とげ、まわり

サカモト

とげ、まわり

 古い駅舎の階段を登っていたとき、手をかけかけた木製の手すりの表面がけばけばに荒れていた。ささくれを懸念し、咄嗟に手を引っ込めたところ、全身バランスを崩した。

 そのまま後ろ向きで、重力に背中がひっぱられるようなり、階段を落ちそうになる。咄嗟に、なんとか身を捻り、体勢を立て直そうとしたものの、どうしても怪我をしたくない感情が強く働き、捻りを効かせすぎてしまい、フィギュアスケートの回転ジャンプみたいになった、気がしたが、実際は惨めな回転だろう、しかし、体感はそうである、飛んだことのない、フィギュアスケートの回転ジャンプを飛んでいる、その最中に考えたのは、着地のことだった。こんな回転しながら階段に着地したら高確率で、足を捻るだろう。いや、着実が足からならまだいい、もし、頭部からいったろしたら。回転しながら、アタマから階段の、とくに、段に対して、こう、鋭角にいった場合、頭蓋の中につまった思い出、知性、欲望のすべてがDELETEされ、人生が絶滅する可能性が高い。終わる、いま、ここで終わる、地元で終わる。そう、地元で終わるのか、こんな最後か、ラストこれか、最終回か、しかも、打ち切りのタイプ最終回。思えば、一年前、高校を卒業し、進学のため上京した。そして、今日、地元へ戻ってきた。高校の同窓会がある、そんな夜、いま、じぶんは駅の階段で不本意な回転ジャンプしながら、階段を落ちている。ここで終わりか、終わるのか、あぁ、とショートなポエムが登場してくる、そして、そのポエムは、なんら危機に対しては無力だった。ああ、ポエム、そこのポエムくんよ、きみはいまではない、いま登場の場面ではない、と、ぎゅうぎゅうポエムくんを押し返す。そうしたVSポエムくんとの試合を行っている間も、回転と落下は続いている。そうだ、こういうときは、ポエムではない、ここはやはり、走馬灯ではないか。そうだ、走馬灯であるべき、回転しながら確信する。そして、決める、走馬灯をやろう、と。しかし、すぐに壁にぶつかった。走馬灯を見ようと、思っても、出ない。もしかして、ちがうのか、走馬灯は、見ようと思ってみれるものではないのか、走馬灯はそういうんじゃないのか、そういうつもりのやつじゃないのか。そういえば、今日まで、いつでもどこでも自由に走馬灯を見る訓練などしてこなかった、そんな生き方をしてこなかった。走馬灯に対し、真摯に向き合ってこなかった過去がある。走馬灯をなまけた。そんな走馬灯に対し、不誠実だった者が、いざ、欲しいからと走馬灯を呼び出したとして、走馬灯側からすれば、ちょっと都合がよすぎるのではないかね、君、と言われてもしかたない。悪かった、走馬灯、いや、走馬灯さん、こちらが悪かったよ、走馬灯さん、走馬灯大統領。謝罪しよう。とたん、見えた。あ、ちなみに、走馬灯は、見る、という漢字の使い方で合っているのか。危機の中にあっても、あくなき好奇心が働いてしまう。それはさておき、見えた。走馬灯だ、高校生のじぶんだ、そうだ、高校に通うため、雪の降る中、この駅のホームで電車を待っていたりした、そんな、じぶん。そして、そう、そうだった、思い出す、いつもこの駅の同じホーム、同じ時間で、同じ電車を待っていた、あの人の、あの姿を。三年間、いつも見ていた。冬になると、オレンジ色マフラーをしたあの人を。夏は髪を短くするあの人を。ずっと見ていた、そして、心の中に隠し、思い慕っていた、あの人のことを。いま、光があふれるように、あのときの気持ちが蘇る。あの人に言えなかった言葉を思い出す。そして、今日、あの人も同窓会に。

 と、思っているうち、足から着地した、ふつうに。怪我もなく。

 こうして、じぶんは、ささくれ回避と、妄想回転により、心に刺さっていたトゲに気づいた。

 だからどうということでもない。

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とげ、まわり サカモト @gen-kaku

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