ドイツ少女との出会い

ダイヤのT

ドイツ少女との出会い

 ある日、いとこのスグルが遊びにやってきた。タケルは彼と遊びに行くため、ある地下鉄の駅から電車に乗るところである。そのとき、わきから女性に声をかけられた。

「あの……、ウントシュルディグンク(ドイツ語で『すみません』の意味)」

 振り返ると、金髪ブロンドの少女が立っている。

「渋谷に行きたいですが、どう、行きますか?」

スグルは一呼吸おいて彼女と向き合った。

「ウーバーン、リニエツェット、グライスアインス

言葉はたどたどしかったが、このとき彼は

「地下鉄Z線、1番線から乗って」

とドイツ語で教えたのである。

ありがとうダンケ

少女はにこやかに立ち去った。

 電車に乗ってから、タケルはスグルに聞いてきた。

「スグル兄はすごいなー。外国語話せるなんて」

スグルははにかんでいた。

「まあな。でも英語以外はまともに話せるほうじゃないぜ。」

「またまたー。謙遜すんなって」

「本当だよ。ホントは英語だって中学レベルがやっとなんだから……」

「でもあのときのスグル兄かっけー」

「そうか? ところでさ、あの子タケルのことじっと見てた

気がするんだけど。もしかして会ったことあるか?」

「うーん・・・・・・。おれもそう思うんだけどなぁ・・・・・・」

だが、あの少女がどんな人物か。タケルはこの翌日知ることになる。


朝のホームルームの時間にタケルの担任教師が教室に入ってきた。彼は開口一番、今日は転入生を紹介する、といった。すぐにその転入生が姿を現した。なんと金髪ブロンドの少女である。その整った顔立ちに生徒たちは一斉に注目する。

「私はヘルミーナ・シェイファーと言います。どうぞよろしくお願いします」

この時タケルはおや、という表情になった。そしてはすぐに気が付いた。そう。彼女は昨日駅で会ったあの少女である。

「とりあえず、そうだな・・・・・・。北の隣に座ってくれ。てなわけで、北、お前当分は彼女の面倒を見な」

 教師に言われて彼女は指定された席に向かう。座ると彼女はタケルに微笑みかける。

「グリュスゴット。久しぶりだね。タケル」

「え、何。君、おれに会ったことあるの?」

「あ、ひどーい。忘れちゃったの?」

 そんなことを言われて困惑することしかできないタケル。それを生徒のいく人かが、周りからニヤニヤして見ていた。

そんな時、教師は思い出したかのようにタケルにこえをかけてくる。

「あ、そうそう、北。お前たちは家が近いようだな。彼女は不慣れのようだから、一緒に帰ってやったらどうだ?」

「あ。はい」


 やがて昼休みになり、生徒それぞれが弁当を広げたり、学生食堂からパンやらおにぎりやら持ち込んで食事をとっている。その微笑ましい中、ミーは真剣な表情でタケルに問う。

「あんた、ほんっとうに忘れちゃったの? 私のこと」

「え?あ、ああ、うん・・・・・・」

「わかった。後で思い出させてあげるから、放課後付き合って」

「ほーい」

 二人のそんなやり取りを、一部の男子生徒たちは羨ましそうに眺めるのであった。


 一日の授業を終えて放課後となり、二人は家路につく。

「さあて、せっかくの再開なんだし、今からちょっと付き合ってもらうわよ」

「へ、どこへ行こうっての?」

「いいからおいでよ」

 そう言ってどんどん先に行くミー。タケルは彼女についていくのが精いっぱい。やがてミーはある料理店を見つける。

「あれだ!」

 彼女は急にその店に向かって走り出した。

「ちょっと待って」と言うも、タケルは置いて行かれてしまう。

「そう、ここ。ねえ、タケル。この店が何かわかる?」

「何って・・・・・・。『はいから亭』ってかいてあるね」

「そうよね。じゃあ今度はこれを」

 と言って彼女は見本の並べられたショウケースを指さす。

「いい。よーく見るのよ」

 と、ミーはそのケースの中にヒントがあるとでも言いたげだ。

 そのケースをのぞき込むうちに、あるものを見てふと気づく。そこにはとんかつのようなものがあった。傍らに「シュニッツェル」と書かれた札がある。

シュニッツェルとはドイツではよく知られた料理のひとつで、子牛のカツレツのことである。

その時彼はふと思い出していた。外国の女の子と家族ぐるみでこの店に入ったことを。その女の子と向かい合い、談笑しながらシュニッツェルを食べたことを。

「そうだ。確かにここで食ったんだ。シュニッツェルを、君と一緒に」

「ようやく思い出してくれたわね。よかったよかった」

「あはは・・・・・・」

「タケル、あんたかっこよくなったね」

「へ、何、急に?」

「いやあ、かっこいいっておもったからかっこいいって言ったの」

「えへへ・・・・・・、ありがと。ミーはなんか綺麗になったね。もう別人みたい」

「なのに忘れちゃうなんてねえ。」

「ああ、だからごめんって・・・・・・」

「まあ、いいわ。じゃあ、これから改めてよろしくね。私こっちだから」

「はいよ。また明日ね。ミー」

「うん。じゃあねチュース


 タケルは自宅にたどり着くや自室に入って着替え、ベッドに寝転がる。すっかり安心しきっているところに、スマートフォンの着信音が聞こえた。

 彼がスマホを手に取ると、ヘルミーナからLINIEリニエのメッセージがあった。すかさずそれを開いてみた。

こんばんはグーテンアーベント! 今どうしてる〉

〈今部屋でゴロゴロしてた。で、どしたの?〉

〈ちょっと今話せる?〉

〈ああ、ごめん。これから風呂入ってメシ食うんで、後でもいい?〉

わかったわクラー。じゃあ、後でね〉

〈おっけー〉


 それから一時間半ほど後、風呂と食事を済ませて再びLINIEを開くタケル。

〈おまたせ。今大丈夫?〉

 ほどなくヘルミーナがメッセージを返した。

うんヤー

〈さっきはごめんね。で、何の用だったの?〉

〈今度の日曜日は空いてる?〉

〈ちょっと待って。予定確認するわ。うん。空いてる〉

〈じゃあさ、ご飯食べに行かない?〉

〈お、いいね。行こう行こう。どこにする?〉

〈私の知ってるお店〉

〈え、どこなの。どんなとこ?〉

〈わかってるくせに。それとも何? まさか、また忘れたとか言わないよね〉

〈わかった。待ち合わせどうしようっか?〉

〈そこに十一時半でいい?〉

〈りょうかーい。んじゃ楽しみにしてるぜ!〉

 そこで二人はLINIEを閉じた。その晩は日曜日のことを考えると興奮してなかなか寝付かれなかった。


 そして当日の日中、タケルはヘルミーナに指定された時間に合わせてはいから亭に向かった。現地にたどり着き、辺りを見回してみると、門のすぐ近くの見覚えのある少女の姿が彼の目に留まった。ヘルミーナだ。タケルはすかさず声をかける。

「やあ、ミー。待った?」

「ううん。私も今来たところ」

「よかった。じゃあ、今日はよろしくな」

「はーい。こっちよ」

 少々浮かれた気分でタケルはヘルミーナの後に続いて歩いていく。そうして二人一緒に歩くこと十分弱。こじんまりとした建物の前にあるブラックボード。彼女はその建物に入っていく。もちろん彼も一緒に入っていった。

「ここはね、ドイツの料理がおいしい店なの」

「あ、そうなんだ。ミーのお勧めかなんかある?」

「シュニッツェル」

「やっぱそれか。ミーにとっちゃ捨てがたい味なんだね。おれもそれ食うわ」

「決まりね」

 ヘルミーナは店員を呼び、そのシュニッツェルを注文した。そこから待つことやく二十分、二人のテーブルに料理が運ばれてきた。それを見たタケルはすぐにも飛びつきそうな勢いである。

「うひょ。旨そうなカツだなあ・・・・・・」

「さあ、食べましょ」

 ソースをかけてナイフで切り、一口食べるタケル。

「ああ、何かカリッとしてて、中の肉も旨いや」

「ね。来て良かったでしょ」

「ほんと。おれ、もうこの味病みつきになるわ」

 タケルのそんな言葉にふふっ、と笑みをこぼすヘルミーナであった。

「ねえ、タケル。今度出かけたらさ、ビール飲みに行こっか?」

「そりゃミーとならどこでも・・・・・・って、ちょっと! おれら未成年だから」

「いや、大人になったら、よ」

「大人になったら、か。ミーと飲むビール、すっごく旨いんだろうな・・・・・・」

 こうして、終始笑顔で過ごす二人なのであった。

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