ツンツンしているヤニカスのホワイトデー

惣山沙樹

ツンツンしているヤニカスのホワイトデー

 三月十四日が迫ってきて、胸がむかついてきた。生まれてこの方、贈り物ということをしたことのない僕だ。何をすればいいのかさっぱりわからなかった。しかし、相手は蒼士だ、チョコレートを貰っておいて何もしないわけにはいかない。一応その、彼氏だし。

 こたつに入ってタバコを吸いながらとりあえず検索した。ホワイトデーのお返しにはいちいち意味があるらしい、面倒くさい。クッキーは「友達でいましょう」、マシュマロは「お断りします」、もし蒼士がそれを知っていたらまずい。


「もう……これでええか……」


 僕は着古したダウンジャケットを着て、電車に乗ってショッピングモールに向かった。催事がある場所にまっすぐ行く気が起こらなくて、まずは喫煙所で一服。何というか、ああいう場に行くこと自体が恥ずかしい。蒼士の奴はきっと嬉々としてバレンタインデーのやつを買ったのだろうが。

 おずおずとそこへ向かってみると、ずらりと並んだショーケースがあった。目当てのものはあるだろうか。素早く見ていった。


「あった……」


 小さいのとデカいのがあったが大は小を兼ねる、そっちにしよう。僕はショーケースの上にあった包装された箱を掴んでレジに突き出した。

 そして、当日。


「美月ぃ! 来たで!」


 一体何の毛をむしりとってきたんだ、と眉をひそめるくらい派手な虹色のファーがついたモッズコートを羽織った蒼士がやってきた。奴の服のセンスならとうの昔に諦めていた。


「ん……蒼士、コーヒーいれよか」

「その前にぎゅー!」

「嫌や。大人しくこたつ入っとけ」


 僕はマグカップを二つ出してインスタントコーヒーを作った。例の箱ならこたつの上に乗せてあった。


「なぁなぁ美月、これ何? 何ー?」

「つべこべ言わんと開けろ。とっとと食え」


 蒼士はベリベリと包装紙を開けてフタを開けた。


「おっ、バウムクーヘン?」

「まあ、な……この前アレもらったし……」


 意味は「幸せが続きますように」。それが一番しっくりくると思った。僕はマグカップと一緒にフォークを置いた。


「いただきまーす!」


 ろくに中身を見ずに買ったのだが、白いチョコレートが表面に塗られていたようだった。蒼士はフォークで割って大きな口で頬張った。


「んー! 美味いなぁこれ」

「ん……」

「美月も食べぇや。あーんしたる」

「別にいい」


 僕は反対側からバウムクーヘンを崩していった。それなりの値段だったのだ、それなりの味がした。


「蒼士……口にカスついとう」

「美月取って」

「自分でやり」

「取ってやぁ」

「……知らん」


 蒼士を無視してタバコに火をつけた。相手は食事中だが別に気を遣わなくてもいい。蒼士はみるみるうちに平らげた。


「美月ぃ、ありがとうなぁ」

「勘違いすんなよ。借り返さな居心地悪いだけ」

「でも、俺のために選んでくれたんやろ? めっちゃ嬉しい」

「適当に選んだやつや。食いもんやったら蒼士何でもよかったやろ」


 蒼士は立ち上がって僕の背後に来て抱きしめてきた。僕はぷかぷかと紫煙をくゆらせた。


「美月、好きぃ……」

「あっそう」


 もう少し何とかならないのかこの口は、と自分でも思うのだが、飛び出す言葉が勝手にそうなるのだから仕方ない。


「俺、美月のこと一生大事にするからな」

「もう聞き飽きた。別にいつでも捨てたらええよ。蒼士なんておらんでも生きていける」

「俺は美月おらんかったら死ぬ」


 蒼士は僕の首筋をペロペロ舐め始めたがタバコはまだ短くなっていないし気にせず最後まで吸い切ることにした。

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ツンツンしているヤニカスのホワイトデー 惣山沙樹 @saki-souyama

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