第25話 閑話 雌伏の時
「うっ…」
リーヴァルの意識が覚醒と同時に、石畳の部屋にこべり付いた死臭が鼻につき、思わず顔を歪めてしまう。
「生きている…か」
部屋に満ちた死臭に慣れてきた頃、自分の置かれている状況を確認する。
右肘から指先まで氷漬けにされており、ジンジンとした痛みがあるものの、見た目に反して
魔王であるリーヴァルは、囚われの身になってからは嘘のように冷静であった。
アイスドラゴンとの戦闘時は、信じられない位頭に血が上り、我を忘れるくらいであったのだが。
生まれて此の方、負け知らずであったがアイスドラゴンに土を付けられてしまう。
侮りがあった事は間違いない。竜魔の森にいたドラゴンは、大した強さは持っていなかった。
だがアイスドラゴンは、強さのほかに地の利もあった。
それに世界が滅びるとも言っていたが…。
「馬鹿な」
思わずリーヴァルの口からは愚痴が出る。だがもしこれが本当だった場合は?
「……」
世界樹はドラゴンが大切にしていると、四天王からの報告でしか聞いてなかった。
まさかそんな事はあり得ないと、
だがアイスドラゴンに復讐を果たす為にもう一度挑まなければならない。やられたら10倍にして返さなければ自分の
だが今この現状では到底無理である。
弱肉強食の魔族の世界では、相手に隙が有れば蹴落とすなんてことは日常茶飯事であるし、推測の域しか出ないが大雪崩に巻き込まれたリーヴァルを、見捨てれば良いものをわざわざ助けてくれたのだから、感謝しても良い位だ。
それにこんな事をするやつは、見当が付いている。四天王の2人は死に、残る2人のどちらかだが間違いなく、千里眼のシーザスだろう。
大雪崩の中に飲み込まれ、その中から見つけるだなんて奴にしか出来ない。
石畳の部屋は灯りが無く、薄暗かったのだが目が慣れてくる頃にコツコツと誰かが歩いて来る音が聞こえだす。
「御気分はいかがですか?魔王様」
「まあ悪くない、部屋がもっと綺麗ならなお良かったんだが。わざわざ助けてくれたんだろ?シーザス」
鉄格子の先には男がおり、神経質そうな顔をして眼鏡をかけていた。
「取り引きをと思いまして。ついこの間、ドラゴン達との大戦争で魔族は大打撃を食らいました。まあそれ以上に倒しましたが、残りの戦力は残念ながら3割程しか残っておりません。大雪崩の影響がかなり強かったのですが、まあ今は関係ありません。長年の敵であるドラゴンは、アイスドラゴンのみになりました。ただ魔王様とアイスドラゴンが話をしている中で、どうにも信じられない事がありました」
なるほど、千里眼と言われているだけで無くどうやらアイスドラゴンとの話の内容も分かるとは余程耳も良いものをもっているのか。
「世界が滅びるか?」
「ええ、そこです。俄かには信じられません。ただ世界樹の事をこちらが知らなかったのも事実。ですので魔王様には、魔王を辞めて貰いアイスドラゴンに世界が本当に滅びるのか問いただして貰えませんか?」
「ふはははは、そんな事で良いのか?」
シーザスはリーヴァルを
要するに魔王の玉座を開け渡せと言っている訳だが、それをリーヴァルは簡単に渡すと言うのだから信じられる訳がない。
「何をお考えで?」
「オレはな、お前に感謝しているんだ。本当は死ぬ運命だったのに、それを生かしてアイスドラゴンに復讐までさせてくれるなんて、魔王の椅子位安いもんだ」
魔王という称号に全く未練がないという訳ではないが、それ以上に自分の矜持を守れない方が自分でいられなくなってしまう。つまり死んだ方がマシなのだ。
「むしろアイスドラゴンを倒す為に強くなるには魔王なんて言う称号は不要だ。世界が滅びる事もオレも気になっていたからな」
「然様…で」
シーザスはまだ信じきれていないのか、こちらを怪しんでいるようだ。
「お前がオレをずっと見ていれば良い、だろ?」
シーザスは少し沈黙していたが、自分の考えが纏まったのか施錠されている牢屋の鍵を開ける。
「手錠と足の鍵は?」
「まだ完全には信用できませんので…。牢屋から出たら魔族領からすぐに出て行って下さい。でないと…殺します。手錠や足の鉄球は魔族領以外で解除して下さい」
鋭い眼光でこちらを射抜きながら、シーザスは言う。
「わかった、わかったよ」
右腕は氷漬けで使えない、左手も魔法封じのバングルがはめられ手錠もされている。足には大きな鉄球付きの足枷もはめられているが、リーヴァルは意気揚々と牢屋を出る。
だがさすがに、こんな状態ではアイスドラゴンに会う前に凍死してしまう。
まずは、竜魔の森を抜けて人族の国に行かなくては。
大きな鉄球を左手で上手く抱えリーヴァルは牢屋を出る。
「助けてくれてありがとよ、じゃあな」
シーザスは何も言わずにリーヴァルの後ろを見送るのだった。
◇◇
4年後、リーヴァルは生きていた。
ドワーフの国ダイアースで、英雄として祭りあげられながら。これから先、アイスドラゴンと戦う為により強くなる為に。
だがその八面六臂の大活躍のおかけで、相容れない縁が繋がってしまうのだが、まだこの時は知る由も無かった。
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