23 軍三さんと和三郎と生意気なヤツ

「頼子……」

軍三さんの娘の頼子ちゃんは早くに亡くなっている。軍三さんと同じ病気だった。若かったため、病気の進行が早かった。確実な治療法は確立されておらず、進行を遅らせるしか方法がなかった。


「そう。娘の頼子ちゃん。彼女も阿弥陀如来を召喚んだのか?」

暫く何か思い出すような表情浮かべた軍三さんが口を開く。

「……そうか……。

あれはそういう事だったのか」

軍三さんは得心がいったという表情を浮かべていた。

「娘を亡くしたあまりの悲しみが原因で見せられた幻だと思っていたよ」

「何がやってきた?」

「……くま」

「え?」

「クマだよ。クマのぬいぐるみ。

頭と耳がでかくて、ちょっと生意気な顔のテディベア。

そいつらがわんさか現れた」


俺も大好きなチーキーベアだ。

娘の頼子が死んだ後。自宅で通夜を行った真夜中。がさごそと布がこすれる音が外から聞こえてきたそうだ。しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。

その時はまだ奥さんも健在で、奥さんが応対に出た。

「ひいいいいいっ」

奥さんの変な叫び声に、慌てて玄関に向かった。


「人間と同じ大きさの、そのう…チーキーベアだっけ? そいつが一匹。その足元に数えきれないくらいのチーキーベアがわらわらといたんだよ」

大きなチーキーベアはしずしずと家の中に入ってくると、腰を抜かして倒れていた奥さんを抱き上げて立たせると、そのまま娘が安置されてる客間へと向かっていく。その後から小さなベア達が後を追うように客間を目指して進んでいく。

「なんだろうねえ。不思議なんだが、異様なことが起きているのに、俺は全く怖くなかったんだよ」

軍三さんと奥さんは、チーキーベアの後を追って、客間へ辿り着いた。


枕元に立ち、大きなチーキーベアは頼子の顔を覗き込んでいた。布団の周りは小さなベアが埋め尽くしていた。全員無言でそれでもがさごそ音を立てながら、祈っているように見えた。


「すると頼子がむくりと起き上がった」

「さっきのあんたと同じだな」

「ああ。眠そうに見えた頼子が耳の穴の綿を引き抜いて、それから鼻の穴に指を突っ込んで、綿を取り出したんだ。『息が詰まったー』と大きく深呼吸していたよ」

病魔に蝕まれて衰弱していたはずの身体は、一番健康だった時の姿に戻っていた。

すると大きなチーキーベアは頼子を抱き上げて、胸に抱えた。


「俺と嫁さんにお辞儀するんだ、クマのぬいぐるみがさ」

そのままクマたちは玄関へ向かっていく。慌てて後を追う。

「よ、頼子をどうするつもりだ?」

ようやく言えたのはそんな言葉だったそうだ。

大きなクマは軍三さんの方を振り返った。抱きかかえられた頼子が口を開いた。


「迎えに来てもらっちゃった。お父さん、お母さん、先に行っちゃうけど、ごめんね」


頼子さんはそれだけ言うとにっこり笑って手を振った。

つられた軍三と奥さんも手を振る。

すると小さなクマたちは知らないうちに手に手に楽器を持っていて、聴いたことのあるような無いような行進曲を演奏し始めた。


じゃっじゃっじゃっとリズミカルに行進しながら、頼子ちゃんとクマたちは去っていく。


そのまま玄関を出ていったという。


「すぐに外へ出たんだけど、もうどこにもクマたちはいなかったよ。

クマたち召喚んだ頼子の魂ってどこに行ったのかねえ?」

「さあね。頼子ちゃんが望んだ世界に召されたんじゃないか」

そう答えながら和三郎は、アカシックレコード? 集団無意識?などぐるぐると推論を巡らせる。アブダクション対象者が一瞬蘇生するのは幸いだった。

「軍三さんもクマ呼べば、頼子ちゃんのとこ行けるんじゃないの?」

教祖の心に迷いが生じる。

「今は阿弥陀如来の姿だけど、軍三さんの心の持ちようで、いくらでも姿が変わるんじゃないかな」

和三郎は教祖・取手軍三の頭に、無理矢理チーキーベアーをねじ込もうとしていた。


その瞬間、菩薩達の姿が奇妙に歪み、クマのようなモノへと変貌し始める。

耳と頭が大きくて生意気そうなクマのぬいぐるみ。

御仏アブダクションは仏様が何かの目的で現世に顕現したものではない、死の間際の人間たちが強く強く望んだもの。その強い想いに呼応して現れる。

じゃあ、その大元はいったい何なんだろう?連れ去られた人々はどこへ行ったのだろうか?


軍三さんの想いが揺らいだ瞬間、阿弥陀如来も影響を受けていた。

阿弥陀如来の御姿がブレはじめ、巨大なチーキーベアに変容し始めた。

それを視認した和三郎が

軍三さん、すまんいけっヒルヒル!

和三郎の声にヒルヒルが呼応する。

両脚からのジェット的噴射で一直線に超加速した。

変容途中のアレに肉薄する。

「いっぺん、死にさらせぇっ!」

阿弥陀←→チーキーどっちつかず状態のアレは、ヒルヒルの体当たりからの、怒涛の連打をぶち込まれた。

阿弥陀だったものは粉砕された。


「軍三っ!」

是政の叫び声が、軍三さんを我に返らせた。ブレブレだった菩薩達がきちんと菩薩の姿に戻り、爆散した阿弥陀如来は落下しながら融合復活を始めていた。

軍三さんの認識が再び阿弥陀如来の世界線へと戻っていく。


「軍三さん、ごめんっ! 本当にごめんっ!」

和三郎が軍三さんの気持ちをいじくったことを謝った。

召喚んだ人間の認識をいじれば、召喚んだアレはいろいろと変化する。うまく使えば倒しきることは可能かもしれない。

でもなあ、仕事だから頑張るけど、あんまり積極的に事件には関わりたくないな。それは召喚んだ人間の召喚んだ理由にもよるかなあ。今回は仕方がないか。

和三郎は紙巻き煙草を取り出し火を着けた。大きく煙を肺まで吸い込む。


ぷふぃー。

「あいけね、敷地内も禁煙だっけ?」

「構わんよ。

一瞬だけどクマの世界が見えたよ。

強く望めば頼子が行ったクマの世界にも行けるんだな。娘にも会いたいなあぁ。

でもね。うちのカミさんは荼毘に付しちゃったからさ。

やっぱり俺が行くのは西方浄土の方なんだ」


阿弥陀如来と二十五菩薩が乗ってきた雲がロータリーに降りてきた。

中央には復活途上でちんちくりんな阿弥陀如来が鎮座ましましている。

晴れ晴れとした顔の軍三さんが雲に乗り込む。その後から菩薩達も乗り込んでいく。


菩薩達は激しく音楽を掻き鳴らそうとした。

「ストップ! 帰る時くらいも少ししっとりした曲にしろよ」

和三郎が声をかける。

しばしの間の後、菩薩達は演奏を始めた。

雲がフワリと浮き上がる。

ちんちくりんでまるで5頭身のスーパーマリオネーションな阿弥陀如来が、それまでは何か見下すような感じだったが、今回は和三郎をきちんと視界に捉えたようだ。

おもむろに阿弥陀如来は右手中指をおっ立てる、アメリカ、最近は日本でもモザイク掛かっちゃうあのポーズをとった。


びしっ!

和三郎も同じポーズで応える。

「今度会ったら、ただじゃ置かねえからな」

耳の穴から指突っ込んで、奥歯ガータガタ言わせたろうかっ!

餡掛けの時次郎の如く、和三郎はつぶやいた。

「こっちが正解。ケツの方は誰だっけ? 細川ふみえ?」

誰もフーミン違いだと突っ込むこともなく和三郎は放置された。


その横で是政が号泣している。


ケンゾーとるるるのリンちゃんは、破壊しまくった団体施設の後片付けを手伝っている。


ヒルヒルは屋上に放置していた義肢を回収中。


阿弥陀如来と軍三と菩薩達を載せた雲がゆっくりと西の空に帰っていく。

なんともスピリチュアルなメロディと共に。


和三郎はにんまりする。

「『不思議なお話を』か……」

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ヒルコの娘は常世と幽世の狭間で輪舞を踊る 加藤岡拇指 @hanghaji

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