懐かしき…ささくれ。
黒羽冥
第1話とある男の思い出。
「ん?いてっ!?」
「あら?どうしたの??」
僕は妻のその声に痛みを感じた自分の指を見る。
するとどこかに引っかかったのだろう。
指にはいつの間にかささくれが出来ていた。
「ささくれってさ!身体の調子が悪いと出来るとか聞いたことない?」
「んー!僕は親不孝とかって話聞いた事あるけど…あれって本当は、ささくれが出来ると親の手伝いが出来なくなるくらい痛いからそれで親不孝って呼ばれたりもするって聞いた?」
「へぇー!色々あるのねぇ。」
妻は感心したかのように話す。
すると…ささくれを見ていると……僕は不意に頭に昔の事を思い出す。
あれは…僕が小学校に入る前の事だったっけかな。
◇
◇
◇
僕の親は片親だった。
生まれた頃にはもういなかったらしい…そんな事から僕は母親一人に育てられていた。
「いたっ!」
「どうしたの?母さん?」
母の台所からの声に僕は思わず駆け寄っていった。
「ささくれね…」
「ささくれ…かぁ?」
「そう…水を使うお仕事をしてるとなりやすいとかってどこかで聞いた事あるけど…私の仕事もそうだし…しょっちゅうなるし仕方ないんだけどね…あ!ごめんね!もうお腹すいたよね?さっさと作るからもうちょっとだけ待っててね?」
「母さん……。」
そう…母はこうして自分の事も顧みず僕にいつも優しい笑顔をくれた。
そんな生活を送る事数年…僕は学生生活を終え就職をした。
「母さん!僕就職が決まったからもう母さん一人で大変な思いしなくていいからさ!」
「………………………………りが…とう!」
僕の目から涙が溢れてくる。
「もう!母さんは働かなくていいんだ!これからは僕が母さんを食べさせていくからね!!」
「う……ん………う………ん。」
母さんの、か細い声。
彼女の目からは涙が零れていた。
ここはとある病院の病床。
母さんは僕が就職が決まるか決まらないかの頃。
突然倒れた。
それからこの病院にずっと入院している。
告げられた余命宣告は数ヶ月。
僕は今…病院から緊急に呼び出され母さんの元に来ている。
「母さん!!」
僕は彼女の手を握る。
見るとその、か細くなった指には…ささくれは見当たらなくなっていた。
「母さんの手…綺麗だよ…ずっと…僕の為に…ありがとう。」
「う………ん…幸せに……ね。」
「うん………母さん。」
◇
◇
◇
僕には今…愛する妻がいる。
亡き母からもらった愛はこれからは彼女へと、そして僕達の子供へと向けていかないと。
懐かしき…ささくれ。 黒羽冥 @kuroha-mei
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