第10話 学級委員長決定戦二回戦(3)
005
囃子蛇花札が本当に協力者を欲しているかどうかと聞かれれば、答えはNOと言えるだろう。では、何故僕が勧誘されているのかと言えば、それは讒謗律が関係しているからだと言える。
囃子蛇花札は、僕の嘘を看破していて、その上で僕と讒謗律の仲を引き裂こうと考えているのだろう。
讒謗律は囃子蛇に対して私怨があると言っていたが、それは案外囃子蛇にとってもそうなのかもしれない。しかし、讒謗律家の破壊を完全とまでは言わずとも成功した囃子蛇花札にとって、讒謗律蒼薇を恨む理由などあるのだろうか。
「どうして?」
「どうしても何も、こういうのって協力者がいてくれた方が助かるじゃない。もしかして、裏切りでも勘繰ってる?」
「いや、そうじゃないけど...。今日は学級委員長選挙の予選だろ?君は知っているかどうか分からないけど、一応は僕だって選挙に立候補してるんだ。君に協力してしまったら、僕は予選を辞退することにならないかな?」
もちろん嘘だ。僕が選挙に立候補することはまずない。そんな高い意識を持っているわけがない。
しかし、ここは何としてでも囃子蛇と関係を持つことは避けたいのである。それはもちろん、讒謗律との板挟みになることを恐れてのことだ。
「でも、先生に聞いたところ、前回の決勝進出者は三人いたらしいじゃない。なら、私と君で二枠取ればいいんじゃないかな?あくまで君が私に献身的になれってわけじゃなくて相互で協力しようってことだから、君は遠慮なんてする必要ないんだよ」
「自分で言うと何だか嘘の様に聞こえるかもしれないけど、僕は優しいんだ。だから、一度協力した相手と戦うなんてことは出来ない。二人とも決勝に行ったなら、僕と君は戦うことになるだろ?そんな悲しいことになるのは嫌だよ」
「そうか、じゃあこうしよう。情報交換とか、そういう最低限のことでいいよ。協力するだけで雑談とか無し。そういう淡白な関係なら、君だって情は生まれないだろ?私はそういうドライなの嫌いだけどさ、そこら辺は譲歩するさ」
「いや、もう既に沢山話してるから、ある程度の情は生まれちゃったよ」
案外押しが強い。
恐らく僕の推測は的を得ているはずで、名目上は僕と協力すると言いつつ腹の内では讒謗律を孤立させたい気持ちがあるのだろう。僕と讒謗律の関係は口約束であっても口約束というわけではなく、ある程度の誓約を設けての関係である。無闇に切れるものではない。
これ以上囃子蛇と話しても、相手は諦める気などは無さそうなので話を切り上げようと思った。
「まあ、そういうことだ。お互い頑張ろう。悪いとは思ってるけど、でも仕方ないよ」
「んじゃあ、私がどれだけ役に立つか分かってもらえたら協力してもらえるかな?」
「いや、そういう話じゃないんだが...」
押しが強い、本当に。
ここで僕が強気に言ってやり、黙って歩いて仕舞えばよかったのだろうが、僕はあまり人を無視することを良しとしていない人間なのである。
「何を証明すれば良いかな?分かりやすいのだと、計算スピードとか?それとも、追いかけっこをするんだから足の速さとかかなぁ。推理とかも出来たりするよ?」
「だから、僕は協力者なんていらないよ。囃子蛇さんにどれだけの技量があったとしても、僕は協力しない。協力されない」
「ふ〜ん。それじゃあ、私のアドバイスは聞かなくても良いの?」
そうだった。忘れていた。
協力者になると言うことを拒否するあまり、元々の目的であるアドバイスの内容を聞き出すということをすっかり忘れていた。
だがしかし、アドバイスの内容を聞く代わりに囃子蛇の協力者になると言うことはリスクが大きすぎる気がする。讒謗律のことを捨てると言う選択をするにもリスクが大きいし、何より讒謗律と距離ができることになるのであれば、正直アドバイスなど聞いても意味がないのだ。
聞いたところで無意味ではあるが、しかし今現在、僕と讒謗律に関係がある上ではそのアドバイスが無効ということはないだろう。
何とか、協力関係を結ぶことなくアドバイスの内容を聞き出せないだろうか。
「協力関係以外なら何だってする」
ここで『何でも』というのにはリスクがありすぎるが、それでも協力関係だけは避けなければならない。
無理難題が来たら、口手八丁言い訳しよう。
「ああそう。じゃあ、讒謗律さんとの協力関係を解除して」
「...!」
言っていることに驚いたのは勿論、それはインパクトのある無理難題だったからではない。いや、それもあるのだろうが、先ほど否定したはずの『讒謗律との関係性』があたかも存在するかのように彼女は話をした。
実際存在するが、彼女が知る由はないはずである。
「...いや、さっきも言ったと思うけど、僕と讒謗律さんは何の関係性もないよ。無い物は解除も解消もできやしない」
「隠さなくたって良いって。知らないふりしてたのは謝るけどさ、私もさっき言ったでしょ。『先生に聞いた』って」
はっとした。
確かに、先生は隠す道理など存在しない。
先生は僕の協力者じゃない。
「そ、先生が教えてくれたの。教えてくれたというか、私が聞いただけというか」
考えてみればそうだ。
前回、僕が参加していないということを彼女は知っていた。それは名簿を見ればきっと分かることで、勿論先生に聞いてもわかることだったのだろう。クラスの殆どが学級委員長の座を狙っている中に一人だけそうじゃない人間がいたら気になるのは当然であり、その浮いた一人が何をしていたのか気になるはずだ。
「君のアドバイスに、讒謗律さんとの関係を切るほどの価値があるとは思えないな。それに、そんなことをしたら元の木阿弥、聴く意味すら必要なくなる」
素直になった僕に対して囃子蛇は微笑んだ。
ニヤついたというべきだろうか。
「そうだね。協力者っていうなら彼女の力量くらいは理解してるだろうし、私からアドバイスをもらわなくたって彼女が敵になったなら注意するだろうからね」
これが勝負だったなら、僕はあっけなく彼女に足元を掬われていたのだろうか。
彼女がどんな目的で僕に話しかけてきたのかは分からないが、嘘が暴かれてしまったと言う事実ができてしまった以上は、彼女に対して警戒しなければならない。
生殺しである。
「悪いことはしてないけど悪かったと思ってるよ。からかっちゃって、ごめんね?」
そんなことを言って戯ける彼女に対して警戒心を顕著に出すと言うことはベストな選択と言えなかったが、警戒心を持つなと言うのは無理な話だった。
「気にしないで良いよ。君の言う通り、囃子蛇さんは何も悪いことをしちゃいないんだから」
勝負する前に勝負に負けたような感じだ。
そこまで大したことない勝負ではあったし、そもそも囃子蛇がここまでのやりとりを勝負として認識しているか定かではない。ただ、僕にとっては立派な敗北だった。
警戒心は表に出さなかったが、どうやらこの落ち込み具合は隠せていなかったらしい。
「随分落ち込んでるね。そうだ、お詫びとして『アドバイス』をしてあげるよ」
「アドバイス...?」
ここで言う『アドバイス』とは、まさしく僕と協力関係を結んでいる讒謗律に関してのアドバイスだろう。
聞けるものなら聞いておきたい。囃子蛇にとって、讒謗律とは一体何者なのかを——
「また悪巧みかしら」
僕の後方——校舎の方から声がした。
随分聞き覚えのある声だった。この状況では、安心感すら覚える声である。
「お久しぶり、蒼薇ちゃん。何年振りかな?」
紛れもなく、そこには讒謗律が立っていた。
いつにもまして、攻撃的で威嚇的だった。
「貴女と雑談する気はないわ。あらぬことを吹聴しようとしてたように見えたから止めに来たのよ」
「ああそうだったの?てっきり自分の男を取られたから妬いてんのかと思ったよ」
煽るように振る舞う囃子蛇に対して、讒謗律はいつも通りの冷静さを持っていた。冷静に怒っているように見える。
讒謗律は囃子蛇に言い返すことはなく、僕の方へと歩いてきた。
「何か言われた?」
「いや、何も...」
「そう。ちゃんとしなさい」
随分簡単な会話だった。何の変哲もない会話ではあるが、讒謗律は僕の心持ちを慮ってくれたようである。いつまでもナーバスな気持ちでいるわけにはいかないようだ。
「囃子蛇。貴女は何も変わってないわね」
「そりゃどうも。そういう蒼薇ちゃんは何か変わったかな?」
「それを知らせてやるための学級委員長決定戦よ。清算はしてもらうわ」
そう言って讒謗律はグラウンドへと向かった。
その背中は実に優雅で勇敢だったが、今にも切れてしまいそうなくらいか細いようにも感じた。
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