業界(トコロ)変われば品詞(シナ)変わる?

古博かん

バリバリにバリってるバリ

 バリ——それは工業用語で、材木や金属、プラスチック加工を施す際に、切り出し面がささくれて荒れている状態を指す、割と頻繁に用いられる業界用語の一つだ。


「あれ、先日届いた古材カウンターどうしたんスか?」


「開梱したけど表面のささくれバリがヤバい。バリ取りせんと納品できん」


「マジすか、引き出しの中板はどうッスか」


「開け閉めするたびに木屑でバリっとる」


「マジすかぁー。納期いけます?」


 バリの処理を怠ること、それは職人の職人たる職人魂に反する行為であり、如何にバリを美しく綺麗に取り除くかで、その後生み出される製品の品質は大きく左右される。

 大抵の心ある職人はバリに非常に厳しい。

 しかし、デザイン重視の比較的安価な輸入家具には、割とこういったバリ処理のばり甘い状態が完成品としてバリバリにデカいツラをして届くことも、ままあることだ。

 こんな時、他者の作ったものを急遽バリ取りしなければならない現場の職人は、ばり萎える。


 ちなみに、形容詞や動詞に接続する「ばり」は、副詞として機能する「とても」「すごく」に相当する一種のスラングとして、一部地域界隈に定着している。


 その由来は、九州地方の方言発とする説もあれば、関西圏の若者ことば発とする説などもあり、出所がふわっとして定まらないため、深く追求すると、心がばりささくれるので、ふわっと認識しておくに限る。


 余談だが、筆者の周囲では、「ばり」を副詞として日常的に使用するのは、主に二〇〇〇年以降のZ世代あたりから目立つ印象だ。

 ジェネレーションギャップをひしひしと感じて心にバリが立つため、あまり深く考えないようにしている。


「うわぁー、出荷の段階でやっちゃったとかいうレベルじゃないっスね、コレ」


 日本でも「カフェ風」やら「男前インテリア」などの呼称で流行した古材風味のインダストリアル系家具。

 そのブームは、平成前期(九〇年代)と後期(二〇〇〇年以降)で大きく潮目が変わるのだが、後期流行を牽引したゴリゴリのブラックアイアンと古材を組み合わせたインテリアは、だいたい二〇一〇年台あたりから活発に一般雑誌の誌面を賑わせ、日本では「アメリカンカフェ風」「ブルックリンスタイル」などと銘打って、散々もてはやされてきた。


 余談を挟むと、前期カフェ風ブームは、いわゆる「フレンチスタイル」に代表される、女性ウケの良いヨーロピアンテイストとファブリックの取り合わせが人気を博した。


 人気となれば供給量が増え、供給量が増えると相対的に「古材」を逃げ口上に粗雑な仕上がりの家具に当たる確率も増える。

 問題は、取引先の希望で仕入れた品が一定の品質を担保していなかった、今回のようなケースである。


「あー。これ、色入れてるんじゃなくて古材の掃除がテキトーだったパターンすかね。サンダーで軽くいっときますか」


 仕上げが悪くて表面を削った結果、一から塗装を直すようなことになった日には、確実に納期に間に合わない。

 古材そのものは、ちゃんと古材らしい古材(?)を使用してあるため、ひとまず経年の風合いを損なわない程度に、目の細かいサンドペーパーをセットしてバリを取っていく。


 触らずに置いておくだけのオブジェならまだしも、カウンター家具なのだから、最低限仕上げは滑らかでないと困る——というこだわり具合は、ところ(国)が変われば許容できる範囲も異なるものなのかもしれないが。


 電気サンダーである程度ならしたあとは、最終兵器手作業である。

 どれだけ機械が便利になろうと、仕上げの要は実際の手のひらの感覚に頼ることになる。


「ガワは、ばり良い感じっす。あとは、引き出しッスねー」


 手をかけてもレスポンスの悪い引き出しを半ば強引に引き抜くと、パラパラと落ちてくる木屑。そして、ひと撫でで分かる、ざらざらとささくれまくった角。

 切り出してそのまま箱組んだのかと思いたくなる見えない部分の粗い仕事。こりゃ、いかん。


「ばりささくれバリまくってるッスねー」

「おい、さっきからバリバリ、バリバリうるせーぞ」


 さっさと手を動かせと先輩に怒られつつ、誰かの後始末をこうしてせっせとこなすのも、こういった場合の大事な仕事の一つだったりするものだ。

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