第47話 大提督ネラン=シーアルバ

 シーアルバという国の成り立ちは、およそ150年前に遡る。元々は海賊同士の派閥争いがあったが、同盟を組んだことで争い事が減る事になり、その結果時代の変遷と共に海賊業から海運業へと次第に変わって行く事になる。それゆえにシーアルバのトップは他の国の王とは違い、大提督と呼ばれている。

 初代大提督ガラスン=シーアルバは、西大陸と東大陸の間にある死の大海原を開拓した事により、初めて西大陸への渡航を成し遂げた。その大偉業には、莫大な利益と新しい技術を取り入れる事で、東大陸では独自の文化が育まれてきた。しかし初代から続いてきた黄金時代も、最近のシーアルバを見ると今まで無かった斜陽のかげりを見てしまう事となる。

 

 正に今代の大提督による舵取り次第では、シーアルバの興廃が分かたれてしまう事となるのであった。





 歴代の大提督が使用する大きな木製の執務室には、長年染みついた煙脂ヤニの匂いがべっとりとこべり付いており、匂いに慣れていない者が入れば苦虫を噛んだ様な表情になるだろう。

 だがそんな事はお構いなしと大提督であるネラン=シーアルバはモクモクと葉巻を吹かしていた。その高級な葉巻は西大陸との貿易により仕入れたもので、その1本で住民1人が1月暮らせる程の物だ。

 そして煙脂ヤニ臭いこの静かな部屋にアクセントとして、ペラペラと羊皮紙が捲られる音が木霊する。だがその綺麗な音とは真反対に、眉間に皺を寄せ口を歪めながら報告書を黙読する彼女の姿は、あまりにも美人とはかけ離れており余人には見せられない。ネランは一般的な男性よりも背が高く、髪の色は黄昏時に近い夕焼け色をしており間違いなく美人の部類に入る23歳独身。その美人を台無しにする報告書には、首都シーアルバから北に位置する港湾都市マガラカの問題について書かれていた。漁業や貿易により賑わいを見せる港湾都市マガラカは、北には竜魔の森と接しており東には最近誕生したと言われる聖樹国と国境線を接していた。

 その聖樹国はなかなか侮れないという情報が入っており、今は商人同士で小さな付き合いをしている段階であった。商人であれば、売り買いをしながら諜報活動も自然と出来ている。しかしラスマータ領旧城塞都市カルメンから聖樹国に変わると摩訶不思議な事が起きてしまう。領主は自称森の精霊だの、巨大な樹が1日で生えただの、このご時世に穀物が溢れんばかりに取れている等常識では考えられない。さらに最近では、竜が住み着いたという報告もあがり全くもって意味がわからなかった。

 そんな聖樹国の様々な報告があがるが、それとは別に港湾都市マガラカにはかなり深刻な問題が発生していた。


 「死の大海原にしか生息しかしないクラーケンが、港湾都市マガラカに姿を表し貿易船2隻を轟沈、軍船3隻轟沈。さらに竜魔の森からは魔物の群れが2000匹が現れたが、こちらは撃退済みか…」


 ネランは独り言にて愚痴ると、思考を加速させ今回の損害を計算するがあまりにも損失が大きすぎるため、思考を途中で放棄してしまう。

 クラーケンは死の大海原に生息している魔物だが、いかにこれらの魔物と遭遇しないかが西大陸の鍵となる。しかし以前は討伐を目論みた時代もあったそうだが、100年以上経った今も倒す事は出来なかった。この海域では精々魔物のサハギン位しか出なかったのに。

 なんにせよこれでは、港湾都市マガラカはクラーケンによって干上がってしまう。船を出して襲われてはまず助からない、海の上の王様位にはクラーケンは強い。だが残念ながら現状では様子を見ることくらいしか出来ない、変に手を出してマガラカを攻撃されては都市が消えてしまう恐れもある。そんな重大な悩みを抱えていると、ドアの向こう側からノックする音が聞こえてきたため、入出許可を出すと見慣れた偉丈夫な男が部屋に入って来る。


 「失礼します!ネラン様、聖樹国へ商売として潜入していた者より、聖樹国の君主であるドラゴンと会談許可が取れました」


 「あの噂のドラゴンか!?」


 「最初は精霊と聞いていたのですが、最新の情報ではあの噂のドラゴンです。実際に遠目で見た者もいるのでほぼ間違いないかと」


 副官であるワナドメアに掴み掛からんとする勢いで問うが、どうやら竜魔の森に生息していたドラゴンらしい。


 「ふーむ、捕まえて売ればこの危機を乗り越えられるか?さすがにそれは早計か。だがドラゴンの強さはどのくらいなんだ?クラーケンより強いのか?」


 「い、いえ…。ドラゴンの強さは見た事はありませんが、かなり強いのは確かだと思います。しかも配下にかなり強い木人なるものを呼び出しているようです」


 「ふむふむ!俄然興味が湧いてきた。その会談私自らが出向くとしよう、やはり自らの眼で確かめねばなるまい」

 

 「いやいやいや!ダメですって!マガラカの現状もありますし、大提督であるネラン様に今抜けられたら現場は大混乱になりますよ!」


 「だがすまんが断る。指示書を書き留めるから後は任せる!どうせクラーケンには様子見位しか出来んのだからな、ではさらばだ」


 勇往邁進に突き進むネランを止められる者はおらず、凄い勢いで執務室を飛び出すネランを止められず、副官であるワナドメアはがっくりと肩を落とす。


 ワナドメアはふと思う、この一寸先は闇の時代を、この先生きのこる事が出来るのか?

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