カプセルの結末

冬野瞠

カプセルにて

 右手の薬指にささくれを見つけて、自分の口元がむう、と歪むのが分かった。それ以外は完璧な自分なのに、かなり残念だ。

 アイスブルーに染めた髪にアイロンを当て、立体感を持たせたヘアセット。二重瞼がより際立つように考え抜いたメイク。お気に入りの色をバランスよく使ったネイル。自分の体型が一番引き立つよう改良した学校の制服。

 アタシはいつだって、自身の完璧を追い求めてきた。

 こんな時――周りからすすり泣きが聞こえてくる――でさえ、些細なささくれが気になるほどに。


「ねえ、三原みはらさん……どうしてそんなに落ち着いてられるの?」


 目尻にしずくをくっつけた班長が、震える声でたずねる。無重力空間では涙は流れていかない。観光用の小型宇宙船カプセルに搭乗したウチの班の面子メンツは、アタシ以外うちひしがれさめざめと泣いている。靴と床を磁力で固定させ、すっくと立っているのは自分だけだ。

 この船は漂流している。何もない宇宙空間を、あてどもなく漂っている。

 誰も予想していなかっただろう。修学旅行で訪れた宇宙基地で、観光用の宇宙船のケーブルが切れ、高校生だけが宇宙空間に放り出されるなんて。

 一番の懸念事項は酸素だ。密閉空間の酸素は、六人の男女によって刻々と消費され続けている。

 アタシは班長に向かってニッと笑ってみせた。


「焦っても何にもならないじゃん? それに、友達に見せる最後の顔が、涙とか鼻水でベタベタとか嫌だし。アタシは最期まで完璧に綺麗でいたいわけ」


 それを聞いて同班の男子がいきどおったように叫ぶ。


「自分が死んだ後のことを考えたって仕方ないだろ!」

「そーかな? 大事だいじだと思うけど。それにアタシ、諦めたわけじゃないから。もしかしたらここから助かるかもだし。結末はまだ、決まってないよ」


 きっと今も、大人たちが必死に手を尽くしているはず。

 この漂流の結末が悲劇だろうと奇跡だろうと、アタシはただ、完璧な自分でいるだけだ。

 カプセル内の酸素が無くなるまで、あと十五分。

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カプセルの結末 冬野瞠 @HARU_fuyuno

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