第48話 閑話 とある商人の零れ話

 ここ港湾都市マガラカ近海に、死の大海原にしか生息しないクラーケンが発見されてから5日経った。その間に貿易船2隻に軍船が3隻もやられてしまったせいで、あっという間に話が広がってしまう。それだけクラーケンという化け物は、危険極まりないのだが普通はこんな近海にはまず見かけない。死の大海原には独特な海流が流れており、そのためか彼方の生物は基本的にここまではやってこれないはずなのだ。

 シーアルバ全体の規模で一番か二番に位置するマイダナ商会は、西大陸への貿易を一時的に切り上げるしかなかった。正にクラーケンの最初の餌食となった貿易船は、運が悪い事にマイダナ商会であり積んでいた貨物はすべて失い、乗組員は50人もやられてしまい生き残ったのは僅か5名だけだった。


 しかしあまり悩んでばかりはいられないと、呼び出しを受けていた会長の部屋まで辿り着くとウラゼーはノックをし、名乗りをあげる。


 「会長お待たせしました。ウラゼーです」


 「うむ。入ってくれたまえ」


 「失礼します」


 ドアを開け部屋に入ると、西大陸産の香木から懐かしい香りが漂ってくる。


 「いつもの席にかけてくれ」


 「ありがとうございます」


 ウラゼーが椅子に座ると、会長であるバーダはすぐに言葉を発せずに、目をつむり少し昔の事を思い出しながら話をきり出す。


 「しかし、お前と西大陸で出会ってもう7年になるか…。時が経つのも早いな」


 「会長と出会ったあの時は私が18の頃でしたね、まさかこうして東大陸に渡航して働くなんて思ってもみませんでしたが。今年で私も25になりますが、まだまだ会長に比べると若僧です」


 「何を言うか、お前のおかげもあってこの商会はかなり大きくなっている。まあこの間のクラーケンは痛かったが…。まあそんな時期だから新しい場所を開拓しようと思ってな、聖樹国の噂は知っているだろ?」


 「色々な情報が入って来ておりますので一通りは存じ上げていますが、正直信じられない事の方が大きいです。西大陸に住んでいた時もそんな不思議な事はありませんでした」


 「うむ。当商会は特に西大陸との交易にて勢力を拡大してきたわけだが、この有様では船は出せんだろ?ここは切り替えて、聖樹国にまだ進出していなかった我がマイダナ商会も遅れながら参入する事にした。そこでだ、なかなか難しい事になるのは分かっているが是非ウラゼーに任せたいと思うのだがどうだろうか?」


 「私に任せていただけるなら喜んで行かせて頂きます。なかなか大変そうな国だとは思いますが面白そうです」


 「それは有難い。部下にはサリヤと護衛にモルタイトを付けるがそれで良いか?道中は運良く聖樹国の傭兵を付けられそうでな、少し大人数になるから魔物や道に関しては安心して欲しい」


 「それは勿論有り難い限りです。それと積荷はこちらで選んでも大丈夫でしょうか?」


 「ああ、任せる。積荷に関して今回は調査が主になるだろうから、そこまでは積まなくても良い。もし店舗が構えられるなら、お前の裁量で話を進めてもらっても構わない」


 「承知致しました」


 「あー…。まあなんだ、出発は急になって悪いんだが明日の朝一からで頼む」


 バーダの歯切れの悪さに、ウラゼーは疑問を抱きながらも了承する。会長の急な無茶ぶりを何度も経験してきたため、問題ない。その後は会長とは別れ、明日の出発のために直ぐに準備に取り掛かるのだが、まさかこれが予想だにしない出来事が起こるなんて知る由も無かった。





 聖樹国に出発する当日、朝も早い内にウラゼーは部下であるサリヤと商会専属護衛のモルタイトと合流すると事前に決められていた集合場所の城門入り口に到着すると、何やら人がたくさんいるようで混み合っている。


 「なんかいつもより大分人が沢山いますねぇ」


 「会長が手配してくれた傭兵にしてはかなり数が多そうだな…。300人はいるんじゃないか」


 サリヤの言葉に同意するが、ウラゼーはなにやらおかしい事に気付いてしまう。傭兵だけでなくシーアルバの海兵隊も一緒にいるため、数がかなり多くなっており嫌な予感がしてくる。

 そのままゆっくりと集団に近づいていくとこちらに気付いたそうで、傭兵が駆け寄ってくる。


 「おーい、あんた達がマイダナ商会の依頼者かい?」


 「ああ、マイダナ商会のウラゼーだ。こっちはサリヤにモルタイトだ」


 「紹介ありがとよ、俺は聖樹国所属特A級傭兵団暁炎ぎょうえんの夜明け副団長のバーモスって言うんだ、いやあ大変な事になったがまあなんとか頑張ろうや」


 大変な事とはなんだと首を傾げるウラゼーにバーモスはとんでも無い事を話出す。


 「ん?聞いてなかったか?オタクのお偉いさんが聖樹国でどうやら会談するらしいぜ。まあウチのトップにあったら度肝抜く事は間違いないぜ!」


 会長はそんな事は一切話していなかったがどうやら、面倒ごとに巻き込まれたのは確かな様だ。そして中心部に向かうと、まさか直接会った事すらないシーアルバの大提督がどしっと待ち構えていた。


 「遅かったな!少し商会長とはツテがあってな、一緒に聖樹国まで同道させてもらうことになったから宜しく頼むぞ!では皆の者早速出発するぞ」


 ウラゼーの気持ちの整理がつかぬまま、一行は聖樹国へと歩みを進めることになるのだが、会長にしてやられた事を恨むでもなく何とか無事に着く様に祈るウラゼーであった。

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