想いが溢れる。


 やっぱり私たちの間には宿縁のようなものがある……のかな……。


「息辺さん、ありがと……。私、偏見に満ちた視線に晒され続けたせいか、無意識のうちに心がささくれてた。周りを遠ざけてた。中には息辺さんみたいに素直で純粋で、真っ直ぐに見てくれる人もいるはずなのにね。そのことに気付かせてもらったよ」


「山手の言葉で私も気付いたことがある。さっき山手に『なぜ話しかけてきたのか?』と訊かれ、私は『なんとなく』と答えただろう?」


「あ……うん……」


「それは私自身にもよく分からない感情に動かされたから、曖昧な表現になってしまったのだ。だが、その正体が掴めた気がする」


「そうなの? うん、ぜひとも教えてよ!」


 私は瞳を輝かせながら息辺さんを見つめ、言葉を待つ。


「山手の手の指にはささくれが出来ている。消しゴムを拾ってもらった時、それが見えた」


「えっ? あぁ、良く気付いたね。あんな一瞬だったのに。それが今回の話と何か関係があるの?」


「ささくれは痛い。その痛みはささくれになった者にしか分からん。一方、他人がささくれになったとしても自分は痛くない。ただ、どんな痛みなのかは想像できるから、寄り添ってやることは出来る」


「ん、そうかもね……」


「そしてささくれになったことがない者は、それが痛みのあることだとは知らんのだ。だからその者がささくれになっている者に対して無関心でも仕方がない。違うか?」


「っ!?」


 ……確かにそうだ。その状態に痛みがあることを知らなければ、心配や気遣いをしなかったとしてもおかしいことじゃない。ちょっとした違和感を覚えることがあったとしても。


 犬や猫などの甘噛みだって似たようなものだ。強く噛んだら痛いということを成長する過程で学ぶからこそ、いずれ絶妙な力加減を理解する。


「私はよく他人から『変わり者』とか『頭がおかしい』などと言われる。それについて疎外感を覚えてきた。だが、今の話の境地に至って以来、どうとも思わなくなった。彼らがそういう反応を示すのは仕方のないことなのだから」


「…………」


「かつて私が抱いていた感情と似た雰囲気をさっきの山手から感じた。孤独というか寂しさというか……。そこに私のが反応したんだろうな。『なんとなく』の正体はおそらくそれだと思う」


 その言葉に触れた瞬間、私は胸の奥に痛みを感じた。そしてその理由は息辺さんにあるのだと本能的に確信する。彼女が私のに反応したのと同じように……。


 おそらくこれは息辺さんの心にある傷を察したからだと思う。


 眉ひとつ動かさず淡々と喋っているけど、彼女は自分の心を守るためにそうせざるを得ない状態になってしまっているに違いない。


「ただ、ハッキリ言っておくぞ。今の山手ならまだみんなの輪の中に戻れる。入れる。諦めるな。もちろん、自分を偽ってでも周りに近寄れと言っているわけではない。自分自身でいて、壁を作るなということだ。きっと理解者はいる」


「理解者はいる……か……。うん、そうかもね」


「っ? なぜ私の顔を見る?」


 息辺さんはキョトンとしながら首を傾げた。本当に何も分かっていないみたい。


 時に鋭いように見えて、時にどうしようもないくらいに鈍感。その激しいギャップが可笑しくて、私は思わず吹き出してしまう。


「ホント、息辺さんって天然だよねっ♪」


「……っ……意味が分からん」


 息辺さんはつむじを曲げ、明確に不満を露わにした。


 唇を尖らせ、外方を向いてしまう仕草がなんだか幼い子どものようで可愛らしい。そこに母性本能をくすぐられるというか……。


 本当に興味の尽きない子だと思う。


「あははははっ! そっか、それなら意味が分かるまで、ずっと息辺さんの傍にいようかなっ! もちろん、四六時中って意味じゃないよ?」


「まったく、何の話だ? ……まぁ、山手の表情がスッキリして、雰囲気も丸くなったような感じがするから良しとするか。じゃ、言いたいことは言ったから私は帰るぞ」


 息辺さんはカバンを持ち、背を向けてこの場から立ち去ろうとする。


 それを見た私は慌てて声を上げ、彼女を制止させる。


「あっ、待って! 息辺さん――ううん、の連絡先を教えてよ。私も教えるから。私たちは友達なんだからいいじゃん?」


「……馴れ馴れしいヤツだ。メンドいからいつも反応をするとは限らんぞ。電話に出なかったり、頻繁に既読無視をしたりしても良いというなら構わんが」


「うんうんっ! それでいいよっ!」


「それと私だけ名前で呼ばれるというのは不公平だ。今後は私も山手のことを安芸と呼ぶことにする」


「喜んでっ!」


「その返事、どこかの居酒屋か? 何歳なんだ、安芸は? まさか未来から魂だけがタイムリープしてきたわけではなかろうな?」


「あっはははははっ! どうだろうねっ?」


「……まぁ、そんなことはどうでもいいか。安芸が随分と良い表情をするようになっただけで御の字だ。やはり安芸は明朗快活で、笑顔でいる方がよく似合っていると思うぞ」


 相変わらず淡々と語る端里。興味のないことには、基本的にあまり意識を向けない性格なのかもしれない。



 ……良い表情……か。



 私にそれを取り戻させてくれたのはあなただよ、端里。本人は全く気付いていないみたいだけど。


 そして端里が私の理解者でいるように、私も端里の理解者でいる。


 いつか必ず端里も満面の笑みを浮かべられるように、ずっと一緒にいるから!



〈了〉

 

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