第42話 閑話 腑抜けの女王

 フォレストドラゴンであるぺぺが、巨大な魔物と遭遇する前に少し遡る。


 エルフの女王であるラズーシャは、侍女のリムーシャとぺぺの眷属であるヤエと共に、聖樹国への旅路を歩んでいたがようやく佳境を迎える事になる。まだもう少し距離があるがここからでもはっきり分かるくらいに、聖樹国内にある巨大な樹が存在感を示していた。どうやらこの樹は精霊が生み出した聖樹国のシンボルのようで、世界樹よりはもちろん小さいがそれでも目を見張るものがある。

 だがラズーシャはそれを見たせいか、つい世界樹の事を思い出し心に影を落とす。


 「わあああ!すっごい大きな樹ですねぇ。前まであんな大きな樹なんて無かったのに、さすが精霊様ですね」


 「あの樹は世界樹ではないか…」


 「あの樹は我らが主人が創り出したものですので、世界樹ではないかと」


 ラズーシャと侍女のリムーシャとのやり取りに、思わず否定してしまうヤエ。だが主人の偉大さが伝わったようで、声の感じから上機嫌のように感じる。

 ラズーシャももちろん世界樹では無い事は重々承知の上だが、それでも彼女の頭の中は世界樹の事を忘れられずにいた。エルフ達にとっては今でも魔法が当たり前に使えていた事を忘れられない。存在意義とまでは言わないまでも、一種のアイデンティティとなっていた物が急に無くなるのは、女王であるラズーシャは耐え難いものであった。

 エルフの女王は責務としてエルフ達を導き、また世界樹から直々に実を貰い魔法を授かる事。その時には必ずフォレストドラゴンは世界樹の側にいたため良く覚えている。

 だからなのか聖樹国にある巨大な樹を一目見た時に、何故か懐かしさの様な哀愁が感じられた。


 そのままラズーシャ達は歩き続けると、大分形になりつつある城壁へと辿り着く。その周りには獣人達や木人にエルフ達も良く働いており、人海戦術にてかなりの速さで城壁が少しずつ広がっていく。そんな中エルフ達がこちらに気付きすぐにやってくる。


 「ラズーシャ様!お帰りなさいませ。ラスマータ王国でお勤めと聞いておりましたが、もうよろしいのですか?」


 「ああ…アガーシャか。その事だがすぐに情報が知れ渡るので言うが、ラスマータ王都に魔物が侵撃してきてな…なんとかヤエ殿に助けられ、リムーシャと共に逃げ出してきたのだ。その後の王都がどうなったまでかはわからん、無事だと良いのだが」


 「え!?そ、それって大丈夫なんでしょうか?」


 「魔物の勢力が拡大しているとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。大丈夫とは簡単には言えないが聖樹石にいれば大丈夫だろう」


 エルフ達との会話がどうやら獣人達にも聞こえたようで、辺り一体にどよめきが起きる。


 「みなさんお静かに。この国は主人の加護により守られていますので、他国より安全です。この国から出なければ問題はありません。さあ今日の仕事をしっかりこなし防備も固めて行きましょう。働かざる者食うべからずですよ」


 群衆の奥から、見たことのない者がパンパンと手を叩きながら、皆を説得し仕事につかせる。どうやら皆から信用されているのか、ほかの皆は眷属様が言うなら大丈夫だ、とまで話す声がこちらにまで聞こえてくる。

 ラズーシャはヤエのように、精霊には眷属がいる事を知っており、あまり見たことのない装束や鎧をきている事を知っていた。そしてこの鎧とヘルムを着た者は該当すると直感的に感じられた。


 「ラズーシャ殿、初めまして。偉大なる主人より秘色ひそくを頂いております、アーバレスと申します。聖樹国では執政官として、主人より任命されていますのでどうぞ宜しくお願いします。またヤエから情報は聞いておりますので、まずは落ち着けるエルフ地区までご案内します」


 アーバレスはそう言うと、ヤエに頷きそのままくるりと踵を返す。先程までのざわめきは収まり、一行は都市内へ向けゆっくりと歩いてゆく。目に見える範囲には、活力に溢れる獣人達やエルフ達が一生懸命に土木工事を行っていた。

 ラズーシャはそれがとても眩しく見え、それは今の自分には無いもので、抜け殻の様に腑抜けてしまった自分がとても惨めに思えた。魔法が使えなくても同胞は頑張っているのに、女王の責務を果たせなくなってしまったラズーシャはさらに心に影を落とすのであった。


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