シティ・オブ・メン
神なんて何処にもいやしないよ
汝、神を信じたまえ。
ネルカマーゼンは神を信じない。
ネルカマーゼンは一般的な家庭に産まれ、育つ。
父親は金融業として忙しい日々を過ごしていたが、休日にはネルカマーゼンとその弟ニルバーナの良き遊び相手をしてくれていた。
食卓には母親の愛情溢れる料理が並び、家族は賑やかに食事の時間を過ごす。
それは、クリスマスともなるとより一層の賑わいを増す。
近所に住む住人達とパーティーを開き、聖夜を祝う。
そのクリスマスもそうなる予定だった。
ネルカマーゼンが13歳になった、クリスマス。
雪が降り積もり、口から出る息も足下も街中が白く染まった夜。
パーティーの前にと家族は教会へと向かっていた。
偉大なる主の再誕を祝い、主の御加護を祈り、教会へと。
その途中だった。
建物の陰から先頭を行く父親に歩いてくる人影が一つ。
父親の前でよろめくと、父親にもたれ掛かった。
その人影に、大丈夫か?、と問う父親。
次の瞬間、鈍い音が聞こえた。
続いて、連発する炸裂音。
ネルカマーゼンは気づいた時にはその場所を離れていた。
必死に逃げていたのだ。
家族の断末魔が耳にいつまでも響いていた。
幼き頃に両親を失い、身寄りが無く路上を家とする子供達がいると聞いたことがあった。
強盗、売春、犯罪に手を染める事でしか生きながらえない子供達。
家族を襲ったのはそんなストリートチルドレン達だと、ネルカマーゼンは確信し復讐を誓った。
ネルカマーゼンの復讐は何人もの命を奪おうと終わる事はなかった。
あの忌々しい聖夜に起きた事件の時、ネルカマーゼンは恐怖のあまりに硬直していたのだ。
何が起きているか理解できず、父親が逃げろと叫ぶのにも反応出来ずにいた。
母親がニルバーナを連れて走り出そうとすると遠くから炸裂音が聞こえ、母親の肩肉が弾け弟が雪の上に転がった。
家族が皆、逃げろと叫んでいた。
犯人達の顔は憶えていない。
ロクに見れてもいなかった。
ただ誰しもがネルカマーゼンと同じ背丈だったのは憶えている。
どのシルエットも異様な程細く雪の上に伸びていたのも憶えている。
ネルカマーゼンの復讐は終わらない。
殺人鬼として、投獄されようとも終わる事はなかった。
貧富の差の様に街には裏表があるというのは、脱獄しまた復讐を再開した頃に知った。
街を牛耳るのは政界に通じる権力者ではなく、力を持った“組織”だった。
その“組織”からスカウトが来た。
スカウトの条件は、配下に入る代わりに例の事件の犯人の情報を与えるというもの。
ネルカマーゼンは“組織”に入り、“組織”の命令で街外れのボロい教会の神父になった。
あの夜向かった教会とは違う、誰も来はしないボロい教会。
そこに訪れるのは、懺悔する信者ではなくネルカマーゼンが拐ってきた子供達だけだ。
脇から脇までの横一線、喉仏から臍までの縦一線、肉を抉り十字架を刻む。
信じる者は救われる、と救いのない教えを毎日繰り返し、ネルカマーゼン自身赦しなど乞うつもりもないのにお祈りを迫る。
生まれてきたその事を懺悔させ、食料の代わりに銃を渡す。
“組織”の末端として仕事もさせた。
麻薬の受け渡しという簡単な仕事だ。
下手を打たなければ死にはしないし、誰かを殺すこともない。
ストリートチルドレンは、その境遇からロクに警察に捕まる事もない。
法というルールにすら除外された存在なのだ。
ボロ教会で皆が懺悔する主の像を見上げ、ネルカマーゼンは自身の人生に想いを馳せた。
あの夜から、数えきれない程の子供達を殺した。
ここに来てから、数えきれない程の子供達を死なせた。
家族を殺された恨みは未だに消えない。
何十年と探し回っても、あの夜の犯人は見つからない。
しかし、その復讐心を今の子供達に向けるのは間違いではないか?
今の子供達は明らかにあの夜とは関係の無い子供達だ。
いや、散々殺した子供達も本当は無関係だったに違いない。
あの犯人達は、家族を殺した後金品を奪っていたのだろうが、それでも何処かで野垂れ死んだのかもしれない。
神がいるというならば、何故あの時家族を護ってくれなかったのか?
何故、子供達が孤独にならなければいけないのか?
神がいるというならば、これ程殺すこともなかったのに。
ネルカマーゼンは主の像に銃口を向け、引き金を引いた。
懺悔と後悔は既に意味をなさない程遅すぎたが、“組織”から渡された金を使い子供達と共に街を出ようと決めた。
父親や母親の様に素晴らしい家庭を築く事はできないだろうが、生き残った子供達の生活を保護する事ぐらいはできるだろう。
この街では最後と決めた聖なる夜は、街中が炎に包まれていた。
ネルカマーゼンは教会の床に倒れ、それを見下ろしていたのはナッシュという子供だった。
幾度の麻薬の受け渡しをこなし、裏切り者も逃亡者も殺してきた優秀な少年だ。
少年の右手には、ネルカマーゼンが今朝渡した銃。
少年の背後には、ボロ教会に残されていた書物に描かれていた悪魔という存在。
ネルカマーゼンの右脇腹が熱くなっていた。
きっと、穴でも開いて血が流れているのだろう。
痛みに感覚が失われて想像する他無い自身の姿は、あの夜の倒れゆく父親にそっくりなのだろうか?
「後ろにいるのは、サンタかい?」
「悪魔だよ。俺にとっては神にも等しい」
薄れゆく意識の中で、ネルカマーゼンは久々にジョークを口にした。
泣いている少年を、泣き止ませたかったのだ。
「神なんて何処にもいやしないよ」
ネルカマーゼンが死んでいくのを確認し、少年は銃弾が無くなるまで彼の死体を撃った。
この忌々しい教会も、忌々しい街も燃えていく。
それが少年の望みだった。
そして、少年も燃えていく。
悪魔に魂を捧げたのだ。
聖なる夜に、哀しき願いは天に昇った。
彼らの街に白い雪が羽根の様に舞い降りて、その終わりを告げた。
シティ・オブ・ゴッド 清泪(せいな) @seina35
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