ささくれた人々

沢田和早

ささくれた人々

 世の中はささくれに満ちている。ささくれているのは指だけではない。心のささくれは本当に気の毒。ささくれ立った心を隠して笑顔を振りまいている姿は痛ましくて見ていられない。人間ってなんて哀れな生き物なんだろう。そんな生き方しかできない人間たちに少しでも安らぎを与えたい、それがあたしの望み。


「ささくれや、心の準備はできたか」

「はい、女神様」

「ならば行くがよい。そなたの力であの学生を救うのじゃ」


 女神様の指示に従ってあたしが取り憑いたのは大学四年生の男子学生。ああ、これは酷いささくれね。右手の五本の指が全部ささくれている。それに心のささくれも大変なことになっている。


「でも大丈夫。あたしが治してあげるから」


 あたしはささくれの妖精。ささくれの女神様によって生み出され、女神様のめいを受けてささくれに苦しんでいる人に取り憑き、ささくれを治癒してその人を救う、それがあたしの役目。


「これだけ酷いささくれになると貰える元気も大変な量になるわね。能力全開でいくわよ」


 あたしの活動源はささくれによって人が感じる痛み。その痛みが大きいほどあたしの力は強くなる。これほどの力を貰えればどんなに酷いささくれでも簡単に治せそう。


 学生のささくれは日を追うごとに改善されていった。それに従ってあたしの元気もなくなっていく。ささくれが少なくなれば貰える力も少なくなるから、こればっかりはどうしようもない。


「この男子、だいぶ元気になったわね」


 数カ月も経つと学生のささくれはほとんど完治した。心のささくれも消えて今は凪いだ海面のように穏やかだ。


「よかった。これならあたしがいなくなっても大丈夫だね」


 取り憑いた相手のささくれが完全に消滅した時、あたしはこの世から消える。それがささくれの妖精の運命。でも悲しくはない。だってこんなに明るい笑顔を見ながら消えていけるのだから。

 さようなら学生さん。ささくれとは無縁の生活を送れるよう祈っているよ。








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