短編『フォレストファング』

 エヴィー達がローグと出会うところから2日前、ローグが所属している冒険者パーティー『フォレストファング』は、掲示板に張られていた森林探索の依頼の紙を剥がして、隣の酒場の隅にあるパーティー専用テーブルに、ローグを入れて6人で話し合いをしていた。


「今回も探索依頼しかありませんでしたね……」


「仕方ないよローグ、私達のランクだと探索の依頼しかないんだもん」


 シーズはローグにそういうと机に突っ伏した。


「あんの魔王が討伐されて、全体の魔物のランクが下がったのは良いが、その代わりに単体で強い魔物が出現しやすくなってるからな」


 サーグはそう言ってジョッキに残るビールを飲み干した。


「冒険者協会のお偉いさん方はそっち優先で討伐依頼出すから、僕らのランクで討伐できる魔物の依頼書が後回しにされているらしいね」


 ギルは探索の依頼書を見つめながら話す。


「おかげさまでろくなご飯も食べれてないよ~魔法大戦はいろいろと大変だったけど、ウチら後方で敵味方の装備品漁るだけで儲けまくりで最高だったよね~」


 シアンは空っぽの財布の口を広げて、その中を覗き込みながらため息をついた。


「俺は冒険者ではなく傭兵として前線にいたが、確かに戦争時は沢山稼げて良かった。だがかなり危険が伴うものだった」


 バースは何かを思い出しながら、少し悲しげな表情でチビチビとステーキを食べ始めた。


「それでは、食事が終わり次第探索に出発しましょう」


 !


 私達は森林の探索依頼を受けて、馬車を借り街から遠く離れた森林へ1日かけて辿り着いた。


 依頼内容は、最近になって被害報告が増えてきた森林の探索、および偵察というもので、私達Cランク程度の冒険者にとっては少し危険なぐらいの難易度の依頼である。


 この依頼では討伐が目標ではないが、状況に応じて原因となる危険な魔物を討伐を成功させたなら、追加の報酬も出るらしい。


 その日は探索も楽に終わって、小銭稼ぎ程度の魔物討伐を済ませていると、パーティーの1人がつたに覆われて隠れていたダンジョンを見つけた。


 冒険者協会から与えられるダンジョンのカタログを見ながら調べてみると、そのダンジョンはなんと未発見のものだとわかった。


 このご時世、未発見のダンジョンはかなり貴重で、まだ手付かずのものであるのならばかなりの稼ぎを占有できる。


 未発見ダンジョンを見つけたら冒険者協会に報告をしなければいけないというのはわかっていたが、それをしてしまうと冒険者協会にせっかくの稼ぎを横取りされてしまうと思ったのか、それを知っていたパーティーの2人が、普段出さない欲を出してそのダンジョンの中に入って行ってしまった。


「どうするの?シーズとサーグが先行っちゃったよ~」


「とりあえずはあの2人が言っていたことに従いましょう」


 シーズとサーグは「私達が30分このダンジョンから出て来なかったら、冒険者協会に行って」と言ってダンジョンに入って行ったが、私達としては30分経って出て来なかったら突入するつもりでいた。


 !


「結局出てこなかったな」


「ど、どうしよう……」


「ギル君落ち着いてください、きっと無事ですよ」


「そうだ、あの2人が簡単にやられるはずがない、よし準備をしよう。これからダンジョンに入って助けに行くぞ」


「私はバースさんに賛成です。もとよりそういう雰囲気でしたしね」


「ウチはもう準備できたよ」


「僕も一応」


「では、少し待っていてください」


「俺もすぐに出れる」


 !


「それでは行きましょう」


 準備を終えた私達はダンジョンの扉に触れた。


 ダンジョンに入る方法は複数あるのだが、この未発見ダンジョンは一見閉じている扉に触れることで中に入れるようになっていた。


 この手のダンジョンは大抵入口付近は安全なので、そこにキャンプを張りダンジョンを攻略するのが通例だ、私達もそれにならってそこをキャンプ地とした。


「中は思ったよりも綺麗ね」


「そうですね、外とは違い蔦もありませんし」


「洞窟系じゃなくてよかった……」


「ギルは虫苦手だもんね~」


「遺跡系だと防御力が高い魔物が出るのが厄介だがな」


「そうなると僕らのメンツだと、バースさんの戦槍せんそうぐらいしか決定打にならなそうだね」


「ウチの水魔法で窒息させることはできるわ~」


「ギル君の薬品類は使えそうですけども」


「それが最近金欠でさ、魔法薬品は僕の魔力がベースになっているとはいえ、触媒になるものが欲しくてさ、それを買うとどうしても毎度赤字気味なんだよね」


「それならウチみたいに魔法を使えばよくな~い?」


「僕の魔法薬品のすべはおじいちゃんから受け継いだもので、それなりに思い入れのあるものなんだ。それに魔法大戦では回復が不足していたじゃん?それは回復魔法が使える人が少なかったからでしょ?でもこの魔法薬品は魔力と触媒さえあれば即席で衛生兵が作れる。そう考えるとかなり強みだと思うんだよね」


「確かにギルの薬品は頼りになるな」


「触媒がネックなんだね~」


 私達が会話をしながら、あの2人が通った痕跡をなぞって歩いていた。


 その時、私達の周りに張り巡らせた危険察知の魔道具の鈴が、けたたましく鳴り出した。


「皆さん構えて!」


「どこから来る?」


「迎撃準備完了~!」


「どこ!?」


 皆背中合わせで四方を見る形なり、戦闘準備をしているが、どこからか魔物が来るわけでもない、だが鈴は鳴り続ける一方で警戒が解けない。


 すると私達の円陣の真ん中に人型の魔物が出現した。


「危ない!後ろだ!」


 突然現れた人型の魔物は、ブツブツと何か言語のようなものを呟いたあと、私達はダンジョンのどこかにバラバラに飛ばされた。


 気付けなかった、あの詠唱は多分転移魔法のテレポートだ。


 言語は違えど足元に出る魔法陣でわかったが既に遅かった。


 転移魔法のテレポートは発動者の任意で他者も移動できる、だが制限もあり他者が魔力を張り巡らせていないとそれが発動しない、だがあの場では警戒心で皆全身に魔力を張り巡らせていたため、容易にテレポートをさせられてしまったのだろう。


 テレポートの制約は曖昧だが、確定しているのはランダムでテレポートできるのは1つの空間内だけなのと、一度行ったことのある場所あるいは思い浮かべている場所でないと、そこへは辿り着けないというものだ。


 そしてダンジョンではそれ自体が1つの空間となっていて、そのせいで私達はダンジョン内をランダムにテレポートさせられてしまったのだ。


 他者を飛ばす際は他者の魔力を使用しているので、たとえ術者が魔力をほとんど持っていなかったとしても、詠唱をするだけで自らはテレポートできないが他者をその場に送ることはできる。


「さて、これからどうしますかね……心配なのは水魔法しか手段が無いシアンか、薬品の調合の手間があるギルのどちらか、しかし他人の心配をしている暇はなさそうですね」


 2人には悪いけれど私も強いとは言えない、私の武器は短剣だし、先程話を聞いた通り遺跡系は鎧を纏った魔物が多い、それらに見つかったら逃げるしかないだろう。


「バースは元傭兵だから大丈夫でしょう、問題は飛ばされた場所でしょうね」


 私が飛ばされた部屋は運良く魔物が待ち構えていなかったが、運が悪いと即死か蹂躙だろう、それだけは勘弁してくれと思っていたがそれも一安心だ。


 だが油断はできない、入り口に罠がある部屋の中に飛んだとなれば閉じ込められたことになるし、この部屋の外が安全とは限らない、大抵この場合はその場にじっとして助けを待つのが賢明だが、今回は冒険者協会に知らせていないし助けが来ることはないだろう、それならば探索を続けて仲間と合流するしか生き残る方法はない。


 私はとりあえず部屋の外に出てみることにした、何か行動に移さないと助かるものも助からないと考えたからだ。


 !


「みんなもしかしてテレポートしちゃった?しかもバラバラで?」


 1人になったのがウチだけだったら凄いマズいかもしれない、でもこの部屋に魔物らしき影はないし、もしいてもウチの水魔法で押し退けられるはず。


「とにかくみんなと合り……!」


 さっきまで魔物なんていなかったのに、もしかしてさっきウチらがテレポートさせられた奴の仕業かしら?油断も隙も無いってわけね。


「そこの鎧!その剣、ウチに当たってたらどうすんのよ!」


「……」


「返事ぐらいしなさいよ」


 やっぱり返事無し、知能が無い魔物は何を考えてるかわからなくて、やりにくいったらありゃしないわ。


 でもウチが有利ね、どこかの文献で読んだわ、鎧系の魔物は一見操られたか呪われた無生物のように見えるが、実は貝類のような生態で鎧を殻のようにして動く有生物ってね。


 つまり地上に棲む生物である以上生きていくためには呼吸は不可欠、ウチの水魔法で窒息させれば楽勝よ。


 早速ウチは両手に魔力を移動させて、そのてのひらから粘性の水を出した。


 それを魔力で操って、ゆっくりと近づいてくる魔物の身体全体に纏わせようとするけど、魔物が持つ剣で斬られて邪魔をされる。


「魔物のくせに一丁前に魔剣持ってんじゃないわよ」


 外見はただの剣のはずなのに、魔法を大きく分断しかき消したのを見るにあれは魔剣ね。


 普通の剣だと微量な魔力しかこもっていないから、魔法は形を害すだけで火力や効果は落ちない、それでも手練れになると魔法をかき消してくるか、剣に更に自分の魔力を通す方法もあるけど、どちらも習得に時間が掛かるしデメリットの方が大きい。


 だけど、魔剣を使えば達人レベルじゃなくとも簡単に魔法をかき消せる、相手が魔剣を持っていると、当たり前だけど魔法使いは途端に動きにくくなる。


 楽勝だと思ったけれど、ウチは運が悪かったようね。


「だけど、諦めないわよ!」


 魔力が毛ほども通じないというわけではないし、剣を振るうスピードはまるで自分の筋力にあってないものを無理やり振り回すかの如く、1回振るうと持ち上げるのに時間が掛かるし、あの魔剣も魔力をかき消す程度の能力しか持っていない様に見える。


 剣筋も素人丸出しの力任せって感じだし容易に避けられる、つまりアイツが剣を振り下ろしたタイミングが唯一の勝機ってことだわ。


「チマチマやるのはめんどくさいけど、やっぱり自分の命は大切だわ」


 ウチは避け易いように足に水魔法を纏わせて、滑るようにアイツに近付く、そうすると予想通りに剣を振るって隙を見せる。


 その瞬間を見逃さずにウチは鎧に触れ水魔法を流し込む、それを何回かやっているとアイツの中はウチの水魔法で満たされたのか、極端に動きが鈍くなった。


「どうやら関節までひったひたのようね、そろそろ決めさせてもらうわ」


 このままにしてウチの水魔法で操っても良いけど、それは燃費が悪いから殺すことにして、魔法を操り満遍なく水を広げた。


 すると、最初に腕が落ちて、それに連鎖するように次々と鎧が外れていった。


「これで一安心ね、よしウチの魔法全然通用する……これなら部屋の外に出ても何とかなる気がするわ」


 !


「なんなんだ一体!」


 いきなり景色が変わったと思ったらみんないなくなってるし、いきなり魔物が沢山いる場所に飛ばされるしでもう最悪だ!!


 このままだと死ぬ!


 だけどどうしたら良い?とにかく落ち着ける場所に行きたい!家に帰りたい!!


 でもこのまま逃げ続けてもらちが明かなそうだ……何かいい案は……


「そうだ!スティッキーフロッグの粘液を触媒を瓶に入れて……食らえ!!」


 僕の予想通り魔力で活性化したスティッキーフロッグの粘液は膨張し、名前の通り粘々したものが床一面に広がり、それを踏んだ魔物達は次々と足を滑らせて転んだ。


 よし!今の内にできるだけ遠くに逃げよう!ここがどの区画なのかわからないけど、きっとここより安全な場所はあるはずだ!合流してさっさとこの地獄から抜け出そう。


「あ、あの部屋なら逃げ込めそうだ!罠探知には引っ掛からなかったし多分大丈夫だろ」


 ふ~死ぬかと思った……このままここでみんなの気配か呼び声がするまで隠れてようかな……でもそうなると結構運任せになるな、まあ死にたくないから仕方ないよね?


 探索する前はこんなことになるなんて思ってなかった、あんの2人絶対許さない!金があっても死んでちゃ意味がないっての!


 !


「ふぅ、倒しても倒しても湧いて出てくるな、厄介だ」


 皆と離れ離れになってから30分くらい経ったか?魔物は斬っても斬っても湧いて来てキリが無い、まだ体力に問題はない、そして魔物も弱いが数が多いな。


 どこからかテレポートしてくる魔物は少々ウザったくはあるが、出てくる場所が固定されているのなら対処は楽だ、これでこの部屋の四方八方から出て来られちゃキツかっただろうがな。


 この数を一気に相手取るのは魔法大戦以来か?だがあの時とは違い今は1人だ、今のところ捌き切れてはいるがこれが1日中続くとなると死ぬな。


 バキッ


「む、マズいな」


 魔物を突き刺したまま振り回して横着したのが悪かったな、武器の方が先にいったかのはまあ予想通りだな……やはり最後は己の身体なのか、ここまで追い詰められるのはあの時以来か……だがあの時程の興奮は無いな、相手の単調さに飽きてきているのか?あのハンターハットの男ならば、飽きる前に一瞬で終わらせるのだろうな……


 !


 あれから部屋を出てかなり歩いたが未だに仲間の1人にも会わない、このダンジョンは予想よりも広いらしい、部屋の数も多く一々罠があるかないかを見極めるのも疲れた私は、むやみに部屋に入るのは止めて通路をひたすら歩いていた。


 たまに遭遇する魔物は私でも倒せるので、順調とは言えないが着実に脱出に近付いていると思っている。


 そして今まで何度曲がったかわからない曲がり角を曲がろうとしたその時、背後から耳をつんざくような咆哮が聞こえたと同時に巨大な足音が聞こえてきた。


 私は突然の出来事にビックリして、後ろを振り向くことなく走り出した、ただの妄想かもしれないが今後ろで私を追い掛けている奴は、きっとパーティー全員で戦っても勝てない相手だろう。


「どこか逃げ込めるところはないか!?」


 そして間一髪で部屋の中に飛び込んだ私は、安堵したのも束の間転移の罠に掛かってまたどこかへテレポートしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る