9.国王様

 日の曜日。毎週日の曜日は教会、マーベル教のミサがある。ミサは朝からお昼前ぐらいまでだ。

 私たちがいる孤児院は王家縁のモールンサーチ教会付属だった。


 そして今日は月に一度の国王も参加するミサの日だった。


 私たち孤児は朝ご飯を食べて、そして教会に行った。

 教会の聖堂は中央に通路があって、左右に長椅子が並んでいる。

 その一番後ろに孤児たちは並ぶのが決まりだった。


 一番後ろ側から前のほうを見る。

 次々と、後ろのドアから人が入って来て、前の席を埋めていく。

 そして開始時間になる午前九時前、国王様が主要な大臣などを連れて入ってきた。

 恰幅のいい、おじさん。顔は優しそうだけど、ひげが生えていて、どこか威厳を感じる。

 そんな国王がドアをくぐってきた。

 そして右後ろの私たちの席を見て、私と一瞬目が合った。

 おじさんなのにウィンクしてくる。


 別にこれといって親しいわけでもないのに、なんだろう。


「国王様、私のほうを見て、ウィンクしてきた」


 他の孤児がよろこんでいた。

 いやいや、それは私のほうだよきっと、と思いつつ、違うかもしれない。


 とにかく、ミサは始まった。

 教会長の挨拶から始まり、お祈り、説教、お歌、と進行していって、なんとか終わった。


 私たちは来てくれた人たちを後ろの席から感謝して見送る。

 ついでに募金箱を持って、教会と孤児院の寄付をいただくのが習慣で、ここでの仕事だった。


 いつもなら一番に国王様たちは出ていくが、今回は違った。

 なにやら前のほうで孤児院長と話しこんでいるようだった。


 そしてほぼ人がいなくなってから、真ん中の通路を通って退出していく。


 しかし募金箱を持った私たちのところまでくると、国王様が止まった。


「見ればわかるけれども、きみがアルルちゃんだね」


「ひゃっ、ひゃいっ!!」


 さすがに国王様ともなれば緊張して、変な声が出てしまった。恥ずかしい。


「ははは、そんなに緊張しなくても、怒ったりはしないよ」

「そ、そうですね」

「航空宅配便アルルテリアだったかな」

「そうですっ」

「いつも門との連絡をお願いしていると聞いているよ」

「く、光栄です」

「あの絵、知っているよね」


 国王様は、右横に掛かっている大きな絵のほうを見て、私に問う。


「はい。大天使アドリアーノ様です」

「そうだね。君によく似ていると思わないかい?」

「え、私がアドリアーノ様にですか?」

「そうだよ。純白の翼、黄金の髪、そして空色の瞳だ」

「そんな、恐れ多いです」

「謙遜することはない。性別こそ違うが、君は天使の現身うつしみのようだ」

「いえ、あの」

「きっと素敵な女性になるだろう。多くの平民は、獣憑きだ、というかもしれないが、信仰心の厚い人々は、しっかり知っている。それは、獣にあらず。天使である」

「は、はい……」

「まあ、別になにをどう、ということはない、これからも頑張ってほしい」

「はいっ」


 最後にはなんとか笑顔で、返事をする。

 王様はさっと手を出してきて、頭の上に乗せる。

 そして、さわさわっと頭を撫でてくる。くすぐったい。

 テリアになでなでされるのは大好きだけど、国王様にもされるとちょっと、恥ずかしいかも。


「いい子だ……」

「うぅ」

「よしよし」


 なでなでは、ちょっと思ったより長かった。


「おっと。では失礼する」

「はい。声をかけてくださり、ありがとうございました」

「なになに」


 王様は、ちょっとデレっとした顔をして、去っていった。

 何あの顔。

 まるで孫に褒められたおじいちゃんみたいな顔だった。


「ちょっとアルル、アルル」

「あ、テリア」

「アルルばっかりほめられて、よかったね」

「う、うん」


 最初はキリッっとした顔の王様も、最後はデレッとしていて、なんだかしまらない。うれしいのかよく分からない。




 あくる日。


 孤児院に騎士の人が訪ねてきた。馬車だ。


「アルル殿はいますかな」

「はいはい、私です」


 まあ名乗らなくても、背中の羽を見ればすぐに分かると思うけど。


「アルル殿、本日、今から、お時間大丈夫ですかな」

「はい、大丈夫です」

「それはよかった。では一緒に、王宮までお越しください」

「はいはい」


 王宮か。また門の警備のお仕事の話かな。

 とりあえず行ってみよう。


 ちょっと緊張して、言われた通りに馬車に一緒に乗り込んだ。

 王宮は教会区からすぐなので、別に馬車でなくてもいいと思うんだけど、どうやら正式な訪問のような場合には、礼儀として馬車での送り迎えが必要だという判断らしかった。


「アルル様のご到着」


 警備の仕事の話だと思って来てみたら、なにやら違うみたいで、大応接室に通された。

 そこで超美人のメイドさんに、お紅茶と砂糖が使われている甘いケーキをごちそうになった。

 すでにうれしい。

 しかし食べ終わって、はっと思い出す。何しに呼ばれたんだっけ。

 飴と鞭、この後に、無理難題とか押し付けられたらどうしよう。


 執事さんが入って来て、礼をするので、一緒に少し頭を下げる。


「国王様、ご入場」

「へっ」


 執事さんがいきなりそういうので、びっくりしてしまった。

 そうこうしているうちに、ドアが開き、あのひげ付きのおじさんが入ってきた。


「やあアルルちゃん。教会以来だね」


 教会で話したのも、つい先日だった。


「は、はい」


 なんだろうか。国王直々に、何を言われるのか。


「南隣の国、トロキーベンを知っているかね」

「はい。えっとオウストーンとは隣国なのに仲良しで、その、そんな感じの」

「そう、そんな感じの国だ」

「はい、そんな感じです」

「そのトロキーベン王都、トロスランまで行ってきてほしい。魚を持って」

「魚ですか?」

「そうだ、魚だ」


 地図によれば王都からトロキーベンまではそれほど遠くない。飛ばして半日ぐらいだろうか。

 魚と言われたので、ちょっとよく分からないけど。


「毎週ルベンリードまで行って、鮮魚を購入している話は聞いている」

「はい」

「ルベンリードまで行って魚を購入して、その足でトロスランまで行ってほしい。魚はお土産だ」

「あ、なるほど!」

「そう、そういうことだよ。トロキーベンには海がない。魚を食べさせてドヤ顔してやろうかと思ってな」

「ドヤ顔、ぷぷ、は、失礼しましたっ」

「いや。わしも最近、鮮魚の料理を食べて美味しいと思ってな。もちろんアルルちゃんが持ってきた魚を入手したのだ」

「それは、ありがとうございます」

「うむ」


 王様もお魚を食べてくれたらしい。


「どれ、また頭を撫でてやろう」

「あっはい」


 王様は手を出してきて、頭を撫でだす。

 まんべんなくいいこいいこして、頭をぐりぐりしてくる。

 まるでペットの犬になった気分がしてくる。


 王様はこういうの好きなのだろうか。なんだか顔がまた緩んでいる。


 こうして私はトロキーベン王国、王都トロスランへ、王様を訪問しに行くことになったのだけど……。


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