人間がいた惑星

ジャック(JTW)

『獣』の肉声


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

  

 遥か彼方かなた、遠い銀河のどなたかに

 このメッセージが届いているのなら


 どうか私の問いに答えて欲しい


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

 

 私は、ムスカリと呼ばれる小さな惑星から

 このメッセージを無作為に送信している


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

 

 過去に起こった大いなる争いによって

 私達の文明は大幅に後退した


 穴蔵に住み

 獣を狩って暮らしている


 操る言葉も最小限のものになり

 様々な娯楽は衰退した


 このままでは私達はそう遠くない将来に

 単なる『獣』になるだろう


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...  


 私の妻はアイリーンという名の美しく聡明な女性だった

 だが彼女は変わってしまった


 獣の肉を作法も忘れて貪り

 よだれを垂れ流した


 私は脳医学の権威と呼ばれている医者だった

 MRIもない状況なので確実なことは言えないが


 彼女を始めとする発症者には

 脳の萎縮によると思われる症状が見られた


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ... 


 恐らく原因は大いなる戦に使われた兵器だ

 その兵器は目に見えない毒を

 そこら中に撒き散らし

 ゆっくりと細胞を壊し変異させていく


 その変異した細胞はゆっくりとじわじわと

 人間の体を蝕み

 やがては人格すら

 私達から奪ってしまう


 愛する人の顔すら分からなくなり凶暴化して人を襲う


 そしてそうなってしまったかつての同胞は

 私達のコロニーではすぐに処分される


 彼等は『獣』になってしまったのだから


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ... 


 私はコロニーでたった一人

 救いを求めて


 いや、ひと時の気休めを求めて

 症状を緩和する薬を発明しようともがいていた


 そうして私はいつしか

 コロニーの小さな希望となった

 私の足掻きを、皆が応援してくれるようになったのだ


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

 

 やがて私はコロニーの長となり

 コロニーの恵みは私の為に使われるようになった


「全てはこの地獄からの解放の為に」


 それがコロニーの合言葉となった


 しかし救いの薬は開発できなかった

 物資も機材も何もかも足りない状況で

 薬効のある物質など見つかるはずもなかった


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 すがるような目付きで私を見るコロニーの民のために

 私にできたことは


『救いの薬は必ず完成する』


 そう嘘をつくことだった

 私は偽りの救世主となった


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

 

 私の生活は豊かになった

 食べ物は優先的に私に与えられ

 この世界唯一の娯楽と言っていい行為も

 相手に事欠かなくなった


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ... 


 やがて私は薬の開発など忘れ

 ただひたすらに自堕落に生きるようになった


 そうとても楽しい日々だった

 崩壊の日が来るまでは


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 私のコロニーは救いのコロニーと呼ばれ

 長い時の間に人々が集まり人数が膨れ上がっていく


 そうなれば救いの薬を求める声は

 とてつもなく高まっていく


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 私は救いの薬など持たない

 開発すらとうに諦めていたのだから

 それを周りの人間に知られることをひどく恐れた


 誰も彼もが私を疑っている

 そう思った私は、一体何をしたのだと思うか?


 そう君の想像通り

 私は非道を尽くした

 

 なんせ、私が誰かを『獣』だとみなすだけで

 全て片付くのだから


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 『獣』は数を減らしていき

 そして誰もいなくなった

 

 最後の男は私が手を下したんだがね


  ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

 

 最早、この惑星には、私と

 私の愛したアイリーンだった『獣』しかいないのだよ


 なんというユートピアだ


  ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

  

 私はいつから平気で『獣』を処分することができるようになったのか


 もう私には何も分からない


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ... 


 私はこのメッセージを送り終わった後

 アイリーンの檻を開けて彼女を自由にしようと思う


 そうすれば私は無事では居られないだろうがね


 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 この言葉を聞いている君は

 きっとこの惑星に関わりのない汚染されていない人間なのだろう


 さて、長い話もそろそろ終わりだ

 最後にひとつ、君に質問がある

 

 ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...


 どうか、教えてくれないか


 本当に『けだもの』だったのは

 いったい いったい 誰だったのかを


  ... --- ... ... --- ... ... --- ... ... --- ...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間がいた惑星 ジャック(JTW) @JackTheWriter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説