8.元翼人族

 週一回のお魚便のほかに、門の仕事、それからたまにある近隣の村とかへの配達依頼とかの仕事をちょくちょくこなしていた。

 そんなある日、孤児院を綺麗な金髪のお姉さんが訪れた。


「こんにちは、お嬢さんたち」

「こんにちは綺麗なお姉さん」


 ついつい綺麗なと言ってしまってから、ちょっと恥ずかしくて赤くなりそうだった。

 綺麗な金髪のお姉さん、同じ金髪としては自分の姉みたいにも感じる。


「まあ綺麗だなんて、うれしいね。あはは」

「はい。本当です。綺麗です」

「あなたの翼のほうが綺麗だよ」

「そうですか、うれしいです」


「実はね。ミールトルア村まで、手紙を運んでほしい」

「手紙ですか? 普通の手紙なら、普通の宅配便業者さんのほうがちょっと時間はかかりますけど、安いですよ? 特急便ですか?」

「いや、急いではいないんだ。でもあなたにお願いしたい」

「それはなんで……」


 お姉さんは、真剣な顔で見つめてくる。


「実はね、私、あの『元』翼人族なんだ」

「え? でも、元なんてありえるんですか? だって種族は種族ですよ?」

「でもほら、翼が、自由の翼がない翼人族なんて、もはや翼人族とはいえまい」

「そうかもしれません。でもどうして」

「自分で、医者に頼み込んで切ってもらったんだよ」

「そんな、そんなことってっ」


 さすがに言葉に詰まってしまう。


「私はこの国で、翼人族に対する弾圧に参ってしまってね。それで翼を捨てる選択をしてしまった。でも、今になってちょっと後悔しているわ」

「そんな」

「ミールトルア村には翼人族の妹がいると思うんだ。私たちは姉妹で翼人族だった。両親は普通に人間だったけど、その手の血だったんだろうね」

「はい」

「あなたに、わたしの代わりと言ってはなんだけど、妹の様子を見てきてほしい。他の人には頼めない。翼人族の仲間だと思って、頼みたいんだ」

「わかりました。お受けします」

「助かります」


 地図によればミールトルア村は往復しても私の翼であれば一日以内で帰ってこれる。

 海よりも近い。




 手紙、それから金貨を五枚。私の代金ではなくて妹への送金だ。

 私は銀貨を七枚代金としていただいた。


 お姉さんの名前は、ルーデリア。妹さんはエステーシアさん。

 お姉さんは背中を見せてくれた。


「正直、背中を見せるのは恥ずかしいのだけど、あなたには見てほしい。どんなにつらくても、こうはならないように。生き恥を晒すとはこういうことをいうんだ」

「生き恥だなんて、そんなことないですっ」

「そういってくれると、うれしいよ」


 お姉さんの綺麗な背中には二ヵ所、羽の付け根の痕がしっかりと残っていた。

 その傷跡が、翼人族であった、確たる証拠だった。


 ますます、自分の姉なのではないか、と錯覚するほどだった。


 お姉さんは美人で、おっぱいも大きくて、でもスタイルもよくて、いい匂いもして、とっても素敵だった。

 今はもう失われてしまったけど、その翼も美しかったのだろう。


「あなたの翼は美しい。そしてその翼で貢献している。今はそれを弾圧しようとする人もいない。アルルちゃんの功績だ。私も負けないで、翼人族として頑張っていればよかった。そうしたらアルルちゃんと一緒に空を飛べたのに……」

「はい。一緒に空、飛んでみたかったです。空の上ではいつも一人で寂しいから」

「では手紙とお金を頼んだよ。よろしく、アルルちゃん」

「はい、確かに。しっかり届けてきます」


 お姉さんとテリアと抱き合って、そうして見送られて孤児院から飛び立つ。


「いってきます」


 空では孤独だ。

 今日はカラスたちが集まってきた。周りを飛び回ってカアカアと鳴いておちょくってくる。

 ちょっとだけカラスたちがいて寂しさが紛らわせられた。


「カラスさんたち、ありがとう」

『カアカアカアッ』

「じゃあね、ばいばい」


 カラスに別れを告げて、高度を上げる。

 カラスはあまり高いところまで飛んでこないので、追いかけてきたりはしない。


 ミールトルア村は南西の方角、およそ半日の距離だ。




 森も川も、そして山も。全部無視して、直線的に進んでいく。

 馬車や徒歩で村へ行くには、間の山を迂回していかなければならないので、直線距離よりも馬車では時間が掛かる。

 私はそういうものを全部無視して、まっすぐ飛んで行く。


 大きな山の峰を超えた。視界が開ける。

 その先も森が多くて川があり平原があって、村や町が点在していた。


 どれがミールトルア村だろう。

 あらかじめ見ておいた、地図と頭の中で位置関係を照合する。


 右少し先のほうの小さな村、それがミールトルア村だ。

 ちょっとだけ向きを直して、そのまま進んでいく。




 ミールトルア村の中央広場に到着した。

 どこの村にも、露店市を開いたり祭りをしたりするための、中央広場があった。

 普段は人が少なく降りやすいので、私は中央広場をよく利用していた。


「あれエステじゃないじゃん。誰だい? 翼人族のお嬢さんは」


 ちょうど通りかかった村の青年に尋ねられた。


「私はアルル。エステーシアさんを訪ねにきました」

「そうかそうか。こっち、って言ってもわかんねえか、連れてってやるよ」

「ありがとう」


 青年は少し顔を赤くして、鼻の下を擦ってから、前を歩いていく。

 それを追いかけて、後ろを歩いた。


 村は小さいので、すぐに家に着いた。


「エステ、エステ、お客さんだよ」

「はーい」


 若い女の子の高い声が聞こえた。


「私はアルル。宅配便業者です。ルーデリアさんの依頼でエステーシアさんを訪ねにきました」

「あらそうなの。お姉ちゃん、元気にしてる? それで?」

「はい、手紙、それからお金です」

「あらあらあら。ありがとう」


 ふふっとエステーシアさんが笑う。笑うと姉に似て大変美人だった。

 エステーシアさんも金髪美女で、白い翼がある。

 まるでもしいたら、彼女も私のお姉ちゃんみたいだと思った。


「受け取りのサインをここへお願いします」

「はーい」


 さらさらっと書いてくれた。

 これで業務自体は終わりだけど、手紙を読んで返信をもらうというぐらいのサービスは基本だった。

 それに私は自分以外の初めての翼人族のお姉さんを見たのだ。

 大変興味がある。


 手紙を読み進めているエステーシアを眺めながら待つ。


「元気にはしているみたいだね。でも、翼が、そうなの……」


 翼を捨てたと書いてあったのだろう、ちょっと涙ぐんでいた。


「そっか、お姉ちゃんとはもう、一緒に空を飛べないんだね」

「はい、残念ですね」

「うん」


「はい。お手紙読みました。届けてくれてありがとう」

「いえいえ」


 エステーシアさんを見つめる。

 なんだろうと、エステーシアさんも見つめ返してくる。


「あのお願いが。ちょっとだけ、抱きしめていいですか?」

「うん、もちろん」


 ほがらかに笑ってエステーシアさんのほうから抱きしめてくれた。

 ルーデリアさんと同じいい匂いがした。


「お姉ちゃん……」

「うん?」

「あの、まるで私のお姉ちゃんみたいです。私孤児だから兄弟とか居なくて」

「そうなんだ。うん、私も妹ができたみたいだわ」


 しばらくエステーシアさんと抱き合った。

 とっても優しかった。


 返信の手紙を書いてもらって受け取った。


「アルルちゃんお待たせ。ちょっとお散歩しようか」

「お散歩ですか?」

「そそ。お散歩って言っても、空を。空を一緒に飛ぼ?」

「は、はいっ、あの、よろしくお願いします」

「はーい」


 こうして二人で空を飛んだ。

 一人ではない空の旅なんて、初めてだった。


 エステーシアさんの後ろについて飛びあがっていく。

 そしてしばらくしたら、エステーシアさんが下がってきて横に並んだ。


「こうして二人で飛ぶなんて、お姉ちゃん以外は初めてだなぁ」

「私は、こういうの。生まれて初めてです。すごくうれしいです」

「だよねえ」

「はいっ」


 大空を孤独ではなく、二人で飛んでいる。

 なんだかすごく楽しい。


「あそこがルビン湖」

「はい」

「あっちがベルン川」

「はい」

「で向こうの山が、サクロダイン山」

「なるほど」


 地名はさっぱり覚えられないけど、なるほど、お姉さんは色々な地名を覚えているんだな、ということは分かった。


「風が気持ちいいね」

「はい、とっても気持ちがいいです」

「なんだか、幸せだね」

「はい」

「お姉ちゃんとも、もう一回飛んでみたかったな」

「……はい」

「あ、でもでも、かわりにアルルちゃんがいるから、寂しくないね」

「はいっ」


 その後も、少し無言で一緒に飛んだ。


「じゃあそろそろ戻るね。では、ばいばい、また今度」

「はい、さようならです」


 私は向きを変え一路、北東に進路を取る。

 王都へ戻っていく。




 戻ってくる時間を見計らっていただろうルーデリアお姉さんたちが待っていた。


「アルルちゃんおかえり」

「ただいま、です」


「返事のお手紙、もらってきました」

「あら、ありがとう」


 返信を渡す。


「ありがとう。では、アルルちゃん、テリアちゃん、さようなら」

「はい。さようなら。ご利用ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 お姉さんは、笑顔で孤児院を去っていった。

 どんなお返事だったのかは、知らなかった。


 でも姉妹が幸せになれるのならいいな。

 私もそういう幸せのお手伝いができていれば、なおうれしいと思った。


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