式神さん気を付けて

船越麻央

 式神VSアクロバティックサラサラ

「えっ! えええ! ケ、ケッコン⁉ が、学生結婚⁉ 峯雲ゴメンもう一回言ってくれる?」 

「だから言ってるでしょ、わたし学生結婚するの。どう北風、うらやましい?」


 うらやましいも何も信じられん。いま僕の目の前にいる峯雲深雪が学生結婚すると宣言している。


「いますぐというワケじゃなくて、わたし達が専門課程に進んでからだけどね」

「それで相手のヤツは栄応大学医学部の学生だってことか」 


 申し遅れたが、僕は北風響、東京産業大学、略してトーサン大に入学したばかりの一年生。それで学生結婚するとのたまってるのが、峯雲深雪。高校時代のクラスメイトで若百合女子大学の一年生。相変わらずボーイッシュな女子だ。話があると呼び出されたのだが、まさかこんなトンデモナイことを言いだすとは。


「北風には冬月時雨さんがいるし……それにわたしだって選ぶ権利があるし……」

「……な、何を言って……そんなことより……峯雲いいのかよ、好きなヤツがいるんじゃなかったのか?」

「……バカ……北風のバカ! と、とにかくわたし婚約したの。おぼえといて。それと……その、えーと、ふ、冬月さんとはどうなの? うまくいってるの?」


 深雪は痛いところを突いてきた。白金学院大学の冬月時雨さんとは……今のところ友達以上恋人未満の関係だ。僕と彼女を結びつけようと、いろいろチョッカイを出してくる式神がいるのだが……しかしなんで深雪が僕らのことを心配するんだ?


「冬月さんとは……いずれハッピーエンドになるらしいよ」

 僕はまるで他人事のような発言をした。ホントにどうなるのか僕にも分からないんだから。ただラブコメでは圧倒的にハッピーエンドが多いらしい。でも深雪は納得していないようだった。


 そして峯雲深雪と別れての帰り道。僕の心中はフクザツだった。あの深雪が学生結婚するだと? しかも相手は医者のタマゴ。それにしてはあまりうれしそうではなかったような。僕の思い過ごしならいいのだけれど。


 僕がトボトボと歩いていると、周囲が急に暗くなったような気がした。あれ? まだそんな時間じゃないはずだが。そういえば周りに誰もいないしクルマも動いていない。


 その時、僕の前方に女性がひとり立っているのが見えた。真っ赤な服に赤い帽子、異様に高長身で長くサラサラした黒髪……アレ? 裸足みたいだ。


 突然その赤い服の女性はピョーンとジャンプして飛び上がり、近くのクルマの屋根に着地した。そしてすぐに再び軽々と飛び上がって今度は僕のすぐ前に降り立った。


 身長2メートルぐらいあろうか。左腕には多くの切り傷、口が大きく、眼窩には眼球がなく黒く染まっている。女性は立ちすくんでいる僕に近づいて来た。


 その時である。もう一人僕の前に立ちはだかるように男が現れた。長身瘦躯、黒髪に青白い顔、黒いスーツに黒ネクタイ。その瞳はなぜか燃えるように赤い。

 ムラサキシキブ! 【紫式部】ではなく【村崎式部】だ。僕と冬月時雨さんを結びつけるために派遣されている式神である。


「おいこら、アクロバティックサラサラ! 悪さはやめとけ」村崎式部が叫んだ。


 は? なに? アクロ……がなんだって?


 村崎式部はいつの間にか大きな鎌を持っていた。死神のイラストによく描かれている大鎌だ。彼はその大鎌でアクロバティックサラサラとやらに襲い掛かった。しかし彼女は軽々とジャンプしてかわし飛びのいた。そして目にもとまらぬスピードで動き回る。

 村崎式部も懸命に大鎌を振り回すがいかんせん速さが違いすぎる。そしてアクロバティックサラサラの長い黒髪がどんどん伸びて大鎌に絡みついた。


 あざ笑うかのように大きく口を開けるアクロバティックサラサラ! 村崎式部の大鎌は髪に絡みつかれて無力化されている。これってひょっとしたらピンチ?


 その時……突然大鎌に絡みついた髪がバッサリと斬られた。もう一人助っ人が出て来たようだ。和服姿の男性が日本刀でアクロバティックサラサラの長い黒髪を一刀両断したのだ。さらに斬りかかる助っ人男性。村崎式部も自由になった大鎌で立ち向かう。


 これにはさすがのアクロバティックサラサラも参ったようだ。髪を斬られて魔力を失ったらしく青白い炎に包まれて消えていった。周囲が明るくなり喧噪が戻った。


「まったく危なかったなあ。おれが来なければやられていたぞ。アクロバティックサラサラ恐るべし」

 和服姿の男性は村崎式部にむかって言った。

「いや、面目ない。瀬井少納言の助けを借りるとはなあ、ハハハ」


 え? なんだって? こんどはセイショウナゴンだと? たしか枕草子だっけ?


「やあ北風響くん、おれは【瀬井少納言】。【清少納言】ではないぞ。コイツとは式神仲間だ。もっともおれは元死神ではないがね。アブナイから助太刀に行けと言われて来てやったんだ。感謝しろよ」

「フン、まあそういう事だ。北風クン無事でなによりだが、気を付けてくれ。心にスキが生まれるとああいうのがやって来るんだ。もう二度と現れないだろうが」


 【村崎式部】に【瀬井少納言】、二人とも天霧吹雪先生の式神と言うことか。それにしてもここはラブコメのはずなのに、なんだってあんな妖怪が出てくるんだ? ホラーと間違ってないか? 不適切にもほどがあるよ。でも気を付けるに越したことはない。峯雲深雪の結婚話にチョット動揺したからなあ。


 二人の式神は何やら口喧嘩しながら去って行った。村崎式部と瀬井少納言、仲が良いのか悪いのかよくわからない。


「そういうわけで、冬月さん、峯雲深雪が学生結婚するらしい。ホントにビックリだよね。冬月さんを結婚式に呼びたいって言ってたけど」

「……そう……峯雲さんが……学生結婚……」


 冬月時雨さんはフクザツな表情を浮かべていた。


 僕と冬月時雨さんの物語。妙な飛び入り参加がこれからもあるかもしれない。ハッピーエンドまでの道のりは険しそうだ……。




 


 

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