【KAC2024】巻き戻し探偵神宮寺那由多は巻き戻す 隣席の女

白鷺雨月

第1話隣席の女

その日、神宮寺那由多は不機嫌だった。

朝から人指し指に違和感があり、何とはなしにみるとささくれができていたのだ。

ちくちくと痛む。

ほんのわずかだけど血がにじんでいる。


こんなときには食事に出掛けるにかぎる。

那由多は愛用の竜の刺繍の入ったスカジャンをはおり、事務所を後にする。

時刻は夜の七時になっていた。

日は沈んでいるが、ネオン街は明るい。

いかがわしい店が立ち並ぶ商店街を抜けると那由多が目指す店がある。


そこはいわゆる町中華の店であった。

店の名前は蓬莱閣という。

三十年前に台湾から日本に移り住んだ女店長がきりもりしている。


店に入ると独特の油の匂いがする。

床がぬるっとしているような気が那由多はした。

一番奥のカウンター席に座り、那由多は注文する。

「青椒肉絲、麻婆豆腐、鳥の唐揚、天津飯、レバニラ炒め、餃子二人前、あっあとエビチリもお願い」

那由多は顔見知りの店長である李明鈴にそう注文する。


「あいよっ!!」

威勢のいい返事が帰ってきた。

那由多の前に次々と料理が並べられる。

そう、彼女はとんでもない大食いなのだ。

並べられた料理があっと言う間に那由多の胃袋に納められていく。


「那由多ちゃん、いつみてもいい食べっぷりだね」

うれしそうに蓬莱閣の女店長は言う。

「明鈴さんの腕がいいから、箸がとまらないよ」

そう言い、那由多は餃子をパクパクと平らげる。


「お姉さん、よく食べるね」

いつの間にか那由多の隣に二十代後半ぐらいの黒髪の女性が座っていた。

搾菜と皮蛋をつまみにチューハイを飲んでいる。

ちなみに那由多は酒が飲めない。

スカジャンに宿った竜が前の世界で酔いつぶれていたところを討たれたからだ。

そして那由多が大食いなのはその竜にエネルギーを分け与えるためだ。

竜にエネルギーを与え、その代わりに那由多は不思議な能力を使うことができる。


「そうだね、腹八分というし今日はこれくらいかな」

那由多は隣に座る女客にそう言った。

「それで腹八分なんだ。豪気だねえ」

アルコールで頬を赤くしたその女客は言った。

「私は羽鳥はとり絵里えりっていうの。吸血鬼なのよ」

ふふっと微笑み、その女客は言った。

那由多はその女客は酔っているのだろうと思った。

「私は神宮寺那由多。探偵さ」

神宮寺那由多は言った。

「へえー探偵さんなのね。かっこいいわね」

羽鳥絵里は言った。

「そんなことないですよ。アニメやドラマみたいなかっこよくはありませんよ」

そう言い、那由多は飲み物のように天津飯を流し込む。


「あら那由多さん、指怪我してるの」

うっすらと赤くにじむ那由多の人差し指を羽鳥絵里は見つめている。

「ええ、今朝から痛むんですよね」

那由多は答える。

「じゃあ、お姉さんがおまじないしてあげるわね」

そう言った直後、羽鳥絵里は那由多の指をぱくりとくわえた。チューチューと吸いだす。

那由多の指から痛みが消え、えもいわれぬ快感が体を駆け抜ける。


「ふーご馳走さま、那由多さん」

羽鳥絵里が口を離すと指の傷はすっかり消えていた。

不思議なこともあるものだと那由多は思った。

何気なく那由多は羽鳥絵里の口元を見た。

その口にはひときわ目立つ犬歯がふたつにょきりと生えていた。

この店には壁に姿見の鏡がかけられている。

その鏡を見ると那由多しか写っていなかった。

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