第11話 学級委員長決定戦二回戦(4)
006
「諸君、移動ご苦労様。早速ルール説明をしたいと思う。今日は『尻尾取り』だ」
尻尾取り、か。
前回の頭脳戦を鑑みれば随分幼稚な内容になったと思う。果たして『尻尾取り』によって学級委員長の器があるかどうかを見定めることは出来るのだろうか。
そんな疑問を代弁するかのように、贐翠雨が手を上げた。
「それはつまり『運動』ということでしょうけど、学級委員長に関係あることなんですか?」
「どういうことだ?」
軍人先生はとぼけているのか、質問の意味が真に理解できないのかよくわからない。おそらく先生からしたら『運動ができることは学級委員長になるために必須事項』という認識なのだろう。
そんな当たり前なことを聞かれたのであれば、僕もあんな顔をするだろう。
「そのままの意味です。運動は学級委員長になるための要素として不可欠なのですか?みんなを纏めるには、運動より大事なことがあると思いますが...」
「ああ、そういうことか...」
軍人先生は話し相手を『贐翠雨』から『贐翠雨たち』へと変えた。つまりクラス全体に話を始めたのだった。
話というよりは、説教らしいものだが。
「そうだな、君たちの認識を是正する必要があるのかもしれない。この学校に入れば将来が安泰ということは間違いがないが、そんな学校の学級委員長の座が勉学一つで測り切れるほどのものだと思うか?」
「いいえ...」
贐だけに言っているわけではないのだが、この会話を始めた人間として彼女は返事をした。
ずいぶん責任感のある人間だと思うが、まあそう言う人間がいて当然と言えば当然だ。世界は広い。
「この学校における学級委員長になるためには全てが一番でなくてはならないのだよ。他のクラスの二番手より劣っていたとしても、あるグループで一番だと言うことに意味があるんだ。クラスの代表とあろう人間に大きな欠陥があるようじゃ、納得する人間はいないだろうな」
「......理解しました。...ありがとうございます」
そういって贐は下を向いた。
なんだか軍人先生が泣かせたみたいな構図になっているけど、そんなことを言おうものなら『教育故の涙は必要だ』みたいな情熱的な絡み方をされると思ったので口には出さなかった。
「さて、ルール説明に戻るが、今回は『尻尾取り』だ」
「ねえ、先生。それってレクリエーションと何の違いがあるの?」
そんなヤジを飛ばしたのは、今月宵という男子生徒だった。
「尻尾取った数が一番多けりゃ勝ちみたいなルールだったらさ、やっぱり運動神経悪い奴が負けるに決まってんじゃん。それは運動神経以前にフェアじゃないと思うけど」
「確かにそうだな。やる前に勝ちが分からずとも負けることが確定してしまうのはルールとしては欠陥だ。だからこそ、それを平すためのルールにしてある。そんなにがっつくなよ」
「...そうだね」
今月は言った。
「尻尾取りと言っても、今日のルール上は尻尾を『とらせる』、つまりは『尻尾とらせ』と言った方が正確かもしれないな」
尻尾取りのルールは確か、誰よりも多くの尻尾を取った者が勝ちという者だった。それでは、今回の『尻尾取らせ』はどれだけ多くの人に尻尾を取らせたか、というものだろうか。
「ランダムで三名にのみ尻尾が配布されない。今回の枠は『それ』、終了時に尻尾を所有していない物が勝ちだ。相手に尻尾をとらせる方法は『自分の尻尾を相手に触れさせること』が挙げられるが、まあとにかく相手にとらせれば問題ない。制限時間は2時間だ。質問があるものはいるか?」
別段、僕は質問がなかったが、誰か挙手してる人はいないのかと気になったので周りを見渡して見た。
讒謗律は黙ってるし、今月も納得したらしい。前回の勝者である烏夜も甘昧も黙っている。そんなところに、一人...
「はい、先生。」
囃子蛇花札だった。
いったいどんなことを言うのだろう。こいつのやることは予想がつかない。注意していても予測がつかない、だからこその要注意人物。
「とらせるってのは本当になんでもいいの?」
「そうだな、法に触れないことなら良いぞ」
「そう。じゃあもう一つ」
と、ここで囃子蛇はまたもや予想外の、いや。これは予想ができたことかもしれない。
「そうなると人数が多いと有利だよね。この教室には『二人で一人』の人がいるって聞いたんだけど、それってフェアじゃないと思いますよ」
そうして囃子蛇は讒謗律では無く、なんと僕の方を指差した。
「彼、とか」
軍人先生はきょとんとしていた。しばらく考えた後、組んでいた腕を腰に当てて喋り出した。
「二人のうちどちらかが尻尾を持っていたらもう一方もアウトになる、と言うものでいいだろうか。これだと少し弱いか?」
囃子蛇はにっこりと笑った。まさか、まだルールを付け足すつもりだろうか。
「良いですか?あなたたちのことですからね、私が決めることじゃないです」
と、こちらを向いて言った。
何で讒謗律じゃなくて僕の方を向くんだ...。
「まぁ、みんながいいと言うなら——」
「ええ、構わないわ。それでも『ハンデ』が欲しいならそうするけど」
と、ここで讒謗律が囃子蛇を睨んだ。
「私はそれで良いですけど、みんなは...」
と囃子蛇は周りを見た。が、讒謗律が『ハンデ』と言ったことでプライドに傷がついたのだろう。これ以上のルールは誰も望んでいない、そんな顔をしていた。
「大丈夫らしいですね。お互い頑張りましょう」
そんなセリフを讒謗律は無視して軍人先生のところへ向かった。
「尻尾を」
と言った。試合に真摯に向き合っているように見えるが、どうも僕には震えを隠す虚勢のように見えてしまった。
先程囃子蛇と話した時と同じような感覚だ。
僕は、協力者として失格かもしれない...。
「もう始めましょう」
「そうだな、いつまでも話してても仕方ない。尻尾は向こうで個人的に配ろう」
と言って軍人先生が目をうつした先には、さながら無人島に漂着した人が最初に目のあたりにするジャングルの入口のごとき森林が広がっていた。
これだけ広いと、ほんの2時間程度じゃ自分のタスクを、僕らのタスクを終わらせることができるとは考えにくかった。
007
讒謗律が先に行ってしまったので、協力者としては考えられないかもしれないが、僕は当然のように彼女と別れている。
僕らに下されたハンデは簡単に言うなら『二人で一人』というものだ。コミュニケーションが取れないのであれば、それは致命的である。
運動をすると分かっているのにスマホをポケットに入れておくほど僕も暢気じゃないので、彼女と合流するまでのしばらくの間は一人でどうにかしなければならなかった。
尻尾を受け取った時に軍人先生がタイマーを持っていたが、あれはおそらくゲーム開始までの準備時間というものだろう。僕が見たときには残り時間は15分強だったはずだ。かなり奥のほうに来たので、移動に10分と考えると残りの時間は5分だけ。
この5分のうちに何をするというわけでもないが、なんだか人の気配がして落ち着かない。
つけられているのかいるのかと勘繰った僕の予想は外れていた。先ほどから感じていた人気の正体は今月宵だった。
「今月お前、僕のことを追いかけてきたのか?」
「追いかけるなんてそんなことしないよ。ただ後姿を見て『おや?』と思っただけ」
「結局追いかけてきたことにはかわらないじゃないか・・・」
「まあまあ、数少ない知り合いには仲良くしておこうぜ」
今月と僕は小学校が同じだった。
中学で別れてしまったが、小学校のときにある程度仲が良かったので塾で再開した時にはさすがの僕も驚いた。
今月は圧倒的に頭がよかった。僕の比じゃないくらいに。
だからこそ『頭のいい学校に行く』と言う噂を聞いた僕は、ここ以上の学校に行ったものだと思っていたが、蓋を開ければこの学校は尋常じゃないくらいに『頭がいい』らしかった。
「しかし意外だったよ。今月は前回の段階で決勝への切符は手にするものだとおもってた」
「前回って、リポグラムだろ?あんなの運ゲーじゃん。運も実力のとかいうけど、運と実力は別物だ」
そういわれると、僕たちの勝利も意外と運で勝っていたのかもしれない。讒謗律は頑なに否定していたけど、相手に懐古さんがいなかったとしたら?
僕らは今ほど余裕じゃなかったかもしれない。ハンデを負う余裕すらなく。
「それで、なんで今月はわざわざ僕のとこに来たわけ?姿が見えたからっていうのは、今回のゲームに関しては不用心だと思うけど」
「ああ、それとは逆だから安心して」
「逆?」
何に対しての逆だ?僕のところに来たということ、それか姿が見えたということ。もしくは――――
「不用心じゃない。前回の試合にたとえ運が関係していたって、負けは負けだ。言い訳する気もない。だから『不用心』の逆だ。勝てればいいとか、勝つだろうじゃなくて、勝ちにいっている」
その言葉で、というよりはその言葉によって理解した彼の思惑によって僕は戦慄した。
彼の言葉に関してひっかるのは『用心しているのに他人の近くにいること』である。あとどの程度で始まるかわからないのにも関わらず、今月は僕の目の前にいる。それは、仮に自分が尻尾を所持していない状態で始まった場合、僕に攻撃されるというリスクを抱えているのである。
では、何故彼が僕の前に悠然と構えていられるのか。それは絶対的に『自分が尻尾を持たないまま始まることはない』と確信しているからである。
「鷹山塚の言ってたこと、覚えてるよな。尻尾を持たずにスタートするのは三人だって」
三人。
何の三人?
当然、前回優勝者の三人である。
「ただし、讒謗律に関しては『一人』とは言えない。だから完全ランダムで枠が三つあくのかというルートも当然生まれた。ただ、囃子蛇は言った。『二人で一人のやつがいる』ってね。先生は何も言わなかったってことは、その解釈が正しいからだろうね」
「それを些事だと解釈していたからだとするなら・・・?」
この理論にたどり着いたのは今月だけじゃないはずだ。
つまり、それは。
「それはないよ」
「尻尾とりはレクリエーションだろ?楽しくないと意味がない」
今月がそういったのと同時にブザーが鳴り響いた。何のブザーなのかは言わずとも全員がわかっていた。
瞬間アナウンスが流れる。
「現在の未所持者は甘昧・烏夜・讒謗律の『三人』だ」
僕は尻尾を持っていない。今月の予想は、当然と言えば当然だが当たっている。
瞬間、僕は五人の人間に囲まれた。
クラスメイトでも友人でもない、今月含めた敵五人に。
戦争の令嬢 愛愁 @HiiragiMayoi
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