指先のささくれの話ではなく、心のささくれの話だ

結 励琉

その日、母が作った夕食はいつもより味が薄い気がした

 指先のささくれってやっかいだよね。しっかり保湿してもなかなか治らないし。


 うっかり皮を剥いて指先が血だらけになったりして。


 でも、今日は指先のささくれの話ではなく、心のささくれの話だ。


 その日、母が作った夕食はいつもより味が薄い気がした。


「そう? 普通だと思うけど」


 意外そうに母は答えた。


 俺が大学生の頃の話だ。


 サークルやバイトでいつも帰りが遅いので、ひとりで夕食を食べる時が多かった。


 なので、ほかの家族がどう感じたかはわからない。


「もうちょっと味濃くしてよ」


 いままで母の料理の味がおかしなことはなかった。なので、こんな文句を言うのも初めてだった。


「十分に濃いはずなんだけど」


「いや、薄いって。ちゃんと味付けしてよ」


 間違いなく味付けが薄かったので、俺はそう言った。


 次の日も、味の薄さは変わらなかった。いや、もっと薄かった。


「昨日よりもっと味薄いんだけど、ちゃんと味見した?」


 昨日もっと味を濃くしてと言ったのに。


「ちゃんとしたわよ。味が薄いなんて言うのあんただけよ」


 不満気に母は言った。


「明日こそ気を付けてよ」


 俺の心は少々ささくれ立った。


 次の日の夕食はカレーライスだった。なのに、全然味がしなかった。


「こんな味のしないカレーをどうして」

 

 昨日も、おとといも言ったのに。


「なんで味見しないのさ」


 俺の心は完全にささくれ立った。


「そんなはずないんだけど」


 母は意外を通り越して、悲しそうな表情をした。


「いや、だって、現に」


 そう言いかけたが、母の表情を見たら、俺のささくれ立った心が一気に収まっていった。


 そういえば、昼の学食でのランチも、味がしていなかった。


 俺が何かおかしいのか?


 翌日、俺は近所の耳鼻咽喉科を受診した。


 いろいろ検査を受け、「味覚障害」という診断を受けた。


 しばらく亜鉛製剤を摂っていたら、味覚は正常に戻っていった。


 驚いたことに、味覚が戻ると同時に、いままで悩まされてきた指先のささくれも、きれいに治っていた。


 文句を言ったことを母に謝ったかは、よく覚えていない。



 ※指先のささくれも味覚障害も原因はいろいろあるので、適切な措置をしてください。

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