終章
終章
――アリス様!
わたくしの怒鳴り声が今日も城内に響き渡ります。
「アリス様! いい加減起きてくださいっ」
彼女の寝室へ向かう最中もけたたましくモーニングコールを発するもこの程度でお目覚めになる訳がありません。
「アリス様っ。いつになったら自分で起きて頂けるのですか!」
城の2階にある女王陛下の御寝所は南に面し日当たりのよく、カーテンを開けると眩しいくらいの陽が差し込んでいます。常人ならばそれだけで目が覚めるはずですがそれが通用しないのわが主君。今朝もまだベッドの上で猫のように丸くなっておられます。
(……まったく、一国の王としての自覚はないのでしょうか)
わたくしはつい溜息を漏らしてしまいますが自ら選んでアリス様に仕えている以上、もはやこれは朝のルーティーンなのです。いまさらなにを言っても無駄なのです。
アルフォンヌ伯爵を討ち、国を王家の手に取り戻して数カ月。事後処理に目途が付き始め、ようやくアリス様の戴冠式の日取りが決まったのが年の瀬のこと。すぐに準備が始まり、どうにか今日を迎えることが出来ました。つまり今日が戴冠式当日なのです。
「アリス様! 本当に起きてくださいっ。今日は戴冠式なのですよ!」
「うぅ~ん。あと……」
「いいから早く起きてください」
「……あと半日」
「…………」
この方には女王としての威厳は無いのですか。毎朝のルーティーンといえ、いまさながらこの方に命を捧げると誓った自分が馬鹿らしく思ってしまいます。これではクーゼウィンにいた頃となんら変わりないじゃないですか。
(本当に。外の景色以外、なにも変わりませんね)
なにげなく見る窓の外に見えるのは焼け落ちた旧フェリルゼトーヌ城。わたくしたちがいるのはその北側にある離宮を改修し、女王陛下の居城として生まれ変わった現フェリルゼトーヌ城です。
(合理的ではありますが離宮を居城とするとはアリス様らしいですね)
国の歴史を後世に伝える手段として旧城は取り壊さずに保存し、新たな城は作らず離宮を使うと決まったのは伯爵を討った数日後です。アリス様が城を再建は民の負担になるのではと危惧され、検討の末に離宮の活用が決まりました。
「これもアリス様が目指す王の在り方なのかもしれませんね」
民を想い、民の為に尽くす。それがアリス様の理想とする王の姿であり、アリス様が目指す国の形です。それにしても戴冠式がこの日になるとは。
「――もう一年が経とうとしているのですね」
2月24日――奇しくも今日は雪の政変からちょうど1年にあたります。
あの日のフェリルゼトーヌは雪模様だったそうですが今日は雲一つない快晴。冬の澄んだ空気に満ちた空は青く澄み渡っています。
(なんの因果で同じ日なってしまったのでしょうね)
政変からわずか1年。短期間で2度の政変を経験したにも関わらずフェリルゼトーヌの内政は安定しています。
城に仕える者たちの間で伯爵が過度な悪政を敷かなかったことが幸いしたとか、安否が不明だったアリス様の御無事が分かったことで民の心情が安定したなどと囁かれているそうです。いずれにせよ、即位したばかりのアリス様にとっては良い話です。
(華やかな船出とはいきませんが、アリス様が目指す国造りは案外早く達成出来るかもしれませんね)
戴冠式にはサミル様も御出席されると聞いています。当然と言えばそれまでなのですが、いったいどんな顔をしてお会いすれば良いのでしょうか。
女王陛下の近衛騎士として、わたくしは戴冠式の最中もアリス様を一番近い場所で御守りする手筈になっています。ですので必然とサミル様の目にも入ることでしょう。
(わたくしは陛下を御守りする騎士です。如何なる場合も己の役目を果たすだけです)
自分にそう言い聞かせるわたくしは普段と違い、礼装用のドレスの上に丈の短いケープを羽織っています。ケープには金糸で刺繍が施され、この刺繍がアリス様を御守りする騎士の証だそうです。
(と言ってもアリス様の思い付きに等しいのですけどね)
特注のケープは甲冑にサーコートと言う騎士の正装に反対したのはアリス様の発案です。わたくしにはドレスの方が似合うと言って譲らなかったアリス様のお気遣いなのですが、なんだか特別扱いを受けているようで申し訳ない思いがあります。
「アリス様。本当にそろそろ起きてください」
「うぅ~」
「戴冠式はさすがに寝癖のまま出ることは出来ませんよ」
未だお目覚めにならないアリス様に優しく呼びかけ、身体を軽く揺すりますが反応はあっても起きる気配はありません。この様子だと昨夜はだいぶ夜更かしされたのですね。
「まったく。戴冠式の前くらい早く寝て下さればよいものを。仕方ありませんね」
従女にはもう少し寝かせるように伝え、わたくしは一度グラビス様のところへ参りましょう。アリス様のことですから多少寝坊しても10分あれば身支度くらい出来るでしょう。
「女王陛下が10分で身支度とは。他の者には知られてはならない秘密ですね」
幸せそうな寝顔を見せるアリス様に布団を掛け直すわたくしは部屋を後にします。
後の世に雪の政変と呼ばれるフェリルゼトーヌ王国で起きた変乱はわずか1年で幕を閉じました。王家唯一の生き残りであるアリス様は新たな王に即位され、これから自身が理想とする民の為の国造りに奔走されるのでしょう。
そしてわたくしも、そんな主君を生涯通して支えていくことになるのでしょう。
――これはフェリルゼトーヌ最後の王となった一人の少女と背反騎士と呼ばれ、彼女に生涯仕えた少女。そんな二人が織りなす国造りのお話――その始まりのお話です。
終焉王女と覚醒騎士の王国創世記 織姫みかん @mikan-orihime
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