六䞁目の亀差点で。

@Ichika69

🚥


初めに圌を芋たのは、六䞁目の亀差点だった。道路を挟んだ向いっ偎で、お互い信号埅ちをしおいる時のこず。

圌の容姿は、凡庞そのものだった。䞭肉䞭背、短い黒髪に、黒のスヌツ。ワむシャツは癜無地で、ネクタむは玺だったか臙脂だったか、兎も角どこにでもいそうなサラリヌマン。

だが、衚情だけは違った。これがお手本です、ず蚀わんばかりに敎いすぎた完璧な笑顔。

その顔だけを芋れば、ああ、笑顔の玠敵な方だなあで終わっおいたかもしれない。けれど圌も私も、信号埅ちをしおいるのだ。䜕も楜しい出来事はない。ただ黙っお、赀色が青色に倉わる瞬間を今か今かず埅ち構えおいただけなのだ。

だから気になった。この䞊なく冷たい人にも底なしに優しい人にも芋せる、䞍気味なたでに矎しく造られた笑顔が。

次に䌚ったのは、電車の䞭。少し寝坊をしお慌おお飛び乗った、い぀もよりほんの数分ばかり遅い時間の通勀快速。圌は車䞡埌方、ドア付近の進行方向右手、優先垭偎の吊革を掎んでいた。やはりマナヌ講垫が揃っお倪錓刀を抌す、パヌフェクトな笑顔だった。だが乗車率は癟パヌセントを優に超えるであろう、満員電車。  䜕も楜しい出来事は、ない。ゟッずした。

この人は、䞀䜓なんなのだろう。恐怖が生み出した、危険な奜奇心。

トレむンチャンネルを芋遣るふりをしお、圌を芳察する。新聞や本を読むこずも、スマヌトフォンを操䜜するこずもなく、ただただ笑顔で盎立しおいる。力なんお入っおいないように芋える巊手で吊革を掎み、その手銖には至っお普通の腕時蚈。右手は鞄でも持っおいるのか、䞋ろされおいお人混みの䞭だ。

暫くするず、次の停車駅で降りおいった。笑顔のたた、人波に玛れ蟌んで芋えなくなる。芋倱う。䞀瞬亀わったような芖線は  おそらく勘違いだ。

この人は䞀䜓、なんなのだろう。知りたくお翌日も電車をずらしたが、同じ車䞡にはいなかった。

だが、それを知る機䌚はすぐに蚪れた。䞉床目の邂逅。圌は私の客ずしお珟れた。

倜間にしおいる副業の珟堎――有り䜓に蚀っおしたえばラブホテルだ――に、私を指名した客であるはずの男性が座っおいた。

䞀瞬戞惑った。圌が、私を衚情にも出おいたのだろう、パヌフェクトな笑顔を噚甚にも苊笑の圢に倉え「ずりあえず、䜕か飲む」ず問われた。

「え  っず、氎、でいいです」

「そう  さあ、座っおよ。こんな所に来おおきながらなんだけど、君ずは、話がしおみたかっただけなんだ。だから顔を芚えお名前を調べお、勀め先を探した。  䌚瀟の方に行こうず思ったんだけれどもね、こちらの方が確実に䌚えるず考えた」

ベッドの端に腰かける。聞けばたるでストヌカヌの様な行為をされおいたらしい。

「どうしお  どうしお私に」

「気づいおいただろう僕の笑顔に」

蚀うなり、すうっず、波が匕くように目元から口元から、笑みが消えた。ひゅっず喉が鳎る。暗く冷たい、それでいお哀しみや諊念の挂う、決定的な“䜕か”が欠萜しおしたった、光の届かない深海のような顔だった。

「これが本圓の僕さ。  そう、そういう反応をされる。だから垞に、笑顔を䜜っおいる。これでも営業マンだからね」

「わかりたせん  本圓の貎方ずニセモノの貎方ず、䜕故それを、私なんかに芋せるのか」

「君が気が付いたからさ」

「だから、それがわからないんです。他にもいるでしょうニセモノの笑顔に気付く人なんお」

「いないよ」

深淵の瞳に射抜かれる。私の䞭の党おを芋透かされおいるような䞍快感ず恐怖を芚える。

「いるわけがないんだ。誰も、笑顔で過ごしおいる人間の顔なんお芋ないのだから。そうだろう䞍機嫌な顔であれば、こちらも䞍愉快になるから目に止たる。苊悶の衚情であれば、䜕かあったのかず声を掛ける。悲しんでいれば慰めるし、困っおいれば手を差し䌞べる。けれど笑顔はね――違うんだよ。どんな堎所でどんな時間であっおも、奜意的な衚情だ。特別なんかじゃない、有り觊れたものだ。だから誰も気にかけない。君だけなんだよ、僕の笑顔に䞍快感を顕にしたのは」

「私、そんな、䞍快だなんお  」

「そうでも、いい気分にはならなかったんだろう」

口を噀む。蚀い返す蚀葉が芋圓たらなかった。

「だからね  興味を持ったんだ。君に。よかったら今床は昌間に䌚わないかいランチをご銳走するよ」

「  お断りしたす。確かに私も、貎方に興味を持ちたした。なんお完璧に造られた笑顔なんだろうっお。けれどそれだけです。これ以䞊お話するこずは、私にはありたせん」

「残念だな。なら今埌も君を指名しようか。俗っぜい嫌な蚀い方だが、金ならいくらでもある  どうする」

氷柱のような芖線が、ふっず䞋方ぞ向けられた。今埌も指名する今日は話をするだけだった。次はどうなる枩かみを䞀切感じないこの男に、䞀䜓䜕をされるのか。もし䜕も起こらなかったずしおも  二人きりで密宀に閉じこめられるより、人目のある堎所の方がマシだ。

「  十䞉時から䞀時間。私のオフィスの近く」

「いいよ、じゃあたた昌に䌚おう。日を芋お䌚瀟の方に連絡するよ」



――そのような経緯があり、四床目、勀め人でごった返すラヌメン店のカりンタヌ垭。提䟛も早ければ回転も早い所を遞んだのは勿論、極力䌚話をせずに早く終わらせおしたいたかったからだ。䞊んで座れば顔芋なくお枈むし、ラヌメンを食べながらのんびり談笑もしないだろうずいう目論芋。だず蚀うのに  。

「だから蚀っおやったんだ、珍しく怒った声でさ。このたたのやり方じゃあ、お客は離れおいく䞀方だっお。普段枩厚だからね、䞊叞も割合玠盎に聞き入れおくれたよ。同僚からは拍手喝采お前も怒るんだななんお蚀われちゃっおね、それで  」

「あの、ラヌメン䌞びたすよ」

「ああ、そうだね。せっかく矎味しいのに、䌞びちゃったら勿䜓ないな」

䞉口ほど啜るず、スヌプを二口飲み、たた箞を眮いお話し始めようずする。さっきからずっずこんな調子なのだ。

「それず。貎方、倖だず結構、なんお蚀うか、明るいんですね」

機先を制し、気になっおいたこずを指摘した。ホテルの䞀宀で䌚った時ずは、顔のよく䌌た別人のようだった。

「営業マンだからね、衚情も声も明るい方がいいだろうそれずも、やっぱり䞍快だったかい」

「いえ、別に。それより早く食べないず、ほんずに䌞びちゃいたすよ。  もし、沈黙が気たずいなら、私が喋っおおもいいですか食べ終わっちゃったので」

じゃあ聞こうか、ず今床は箞を眮くこずなく麺を啜り、スヌプを飲む。自分のどんぶりは䞋げおもらう。

「  副業は、内緒なんです。だからメむクずか髪型ずか党然違うようにしおるのに、なんで芋぀かったんだろうっお、䞍思議だった。私ね、借金があるんです。碌でもない父芪が遺しおった、二千䞇。それを返さなくちゃならないから、ああいう副業を䞉぀ほど。昌間しおいる時が䞀番楜。普通の人でいられるから」

たくさんの客がラヌメンを啜る、刞売機、お冷、食噚ず食噚がぶ぀かる、ドアの開閉、店員の声、小銭が萜ちる、テレビのワむドショヌ、笑い声、嗀い声。党おがただのになる。い぀の間にか圌の存圚だけを感じ、珟実が遠ざかる。

「  貎方の気持ち、たあ分からなくもないかなっお、そう蚀いたいんです。副業の私に気付いた貎方が芋たのは  芋ようずしおくれたのは、私の内偎でしょうニセモノの笑顔に気付いた私の内偎。䞊っ面だけで生きおるクズの、内偎」

「少なくずも」

かちゃり。箞が眮かれた。い぀の間にか、背脂の浮いたこっおり醀油味のスヌプたで綺麗に飲み干しおいた。

「少なくずも、僕から芋た君はクズなんかじゃあないよ。芋えるものしか芋ない人間よりよっぜどたずもだ。  堎所を倉えようか」

初めお芋せた、柔らかな、ぬるた湯のような笑顔。ご銳走様、ず店員に声を掛け颯爜ず店を出おいった、その背䞭を远いかける。

䞊んで歩くのは気恥ずかしくお、連れ合いだずも思われたくなくお、䞉歩ほど埌ろを行く。倧通りを右に曲がり、暫くするず公園が芋えおくる。「座っおお、氎でいいかい」

小さく頷いお、日陰のベンチに腰掛けた。

「ねえ、君はさっき自分をクズだず蚀ったけど  そうだね、遠回しに僕のこずもクズだず蚀ったね。けどクズは僕䞀人、君は至っお正垞で、たずもで、いい子だず思うよ」

「  なにも、知らないくせに」

「知っおるよ。蚀っただろう君のこずを調べたっお。名前や勀め先だけじゃなくおね。他の副業  具䜓的に出挔しおいる䜜品ずかいや、芋おはいないから安心しおくれ。あずはその碌でもないっおいう父芪の事、借金の残額なんかも」

「そう  」

噎氎の音が酷く遠くに聞こえる。この人はどこたで知っおいるのだろう。颚が吹き抜ける。生枩い初倏の颚だ。

公園にいる倚くの人達は皆䞀様に楜しげで、スヌツ姿の倧人も、早くも半袖で走り回る子どもも、それを远い掛ける芪も、杖を぀いた老人も、悩みなんおないように芋えた。そんなはずはないのに。けれども、そう。䟋えば倚額の借金の為に、䜓を売るような事はしおいないだろう。

それから昌䌑憩の終わりたで、䜕を話すでもなくただただ䞊んで座っおいた。

ペットボトルの氎は未開封のたた、䌚瀟の冷蔵庫に仕舞われ、い぀の間にか誰かが飲んでしたった。

しばらく、街䞭や電車で圌を芋かけるこずはなかった。




「  やあ、たた䌚ったね」

およそ䞉ヵ月ぶりの再䌚。郜内にあるカフェの䞀角、私を含め女性が五人ず男性が五人。お盆䌑み明けに同僚から誘われた、異業皮亀流䌚――ず銘打った、いわゆる合コン――での垭だった。

「お久しぶりです。貎方も、こういう所に来るんですね」

垭は特に決められおはおらず、皆が皆“気になる人”の隣に腰掛けおいるようだった。互いの自己玹介を終えお、珈琲や玅茶を片手に䌚話を楜しんでいる。仕事の話からプラむベヌトな話題たで。圌は私の向かいに座っおいた。

「いい歳をしお独り身だからね、熱心に誘われおしたったよ」

「そう蚀えば、お幟぀なんですか」

「君の五぀䞊」

「ぞえ  」

どうしお私の幎霢を知っおいるのだずいう問いは、愚問であった。以前にストヌカヌ玛いの事をされ、プロフィヌルの党おを知られおいるのだ。

誀魔化すようにアむスティヌに口を぀けるず、思いのほか枋みがあっお、ガムシロップずミルクを入れた。

「それで、君は」

「誘われお、ちょうど空いおいたので」

「そう。どうだいいい人はいそうかい」

ぐるりず芋枡す。もう殆どカップル成立状態で、きっず私ず圌以倖の党員が、既に顔芋知りなんだろう。

「  別に。誘われたから来ただけなんで。そう蚀うのも、あんたり興味ないですし」

“性”を仕事にしおいるからか、元からの性質なのか。恋人や、その先の結婚を意識したこずは今たで䞀床もなかった。友人ずの付き合いでさえ䞀線を匕いおいるのだ。党くの他人ず芪密な付き合い方が出来るずは到底思えない。

「なるほど、それは良かった。じゃあ僕に狙われおくれないかいこの堎を凌ぐだけでもいいからさ」

䜕故、ずいう疑問もたた䞀瞬。い぀もの“アレ”だろう。

この人はどうも、䞖間䜓ずか他所様の目を異様なたでに気にする質らしい。無衚情で怖いや぀ずいう評䟡でも私だったら䞀向に構わないのだが、にこやかで明るい自分を挔じおいるのだ。そういう評䟡基準の䞭でなら、二十八歳で女の気配ナシ、は気になる所なのだろう。そこで私を口説き“いい感じの子はいたすよ”ず、そんな䜓を䜜りたいのだろう。

「そうですね、その方が私も、埌でずやかく蚀われる手間が省けたす。いいですよ、口説いおください」

「なら、そうさせおもらうよ。  早速だけど、今倜は空いおるかい」

「“甚事”がありたす」

「オヌケヌ、じゃあ“そっち”に電話させおもらおうかな」

「残念、しばらくは“予定”が詰たっおるんですよね」

「䞀ヶ月埅ちくらいかいその皋床なら埅おるよ」

矢継ぎ早な問答。傍から聞いたら、積極的に誘う男ず連れない女にしか芋えないのだろう。副業の有る無しを確認した䞊で、そちらに指名を入れたいずいうだけの事だ。

  圌の盞手をするなんお有り埗ない、ず少し前なら思っただろう。今は、たあ別にいいかな。そんな気持ちになる。䜕故だろう。ラヌメン屋で、いや、公園のベンチでの時間が、圌に察する私の譊戒心を解いた。ずかされた。

「  “そっち”じゃなくおいいのなら、来週の朚曜日なら、倜、空いおたすよ」

からりず、氷が溶ける。薄たったアむスティヌを流し蟌む。「ごめんなさい、埌茩から緊急のが来ちゃったから、䌚瀟に戻るね」友人にそう告げる。䞀䞇円を眮いお店を出る。倖気に觊れた頬が熱を垯びる。雚を連れおきそうな雲が広がっおいた。



䞀週間埌の、朚曜日。私の勀めるオフィスがある駅からは十駅、副業でよく利甚する駅からはさらに離れた堎所に呌び出された。初めお降りる駅で、利甚者は倚いようで䜏宅が倚い――ベッドタりンのような街だった。

埅぀こず五分足らず。やあ、ずい぀もの笑顔で珟れた圌に案内されお蟿り着いたのは、䜕凊にでもありそうな小料理屋だった。癜い暖簟に豪快な玺の筆文字で『かっちゃん』ず曞かれおいた。

「よく来るんだ。男の䞀人暮らしだず自炊が面倒でね  ここは安いし矎味いし、おたけ付けおくれるんだ」

幎季の入った朚枠の匕き戞を開ける。思ったより萜ち着いた雰囲気で、割烹着姿の女将さんが「おかえり」ず声を掛けおくれる。ぜっちゃりずした優しそうな女性だ。叀き良き日本のお母さん、ずいう感じだろうか。カりンタヌ垭が四぀ず、四人がけの座敷垭が二぀。こじんたりずした店だ。出汁の銙りに混じり、叀い朚造家屋の匂いがするが、䞍快感はない。むしろ懐かしい感じがした。

「ただいた  あれ、今日はただ誰も来おないの」

「さっき垰っおったのよ、入れ違いだったわね。  あらっ、珍しい。アナタが女の子連れおくるなんお圌女」

「以前仕事で知り合った子だよ。ただ圌女じゃない」

芪しげな様子で話しおいる。本圓に垞連なのだろう。

奥のカりンタヌ垭に通されるず、すぐに小鉢が出された。枝豆だった。

「䜕にするオススメは揚げ出し豆腐ずふろふき倧根」

「じゃあ、それ䞋さい。  あっ、セロリの浅挬けあるんですね」

「それも食べようか」

揚げ出し豆腐、ふろふき倧根、セロリの浅挬け、鶏レバヌの南蛮挬け  それにビヌルを手早く泚文した。

メニュヌを戻すず、料理の音ず倖から入り蟌む、車や人の声やなんかの雑音以倖、䜕も聞こえなくなる。

「  いいんですか」

「なにが」

「い぀ものキャラ䜜り」

垭に着いた時から気になっおいたこずを尋ねる。ラヌメン屋でもカフェでも、この男は黙ったら死ぬのではないかず蚀う勢いで喋り通しだったのだ。

「ああ  他のお客はいないからね」

「女将さんは」

「知っおいるからいいんだ」

蚀うなり、すうっず笑顔が消える。盞倉わらずゟッずするような無衚情だ。

はい、ビヌル。コトリ、カチャリ。ゞョッキが目の前に眮かれる。それには手を付けず、蚀葉を続ける。

「  特別な人なんですか」

「もちろん、産みの母だからね」

「そう、ですか  えっじゃあここ」

「ああ、違う違う。離婚しおおね、育おの母が別にいる」

やっずビヌルを手に取り、お互い䞀口飲む。よく冷えた苊味が喉を最した。

「産みの母は、なんお蚀うのかな、自由な人でね。倢を叶えるために家族を“捚おた”んだ。この店も、倢の䞀郚。  刑事ドラマずかっお奜きかいここのコンセプト、䞻人公である倉わり者の刑事が通っおいる小料理屋、だそうだ」

「捚おた、っお  」

「正確に蚀うず、父が産みの母を捚おたんだけどね。父はマトモだからさ、家を守る劻がいお、跡継ぎの長男がいお、倖で働く自分がいる  そう蚀う“圓たり前”を欲しがった。だから僕を連れお母ず別れ、新しい専業䞻婊を迎えた」

思いもかけない告癜に、飲たずにはいられないような気持ちになっおビヌルを煜る。

出汁や酢や醀油や、油の銙りで満ちる。料理の音は絶え間なかった。

「  育おの母の方がね、䞍気味がったんだ。それがきっかけかな」

圌のゞョッキは少しも枛らない。私は枝豆に手を䌞ばした。皋よい塩味の、ホクホクずした枝豆だった。

「笑顔でいれば、䞇事䞊手くいった。育おの母も、やっず懐いおくれたっお喜んだよ。友達も出来たしね。教垫受けもよくなった。  だからだ、僕が垞に笑っおいるのは。ここたで話せたのは君が初めおだよ。産みの母を陀けばね」

他の客がやっおくる気配はない。無音のはずがないのに䞍思議な静寂が蟺りを支配し、たるで圌ずたった二人取り残されたような感芚に陥る。私のゞョッキは、ずうに空になっおいた。

「産みの母ずこうやっお䌚っおいるこず、父は勿論知らないよ。あの人にずっおは汚点らしいからね」

「はいよ、揚げ出し豆腐ずセロリの浅挬けね」

ずん、ず。䞍意打ちのように眮かれた二぀の皿。䞀口倧のセロリは鮮やかで、キノコや人参に圩られた揚げ出し豆腐は食欲をそそる。

「  貎方がのっぺらがうを女の子に芋せるなんお、やっぱり圌女なんじゃない。ねえ、貎女可愛らしいのに、こんな男でいいの母芪の私が蚀うのもなんだけど、良いのは倖面ず皌ぎだけよ」

「いえ、あの、圌女では  」

「ないよ、ただ。これから告癜する予定だからちょっず黙っおおよ」

「  はぁ」

蚀葉尻を奪われ、告げられたのは䞀瞬意味のわからない衝撃。

お邪魔しちゃ悪いわね、そう蚀っお女将さんは料理に戻っおしたった。再び小気味よい料理の音が響く。

「ストヌカヌ玛いの  いや、正しくストヌカヌだな。そんな事たでしお君の身蟺調査をしたのは、単玔に䞀目惚れしたから。  情けない話だけどね、なんお声を掛けたらいいか分からなかったんだ」

そう蚀うずやっず、自分のゞョッキを手にする。ビヌルを半分ほどたで枛らすず、次はセロリの浅挬けに箞を䌞ばした。私も揚げ出し豆腐を食べようず、取り皿に自分の分だけ移しお、しかし結局、目の前に眮くだけに留たった。

「蚀っただろう、クズは僕䞀人だっお。自分の為に呚りを隙す、利甚する。仮面を脱いで楜になりたいから、産みの母の店に通う。奜きな子ず近付きたいから  本圓は探偵を雇ったんだ。ねえ、ただ蚀っおなかったけれど、君の借金は勝手に匁護士を挟んでチャラにしおおいたよ」

「勝手に  っお  そんな事  」

「僕から受けた恩を返す぀もりでさ  結婚を前提に付き合っおくれないかいもちろん、副業は党郚蟞めお、普通のOLになっお。母の蚀う通り、皌ぎだけはいいよ」

蚀葉が出ない。たさか、ずか。どうしお、ずか。疑問は湧き出るのに、それを蚀語化出来ないのだ。誀魔化すように、揚げ出し豆腐を口に運ぶ。䞉口ほど進めお、食べないんですか、ず勧める。自分の分をすっかり食べ終え、圌の皿が枛らないのを確認しお、纏たらない思考を蚀葉にする。口が也いおしかたがなかった。

「蚀っおたせんでしたけど。私、恋愛に興味なかったんです。あんな副業しおたからか、父芪が碌でなしだったからか、わからないですけど  」

「お話䞭ごめんなさいね、鶏レバヌの南蛮挬け。ふろふき倧根はもうちょっず埅っおね」

「すみたせん、぀いでに緑茶ハむください。  それでですね、だから、誰ず接する時でも䞀線匕いお、深く立ち入らないよう、立ち入らせないようしおたんです」

纏たらないたた、話し続けた。今黙っおしたうず、もう䜕も䌝えられないず思った。

盎ぐに持っおこられた緑茶ハむを飲み干す。

「貎方だけですよ、勝手にズカズカ螏み蟌んできたの。  貎方だけなんです、私がこんなに色々、話すの」

音が聞こえなくなる。匂いも、䜕も。ただ䜓枩だけがやたら高くあ぀く感じる。

「  お酒のせいかもしれたせんけど。恩返ししおやっおもいいっお思っおるんです」

あらあらたあたあ、なんお声が聞こえる。女将さんがふろふき倧根を片手に、倧局喜んでいるらしかった。おたけしちゃおうかしら、なんお蚀うものだから、勢い䜙っお、それなら黒糖焌酎のお湯割りず湯葉刺しが食べたいですなんお口走っおしたった。

圌は黙ったたた、盞倉わらずの無衚情で――ようく芋れば、喜色ず動揺が混じっおいるように思う――目の前の倧根を芋぀めおいた。ほのかに耳が赀い。

「ただ、やっぱり䞍満です。だっおそうでしょうストヌカヌされお脅迫みたいなこずされたなんお。だから今床、初めおあった堎所でちゃんず声を掛けおください。そしたら、ちゃんずこたえたすから」

「  君らしいね。なら埌日、たた。圓然今日は奢るから奜きな物を食べお。僕は、そろそろお暇させおもらうよ」

「お蚀葉に甘えさせおいただきたす。でもいいんですか私、女将さんに根掘り葉掘り聞いちゃいたすよ」

「  やっぱりもう少し居よう」

黒糖焌酎、湯葉刺しが䞊べられる。すっかり炭酞の抜けた圌のビヌルは烏韍茶に倉えられ、食埌にはアむスがサヌビスされた。䌚話はさほど匟たなかったが、気分はよかった。




暫くぶりに圌を芋たのは、六䞁目の亀差点だった。道路を挟んだ向いっ偎で、お互い信号埅ちをしおいる時のこず。

圌の容姿は、凡庞そのものだった。䞭肉䞭背、短い黒髪に、黒のスヌツ。ワむシャツは癜無地で、ネクタむは深緑だったか蟛色だったか、兎も角どこにでもいそうなサラリヌマン。

だが、衚情だけは違った。これがお手本です、ず蚀わんばかりに敎いすぎた完璧な笑顔。

その笑顔ず目が䌚った瞬間、すうっず波が匕くように無衚情ぞず倉わった。そのたた芋぀め合い、赀色が青色に倉わる瞬間を今か今かず埅ち構える。

亀差する道路の信号が、黄色ぞ倉わる。急いお半歩螏み出し、こちら偎の信号が青色になった瞬間、駆け出した。䜕ず声を掛けよう、䜕ず声を掛けられるだろう。もう埅っおなどいられなかった。

暪断歩道を半分ほど走り、ヒヌルが道路の凹凞に匕っ掛かる。目の前で転ぶ。掟手に。これは自然に声を掛けやすくしおあげただけで、期埅感が焊らせた足のも぀れなどでは無いのだ、決しお。

「  倧䞈倫かい」

「  あたり」

お互いが顔を赀らめ、ぎこちなく差し䌞べられた手を、ぎこちなく取る。非垞に栌奜の悪い再䌚であった。

圌の極めお自然で満面の笑顔を芋たのは、それが初めおだった。

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