第9話 学級委員長決定戦二回戦(2)
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圧倒的に合理性を求める讒謗律が、ほんの注意するために十分以上の時間を費やしたことには意味がある。それほどの危険性があると言うことは僕でもわかるし、いや、この学校内においては僕だからわかることである。
『囃子蛇花札に注意しろ』というワードこそ言われていないが、そのワードは脳みそに刻み込まれている。
だからと言って、僕は油断しているわけではない。特に警戒しているというのは否定できないが、この学校内において僕が油断して接することのできる人間などはいないと言えるだろう。前回の試合の難易度はある程度高かったし、あれは正直『運』だ。僕の実力ではないし、実力で勝ったと言ってもあれは讒謗律の実力だ。僕は一切、油断を許されていないのである。
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「諸君。本日は予選の第二回目だ!前回勝ちを掴み取れなかった26名は張り切ってくれ!前回勝った三名も張り切ってくれ!そして、前回いなかった1名も気張ってくれたまえ!ということで、新メンバーの紹介だ」
気のせいかもしれないが、やはり金曜日は空気がピリついているように感じる。別に金曜以外の平日がピリついていないというわけではない——というのも、この学校ではどうやら、友達を作る文化がないらしい。この学校に入って二週間程度が経過するが、未だに讒謗律以外の人間とは話したことがない。天才ゆえにコミュニケーション能力が低いとかじゃあなくて、みんな『一人が好き』みたいなスタンスなのだろう。結局は天才ゆえに、なのだが。
そして、それとは別に僕と讒謗律は気を張っている。それもそのはず、噂の転校生の存在を知っている上に、その転校生の危険性も理解しているからだ。
讒謗律家の情報網でなくとも、囃子蛇の名前は知れているのだろうか。それも聞いておくべきだった。
椅子を引く音がした。
それは讒謗律の後ろの席からであり、窓側の最後の席だった。そういえば、あの席は入学初期から空いていた気がする。だとしたら、囃子蛇は転校してきたというよりは元々いたみたいだが...。
「囃子蛇花札です。よろしくお願いします」
と言った女生徒は、パンク系。所謂地雷系(?)みたいな格好をしていた。そこらへんの明確な違いはファッションに疎い僕には分からないが、雰囲気としては正に『そこらへん』である。
見た目の割には随分丁寧な口調だし、はっきり言ってこの子が讒謗律家に攻撃をしたとは考えにくい。
「随分淡白な自己紹介だな。もういいのか?」
と、ここで軍人先生が声をかけた。
囃子蛇は既に座っていたようで、わざわざ再び立ってから、
「今日はみなさん、私の自己紹介を聞きに来たわけではないんじゃ?」
と言った。
丁寧な口調の割には、言葉が軽いようで、つまりは慇懃無礼な奴だというのが僕の印象だった。危険人物というよりはうつけもののようだ。
「確かにそうだな」
と、軍人先生は気にしてないようだ。
「早速今日のルールを説明しようじゃないか。ま、簡単に言えば『おにごっこ』だな」
まさか高校生になってまで鬼ごっこをするなどとは想像もしなかった。最後にしたのは、多分小学生の時だと思う。
それに、学級委員長の素質のうちに『おにごっこが強い』——『足が速い』というのは必要なことなのだろうか。果たして、その素質は必要なのだろうか?
「簡単に言えば『おにごっこ』さ。もう少し正確にいうなら『尻尾取り』とでも言うべきかもしれんな。君たちには今からジャージに着替えて、第三グラウンドに移動してもらう。詳しいルール説明はそこからだ」
しかして僕らはそれぞれの更衣室へと移動し、予め更衣室内に配給されていたジャージを着用した。サイズは全部で五つあったので、それで困ることはなかった。
同時に運動靴も配布されたので、例えばローファーや革靴など運動に向いていない靴で登校した人でも、なんのディスアドバンテージも無く試験には参加できるらしかった。
着替え終わった者から順次、グラウンドへと移動するのだが、問題はその移動最中に起こった。問題と言っていいのか分からないが、僕にとっては少々予想外の出来事ではあった。
一年校舎から第三グラウンドまでの道程は大体五百メートルくらいだろうか、歩いて少しかかるくらいだ。そんな道程を歩き始めようとした時だった。
それは移動中というよりは移動開始の瞬間という方があってるかもしれない。
「ねえ」
と、突然後ろから声をかけられた。聞き慣れない声だったのは当然であり、何故なら僕はこのクラスの人とは讒謗律以外と話したことがないからだ。
しかし、振り返ってみたところ見慣れない顔というわけではなかった。いや、見慣れてない顔ではあるが意識して見ていた顔なので見覚えのある顔だった。
そこには囃子蛇花札がいた。
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ここでどのように振る舞うべきか迷った。というのも、僕は少なからずこの『囃子蛇花札』という個人に対しては人一倍警戒心を持っている。
あたかも『ただの転校生』と話すように接するべきなのか、それとも警戒心を出した方がいいのか迷ったが、間違いなくベストと言えないのは後者である。明白だった。
「君は確か、転校生の囃子蛇さんだっけ...?一体僕に何の用だい?」
随分らしくない、しかめつらしくなってしまった。別に普段は砕けていると言うわけではないが、それにしても随分堅苦しくなってしまったような気がする。
「貴方、讒謗律さんのお友達だよね?」
なぜだろう、と言うのが感想だった。
どうして今日からクラスに参加してきた囃子蛇花札は、僕の、というか讒謗律の人間関係を把握しているのだろうか。それこそが讒謗律の言っていた恐ろしさなのだろうか。
いやまて、鎌をかけられている可能性だって捨てきれない。ここはやんわり話を逸らした方がいいのだろう。
答えないのが得策だ。
「今日からクラスに参入してきた囃子蛇さんは、どうしてそう思うのかな?」
と、また変に固くなった。
「さっき、一緒に教室に戻ってきたでしょ?このクラスって体感殺伐としてるから、二人でいる人たちがいるのが珍しくってさ」
軍人先生と話している時とは全く違う話し方だった。この口調から、特に異質なものは感じ取れない。
それはぼくが鈍感だからなのか、囃子蛇がそういうオーラ的な何かを隠しているのか、どちらか言われればどちらもであるのだろう。
「たまたま廊下であっただけだよ。入室のタイミングが同時だっただけさ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「ああそうさ。君が勘違いしてしまうのも仕方ないよ、転校生だもんね」
こんなことを言った矢先、囃子蛇の前でどのように讒謗律と接しようか悩んでいた。咄嗟に出た嘘ではあるが(ここでは正直に答えない方がいいと思ったのだ)、嘘をつくと嘘を重ねる必要があるなどということは経験してこなかったわけでもあるまい。
まあ、吐いた唾は飲めないし、ここは一つ、讒謗律に合わせてもらうしかないな。
いやしかし、僕らは互いに協力者というのだから、別に嘘はついていないかもしれない。
囃子蛇は、話を聞くために止まった僕をゆっくり追い抜かした。彼女のはねた襟足が見える。
「失敬失敬、いらない時間を使わせちゃったね。アドバイスなんていらなかったわけだ」
失敬という言葉を二回使うフレンドリーさというか何というかは気になったが、それよりも『アドバイス』という言葉のが気になった。
囃子蛇花札という転校生が、僕に対して何のアドバイスをするつもりなのだろうか。『次の種目は一人の方が有利だよ』とか、そういうものなのか?
「アドバイス?一体どういうことだい?」
「文字通りだよ。アドバイスはアドバイスで、助言は助言。でもまあ、讒謗律さんと仲良くないなら大丈夫だよ」
「なんだよそれ、気になるじゃないか。僕と讒謗律さんが”仮に”仲が良かったとして、それで僕らにアドバイスをする必要ってのは何だい?」
「『君らに』じゃないよ。『君に』アドバイスをするんだ。しかしまあ、随分がっつくもんなんだね君は。まるで”本当に仲が良いみたい”じゃないか」
まずい。完全に疑われている。
僕程度の話術で誤魔化せるかどうかは別として、取り敢えず否定するだけしておこう。ここで変に食いつかれたら困る。
僕は嘘を見抜かれるため会話をしてるんじゃなくて、アドバイスがなんなのかを知るために会話しているのだ。
「そういうわけじゃないよ。ただ、アドバイスなんて聞いて損するもんじゃないだろ?」
「言って得するわけでもないよ。君がもし讒謗律さんと仲良いなら善意で言おうと思ってたけど、今は気が変わっちゃったからね」
「じゃあ、どうしたら囃子蛇さんは教えてくれるんだい?」
「そうだね」
囃子蛇花札が、一体どこまで僕の、僕らの、このクラスの情報を把握しているかは知らない。しかし、今明らかに分かっていることは囃子蛇は僕を疑っているということだ。正確には『僕と讒謗律が無関係である』という主張に疑問を抱いているわけだ。
それを考慮しておくべきだった。少し安直だったと反省する。
それは確かに、僕と讒謗律が無関係でなければ成り立たない囃子蛇にとっての『得』だった。尤も、常人ではないと聞いている囃子蛇にとってその常識は通用するかは知らないが。
「私の協力者になってよ」
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