第58話 海神の化身

 無事に全ての城門を確保した後、ヤエから魔物追跡の報告を聞きこちらも追いかけるように西方面にある港へと向かう。


 だがヤエからの報告で魔物約10000体とクラーケン1体との対決は、さすがに魔物の数や上級種も多いため軍配は魔物側に傾くだろう。


 「いやはや、クラーケンなんて殆ど聞いた事なかったがさすがに魔物が勝つだろ?そしたらオレ達は漁夫の利を得て、マガラカ奪還となれば最高だな!」


 「ここまで被害なんてないっすから、間違いなく運はこっちの味方っすね!」


 傭兵のバーモスとライクは、この状況にもう勝ったつもりではしゃいでいる。浮かれる気持ちも良くわかる、自分でもそう思うしお互い潰しあってくれるなら、大歓迎である。


 「確かにこの状況は、こちらに有利に働いています。でも油断は出来ませんので気を引き締めて参りましょう」


 ララシャの締める言葉により、弛緩していた空気が引き締まる。さすがザルバローレの副官であっただけの事はあり、さらに傭兵組合長の肩書きも合わさり貫禄がある。

 空気を引き締めた後は、速度を重視し駆け足で路地を駆け抜ける。だが、5分程走っていると今まで感じたことのない緊張感が、辺りに伝播していく。その発生源はどうやら3人の眷属から同時に発するものだった。


 「主人!」

 「主人よ!」

 「主人!」


 まさかドレーク、エルジュ、ナギの3人から合唱が聞こえるとは思わなかった。普段は冷静である眷属がここまで慌てふためるなんて普通じゃ考えられない。3人は視線を交差し、どうやら念話で言いあっているように感じる。


 (かなり不味い、大津波が押し寄せてくる)


 「申し訳ありません。ヤエからの報告で、クラーケンの攻撃と思われる大津波が発生。その大津波に魔物の大半が飲み込まれ、生死不明です。また城壁以上の高さの波がもう少ししたらここまで到達すると念話にて聞いております」


 ポポも有難いことに、すぐに何が起きたのか端的に教えてくれる。

 またその一寸後、ドレークの言葉を聞いていた周りの皆が固まってしまう。城壁以上の津波なんて8mを越えている事になるのだが、もし本当に起きるのなら都市の一部は一時的に水没してしまうし、このままここに居ては不味い。


 「なるほど…。まあヤエが無事ならそれで良い。漁夫の利とは行かなかったけど、魔物を倒してくれたのなら十分さ。ではラズーシャ、皆で直ぐに逃げるから指揮をお願いね」


 「はっ!」


 その後はラズーシャに指揮を任せるが、この場合皆で城壁に登る位しか選択肢が無い。クラーケンなんて巨大な海の魔物と思っていたら大間違いだ。今回の大津波もどうやって引き起こされたのかも分からない。魔法を使ったのか、はたまた巨大な体を使ったのか。

 そんな事を考えながら逃げていると背後から、ザザァーッと頭の中に響く様な音が少しずつ聞こえてくる。不穏な音が気になり後ろを振り向くと、まだ距離はかなりあるが建物を飲み込みながら大津波が広い範囲に広がっていく。


 「各自!各々の技力にて、城壁上へ自由に撤退せよ!」


 ラズーシャの言葉により、皆が一斉に魔法を使い出し城壁上へと登っていく。ある者は風魔法を使い飛び上がったり、土魔法で階段を作り後続を支援したり臨機応変に対応していく。残念ながら人型でもドラゴン姿でもあまり速度を出すのが得意ではなく、最後尾に近い位置になってしまう。

 先程までまだ余裕があった大津波の音は、かなり大きくなりゴゴゴーッと音が変わり揺れまでこちらに波及していく。


 「くそー!ライクの野郎!風魔法が使えるからって先に行きやがって、後で覚えてろよ、って大将!こんなとこにいたら大津波に飲み込まれちまうぜ」


 傭兵達の中でフルプレートアーマーを着ているものは、最後尾に位置しておりバーモスもその一例で、彼が使う火魔法は火力が高い分こういう時は不利なようだ。


 「いやあ、みんな早いねぇ。これならドラゴン姿の方が早いかもしれない」


 「いやいやいや!そんな恐ろしい事言わないでくれって!もう城壁は見えてるから」


 取り残された同士で傷の舐め合いをしながら城壁の上を目指す。意外と近くまで来ており、移動に有利な魔法使いはとっくに城壁上で待気しているようだ。

 そんな最後尾に紛れ込むかの様に、突然風が舞い上がる。


 「お待たせしました、主人よ。」


 「ヤエおかえり、無事で何よりだ。まさか最後尾に追いつくとはさすがだね」


 「とんでもないです。主人と世界樹であらせられるポポ様の賜物です」


 丁度ヤエが合流し眷属全員が集まる。その後はなんとか無事に城壁上まで辿り着くことが出来、安心していたのだが大津波は予想以上に高く、城壁をやや越える高さを維持していた。


 「城壁よりやや高く、膝から腰位までかかりそうだなあ。このままだと、ちょっと流されそうかなあ」


 「全隊!密集陣形!土魔法使いを前衛にし城壁を少し高く構築するのだ。他の魔法使いは、大津波を押し返す様に魔法を打ちまくるぞ!」


 城壁以上の大津波が来る為、ラズーシャが指示を出すのだがもう衝突まで1分も無いほどなため、皆全力で魔法を打ちまくる。意外とバーモスの火魔法がここで役に立ち、火魔法が着弾と共に爆発が起きる。


 「うおおおお!?危なかったな!」


 「めちゃくちゃギリギリっす!」


 大津波は数多の魔法を食らうと波の勢いは軽減され、最後には城壁上を濡らす位に収まるのであった。だが、大津波が通った後にはほとんどの家屋は崩れ去り、破壊されてしまう。不幸中の幸いは、死人は誰もいない事と魔物がクラーケン以外心配いらなくなったのだが、周りのみんなは呆然と眼下を見下ろすしか無かった。

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