第39話 本能の覚醒

 マガヤール要塞に向けた偵察隊の確認が取れないため、第一騎士団を待つために野営を行う。要塞には10000人もの兵隊が詰めていたのに、たったの2人の魔物にやられたと言うのだから、皆信じられない気持ちで一杯だった。さらに情報の中にはその魔物には魔法が効かなかったとまである。

 帝国側も、なんとかマガヤール要塞を奪還するために策を練っているようだがなかなか妙案は浮かばない様子だった。


 それから2日後の夕方に、第一騎士団が漸く伝令兵に案内され到着となるが、かなりの強行軍を強いたようで疲労困憊の様だ。だがゆっくりはしていられずに副団長をそのまま天幕内に案内し、これからの方針を話し合うのだがやはり第一騎士団副団長も、その話を信じられないようだ。


 「遅くなってしまい、申し訳ない。伝令兵からマガヤール要塞の事を聞き急いで行軍したのですが。しかしマガヤール要塞が崩壊したのは…本当なんですか?」


 「いや、十分早かったから心配しないでくれ。マガヤール要塞についても撤退してきた兵から直接聞いたから間違いないはずだが、信じられないのは同じく一緒だ。さらにそれを確証付ける根拠に、マガヤール要塞へ向けて10人規模の偵察兵が2日経っても帰って来ないのだ」


 「それは…普通ではありませんね」


 「ああ、だから第一騎士団を待っていたのだ。戦力の逐次投入は不味い、だが撤退は現時点では難しい。第一騎士団の疲労もあるだろうから、今日はここで野営をし明日全軍でマガヤール要塞へ進軍する予定なのだが、第一騎士団副団長であるサイザックにも意見を聞きたくてな」


 「基本的にサナリー様の方針で問題ありません。ただ、どうにもその2体の魔物が気になりますね…。精霊殿は何か魔物に心当たりは有りませんか?」


 急に話をこちらに振られるとは思わず少し動揺するが、城壁の高さを越える魔物なんて見た事もない。


 「ギガース級の巨人なら見た事はありますが、さすがに城壁を越える大きさの魔物は初めてです。ただ突然変異した個体種の可能性はあるかもしれません。竜魔の森には、魔族やドラゴンの死体はもう無いかもしれませんが、残滓等が作用した可能性もあるかもしれません」


 サナリーとサイザックはこちらの話を聞くと思案顔になる。3年前の竜魔大戦争から魔物は活発化していると聞いているため可能性はある。そのまま、会議は終わり休息を取り明日に全軍でマガヤール要塞に出陣する事になる。


 その後夕飯を食べ終え、辺りが暗くなる頃に天幕内にて休息していると、急にポポが険しい声で注意を促す。


 (大きな魔物が北から2体やってくる!)


 その言葉を聞き、すぐに天幕の外に出るとすぐにズシンズシンと軽い地響きの音が辺りに聞こえてくる。音の先からは兵隊達が、敵襲!と大きな声で叫んでいた。


 聖樹国の皆も他の天幕からすぐに出てきて臨戦態勢に入るが、その間にも足音は徐々に大きくなっていく。辺り一体は暗さもあり、少し見づらいのだが軽く見積もっても12mはありそうな体高に、赤色と青色をした2匹が意外と早い速度でこちらの方にやってきているのが遠くに見えた。


 「おいおい…。あれはさすがに無理だろ」


 さすがにあの巨大な魔物を見て、いつもの軽口を叩けないザルバローレは、驚愕の表情を浮かべており、いつも余裕がある木人達も緊迫感が出ているのを感じる。つまり生半可な相手では無いということだ。


 帝国軍はなんとか、防衛線を築こうとしているが2体の巨大な魔物の暴力に紙屑の様に吹き飛ばされていく。帝国軍も負けじと魔物に魔法を叩きつけていくのだが、ケロっとした様子を見てしまった周りの兵士達には恐怖が伝播していく。


 「ドレーク、エルジュは先行して魔物を偵察してきて、決して無理はせずに倒す事は二の次で良いから、周りが立て直せる時間が欲しい。ナギはここで一緒に待機」


 「「「御意」」」


 すぐにドレークとエルジュは音のする北へと走る。その間にこちらも少ないながら、木人と獣人達を集めるが帝国軍の様子から見ると歯が立たない可能性が高い。こちらの人数が集まり出した頃、サナリーがこちらへやってくる。


 「無事でしたか。魔物が急襲したようですが…ガナッド殿とサイザック殿は?」


 「ああ、なんとかな…。2人には指揮を取って貰っている。ただ状況はかなり不味い…あの巨大な魔物2体に防衛線を上手く張れずに突破されているため、じきにこちらへとやってこよう。そうなればやむを得ないが撤退も視野に入る」

 

 悔しそうに顔を歪めながらサナリーは前線の情報を教えてくれる。


 「こちらも、ドレークとエルジュを派遣しましたがかなり手強いかもしれません」


 嫌な緊張感があたりを支配し、口数が否応無しに減ってしまう。そのせいかより地響きの音が大きくなっている気がしてしまう。兵士達の阿鼻叫喚の声が薄暗い闇の中に木霊し、周りの兵士達は萎縮してしまっている。そんな最中眷属の木人であるナギから、ドレーク達前線の情報がはいる。


 「ドレークより、巨大魔物一体と交戦中で前線はほぼ崩壊しております。またもう一体の魔物が抜けたと報告がありました」


 「前線は崩壊、もう一体の魔物がこちらに来てるとなると撤退しかないか」


 (もう逃げられない距離まで来てる)


 サナリーはナギの報告にどうやら覚悟を決めた様で撤退を指示するのだが、時既に遅く抜けてきた巨大な魔物がすぐ近くにまで来ているのだった。最終防衛線まで凄い勢いで攻め、兵隊を弾き飛ばしていく。ポポの忠告も虚しく、巨大魔物と対峙する事になる。


 すぐに側に控えていたナギは飛び出し、身の丈ほどの両手剣を魔物の足に叩きこむが皮膚が硬いせいか弾かれてしまう。それでもあきらめずに、再度同じ場所に叩きこむがびくともしない。


 「撤退して下さい。こちらで殿をやりますので」


 「いやしかし…」


 認めたく無いサナリーをなんとか説得して撤退させる。殿は帝国軍でやろうとしたんだが、兵達は恐慌状態になっており難しい。なんとかナギの援護のために聖樹国の兵力を魔物に当てると、魔物の興味は急にこちらへと向きナギを無視し突進してくる。

 それだけで500人いた木人や獣人達は次々と吹き飛ばされていってしまう。あまりにも突然の事に身体は硬直してしまいあわやという所でナギがこちらを庇ってくれるのだが、魔物の勢いは止まらず吹き飛ばされてしまう。

 

 「ぐぅ」


 この世界に来て初めての痛み。ただ思ったよりは痛くはなく、ナギが庇ってくれたせいもあり軽傷で済んだが、庇ってくれた当の本人は地に伏したままピクリとも動かない。辺りを見回しても満足に動けるものはおらず、傭兵のザルバローレ、ムーラム隊長、ネイシャ、アライナはなんとか動けている位だ。さすがにこの状況は不味いとなんとか思考を巡らせていると、ポポから意味深な言葉が聞こえてくる。


 (もう怒った、解放する)


 ポポに何を解放するのと聞く前に、身体全身が急に熱を帯びていく。先程の魔物突進とは比べものにならない程の、肌が裂け身体の節々を粉々にされるような痛みに襲われ絶叫してしまう。


 「ぎぃやあああああああああア!」


 目の前が真っ赤になり、身体の感覚が麻痺していく。途切れ行く意識の中ポポが以前言っていた事を思い出す。人型に作り替えたが、身体はドラゴンへと戻ろうとしていると。もしこんな痛みを味わうのならドラゴンに戻るのは二度と御免だと、ポポに生きてたら言おうと思い意識を手放した。

 




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