第32話 青い時間の果てに

 まだ草木も眠る丑三つ時午前2時頃、ラスマータ王都に軟禁されているエルフの女王ラズーシャは眠ることもできずに、部屋の中を右往左往していた。それも仕方のない事で、数時間前に侍女のリムーシャから突然聞かされたのは、魔物がこの王都を取り囲もうとしていると聞いたからだ。いつもは静かに眠れるこの王城でも、城下町の喧騒がここまで聞こえて来る。何やら、ラスマータ王都に避難している獣人達がラスマータ国民との不和があり、衝突しているようだ。

 しかし軟禁されているこの現状では情報もなかなか入って来ないため頼りになるのはリムーシャしかいない、しかし彼女は出ていったきりなかなか帰って来ることはなかった。


 ラズーシャは居ても立っても居られずに、中が白く曇った両戸ガラスを開け、バルコニーへ出て外の様子を伺う。時間も時間のため外は暗闇に包まれているが、篝火がたかれている場所はほんのりとここからでも見る事が出来た。ただ喧騒の声が響いてる以上の情報は掴めない。

 一度部屋の中に帰ろうと踵を返した時、北の方角から爆発音がここまで鳴り響く。ラズーシャは驚くと同時にすぐに音の方角へ振り向くと、先程は誰もいなかった所に薄らと薄い緑色の服を着た何者かが、侍女のリムーシャを肩に担いでいた。

 ラズーシャは驚きのあまり時が止まったように動く事が出来ず、相手の顔をじっと見るが頭巾を被っており表情は見えない。曲者なのは間違いないが、殺意や敵対心は感じられない。 

 見ることしかできずに固まっていると、曲者から声をかけられる。


 「急に驚かせてしまいすいません。私はとある偉大な主君に仕えているヤエと申します。ここ王都に潜伏しておりましたが、状況が逼迫したためこうしてラズーシャ殿を助けに参りました」


 どうやら目の前にいる曲者は女の声をしており、助けに来たとまで言う。ラズーシャは緊張のあまり、カラカラに乾いた喉がへばり付き上手く声を出せない中、なんとか声を振り絞る。

 

 「助けに来た?俄には信じられないが、侍女はどうして担がれている?」


 「放っておいたら死んでましたので、仕方なく回収しました。暴れられると困るので今は眠って貰ってます、状況は今まさに魔物が北の城門から侵撃しており、一刻一秒争う状態ですので」


 魔物の侵撃と聞きラズーシャは、心臓の鼓動が跳ね上がるのを抑えきれなかった。先ほどの爆発音が魔物からの攻撃とだとしたら、状況は最悪と言える。


 「な、なるほど。貴女がここまで音もなく来た事から相当な手練れなのは分かった。しかし、この最悪な状況から逃れるのか?そしてここから逃げれたとしても、次は何処に逃げればいいのだ?」


 こちらの質問に、少し考える仕草を見せ幾許いくばくかの後に女は沈黙を破る。


 「ここから逃げるのは容易い事です。逃げ先は勿論聖樹国へ参りましょう」


 ラズーシャは聖樹国と聞き、安堵した。エルフの国から聖樹国になった事は聞いていたが、軟禁されていたため最低限の情報しか知らされていなかった。もちろんラズーシャに金貨50000枚が課せられていた事も知る由も無かった。






◇◇◇






 (ぺぺ起きて)


 頭の中に直接声が染み込んでゆき、深い微睡から、一息に意識が覚醒する。何やら夢を見ていた様な曖昧な記憶が砂のように散らばっていく。少し呆けていると、ドアの方からノックされ入室の許可を出すとドレーク、エルジュ、ナギが入ってくる。


 「主人よ夜明け前に申し訳ありません。ヤエから新しい情報が入ってまいりました。数刻前にラスマータ王都に魔物が侵撃し、これを察知したヤエはすぐにエルフの女王と侍女を連れ王都から脱出しました。その後は、今も聖樹国へ向かっているそうです」


 「混乱の最中とはいえ、魔物が王都に侵撃して来るのは予想よりかなり早かったね」


 「どうやら、王都内にいた獣人達が色々と悪さをしていた様で兵隊が上手く機能しなかったと」


 うーん、獣人達も飢えているから仕方ないのかも知れないが、非常に不味い。数刻前の話という事だから今も戦っているのか、もしくは陥落しているのか…。魔物の数が少なければまだ王都に希望があるかもしれないが、今は憶測の域を出ない。


 「そうなっては仕方ないね。ここで嘆いていても状況は良くならない。ネイシャやザルバローレは勿論、ガナッド殿にも後で伝えよう」


 ドレーク達の報告も聞き終わり一旦解散とした後は、二度寝をする事なく外の様子を見る。

 まだ日の出も出ておらず、空が濃い青色に染まっており、また空気が澄んでいる事もあり青い光で包まれたような幻想的な情景が見られた。

 いつもだったら、綺麗な景色を見れて気分も上がるのだけど先ほどの報告で、気分はブルーになってしまうのだった。

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