第35話 危急存亡の秋

危急存亡ききゅうそんぼうとき:存立するか滅亡するかという、極めて重用な時期。


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 誰だって生きていれば、失敗の一つや二つあるだろう。取り返しの付かない事も有るかも知れない。しかし主役として参加する大事な調印式の日に、まさか国を揺るがす事になるだなんて、この時は全く予想だにしなかった。



 「ロールド=フレイフル陛下御来臨!」


 皇帝陛下が来場する旨を衛兵が高らかに声を上げる。


 待ちに待った調印式の開催だ。皇帝陛下の登場を待っているこの謁見の間は、まさに帝国の力を見せつけるかの如く豪華絢爛であった。壁は大理石で作られ、中の広さは1000人は入りそうな程で一体幾ら使って作られたのか気になる。

 今回は帝国が気を使って、本来の調印式とは違い大分簡略化されているそうで、こちらにかなり配慮してくれたそうで有難い。

 そしてすぐに皇帝陛下が来場すると、皇族や家臣も皆跪き頭を下げる。聖樹国側の人間は、自分以外は跪き頭を下げるみたいだが眷属の木人達は全く意に介さず直立不動だ。

 しかし、ここで皇帝陛下と初対面になる。

 なかなか覇気のある立ち姿で、こちらと目が合うと鷹のような鋭い眼光をしているなと思っていると─


 「ぶっ」


 先程目があった皇帝陛下が、吹き出してしまったようだ。まあ、こんな格好だから仕方ない─しかしそう思うのは浅はかだった。


 場には変な緊張感が漂い出し、昨日初対面を果たした第一騎士団団長アレスが電光石火の如く皇帝陛下の前に出てくる。

 

 「精樹国の皆様!どうか殺気を─」


 エルジュの拳により、最後まで言葉を紡げなかったアレスは、爆発音と共に大理石の壁に叩きつけられ動かなくなる。

 あまりの出来事に呆然していると、ドレークが静かに怒りを露わにしながら話し出す。


 「帝国人はどうやら偉大なる我が主人を馬鹿にしているようだ。ここまでされては我らも黙っている訳には行かぬ」


 その瞬間、静まり返っていた謁見の間が阿鼻叫喚の騒ぎになる。戦えないものはすぐに逃げ出し、衛兵や騎士は皇帝陛下を守ろうと一斉にこちらにやってき眷属達と戦い1人また1人薙ぎ倒されていく。


 「あっ!ちょっと待っ─」


 (やっちゃえ!みんなー。)


 なんとか暴れ狂う眷属達を止めようと指示を出そうとするのだが、世界樹のポポも珍しく怒っているみたいで油に火を注いでしまう。


 …どうしてこうなった?


 以前にも、初対面で吹き出された事は数回はあるのだけど、その時は殴り倒すとかは無かった。今回は調印式という大事な場面で、さらに吹き出したのが皇帝陛下だったからなのか。

 今となってはどうしようも無く、帝国側の人間は殆ど地に伏せてしまい、生きているかどうかも分からない。そして残っているのは皇帝陛下と第三皇女のサナリー、ガナッド中佐の3人だけとなる。

 こんな事になってしまったら、調印式所か敵対関係になってしまう。先程逃げ出した帝国人はすぐにこの事を国内中に知らせるだろう。


 「貴様ら蛆虫は我が主人の御慈悲により生かされた、もちろん次は無いぞ?─では、別室で待機している者達を回収し帰りましょう」


 こちらの焦る気持ちとは裏腹に、ドレークは戦々恐々としている3人に忠告をすると、遠足から帰る位の軽い気持ちでこちらに話す。エルジュや、ナギも先程の怒りは何処へ行ったのか、余裕綽々としている。


 (すっきりした)


 どうやらポポも満足したみたいだが、こっちはこの惨状を見て恐ろしくてたまらない、ドレークに至っては、皇帝陛下を蛆虫と呼んだのだからこれは戦争待った無しだ…。

 

 そしてこちらを黙って見送る3人とは分かれ、別室に待機していたみんなもどうやら無事だった。周りがドタバタとしていたから、怪しがっていたそうだ。だけど事の顛末を説明すると、驚天動地の有様になる。友好関係を築きに来たのに、帰りは敵対して帰るとは聖樹国の外交成果は見るも無惨である。

 だがやってしまった事は仕方ない、帝都には第一騎士団20000人、第七騎士団8000人が待機しているためすぐにでも逃げなければ追い詰められてしまう。

 

 「取り敢えず逃げながら、帰り道をどうするかだね。第七騎士団はマガヤール要塞に行く予定だけど、こんな状況じゃどうなるか分からない。だからここから西北に向かってシーアルバ経由で帰るのが無難らしいんだけど、どうだろう?ロズライ連合に行くと、聖樹国から遠ざかってしまうし」


 「シーアルバ経由なら私知ってるんですが本当に帝国と敵対しちゃったんですか…?」


 冒険者のアライナは現場を見ていなかったためまだ信じられない様だ。だがそんなアライナの発言に珍しくドレークが答える。


 「こちらに唾を吐いておきながら、穏便に済むのは道理が通りますまい。少なくても現皇帝を隠居させ、新たな皇帝が聖樹国に謝罪をしに来なければ話にもなりません」


 ドレークの言葉にエルジュ、ナギ、ネイシャ、ムーラム隊長は頷くがザルバローレとアライナは絶句している。


 「いやしかしだな…、相手は帝国だぞ?大軍で攻められたらさすがに守りきれないんじゃないか?」


 「それは有り得ません。背後にはロズライ連合国、前には魔物。とてもこちらに戦力を回す事は出来ませんな」


 ザルバローレの反論を論破するドレーク。ただ、こちらは帝国と手を組む算段でいた為今回のことで水の泡になってしまい、大きく方針を転換しなければならなくなった。

 国同士の直接的な関わり合いが無いものの商人同士の行き来があるシーアルバ位しか現状選択肢が無い。

 時間も惜しい為走って城の外へ脱出しようと通路を抜けるが兵隊や他の帝国人とは遭遇せずに、無事出口に辿り着く。


 しかし既にそこには城を包囲する数多あまたの兵隊で埋め尽くされていた。

 

 「どうやら通行止めみたいだな」


 傭兵のザルバローレは軽口を叩いてはいるが、こちらの人数は8人に対してあちらは何千人といるに違いないこの状況は既に詰みに近いと言える。

 

 暫く、睨み合いが続いたが帝国の軍勢から昨日出会った第一騎士団の副団長が護衛の兵士と共に、こちらへゆっくりと歩み声が届く範囲まで来ると詰問される。


 「城の中に居らっしゃった皇帝陛下、サナリー様を殺したのか!?」


 「いや、生きていらっしゃるよ。後ガナッド中佐もね、他の方も治療を早くすれば助かると思うんだ。だからお互いのために兵を引いて欲しいんだ、でないとここから動けないからね。ただし…こちらを攻撃してきたら帝都に2度と住めなくなるよ」


 眷属達に喋らせると蛆虫と言う言葉が出るといけない為こちらで対応するが、帝国はやはりお怒りのご様子だ。こちらもこうなった以上下手に出られないので、精一杯のハッタリを見せ相手に疑心を生み出す様に持っていく。

 だが、こちらがすぐに攻撃してこないとわかると軍勢の中からより権威のある第一皇子が護衛と共に出てくる。


 「精霊殿、こんな事になってしまい遺憾千万いかんせんばんの思いではあるが、皇帝陛下やサナリーが生きているのであれば、まだ交渉の余地がある。だからその確認まで大人しくしてほしい。こちらも出来れば聖樹国とは争いたくはないのだ」


 どうやら第一皇子はこの現状でも、かなり理性的な様でなんとか平和的解決を目指してくれている様だ。こちらとしても穏便に出来るならその方が都合が良いので、城から離れようとするが思いがけ無い声がこちらに聞こえてくる。


 「その必要はない」


 

 


 

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