君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅳ】

双瀬桔梗

第四の世界線

ろう君!」

 メンテナンス室に、おおがみれいの声が響く――。


 第四の世界線でも黎は、あまろうのヒーロー入り止めず、自身も開発部のスカウトを受けた。そして、第三の世界線での失敗を繰り返さないよう、あえて“不完全”の状態で変身アイテムを作り上げた。その“不完全”こそ、ヒーロー側にとっては“完成系”だと考えたからだ。


 黎の予想通り、“完成系”の変身アイテムのおかげで、第一の世界線では命を落としていたヒーロー達の死も免れた。第三の世界線より負傷者出たものの、“不完全”だったおかげでヒーロー達が暴走する事はなかった。


「びっ……くりしたぁ……珍しくそんな大声出してどうしたの?」

 ――そして、新たな未来を切り開いた事で、この先何が起こるのか黎にも分からなくなった現在。


 メンテナンス室に、変身アイテムを取りに来た志郎の手元を見た黎が大声を上げた。それに驚いた志郎は目をぱちくりさせ、心配そうに黎を見上げる。


「驚かせてすまない……志郎君の指から血が出ていたからつい……」

「へ……あぁ、これはさっき、ささくれを指でちぎっちゃってさ。少し血が出ただけだよ」

「ささくれ……」

「そ。も〜黎クンってば、大袈裟だよ〜こんな小さな傷くらいじゃ死にはしないのにさ」

 志郎が“死にはしない”と口にした瞬間、黎の頭の中でこれまでの世界線の出来事が一気に思い浮かぶ。それと同時に、黎の目から涙が溢れ出す。


「え、え、どうしたの? 黎クン?」

 黎の涙を見て、志郎はぎょっとする。それから慌ててポケットからハンカチを取り出すと、黎の目元を優しく拭った。


「君は嘘つきだ……どの未来でも死なないと言っていたのに……君は……」

「どの未来でもって……?」

 思わず黎はそう口走ってしまうが、当然、志郎は何も分からず戸惑う事しかできない。


 どの世界線でも、志郎は「絶対に死なない」と黎に宣言していた。それなのに、志郎は必ず死んでしまう。


 この世界線では今までの経験や失敗を活かし、志郎の死は回避しているが、この先は未知の領域だ。更には近々、『イレーズ』のアジトに乗り込む事になっている。


 戦況は僅かに『ヘルト』が優勢。ようやく見つけたイレーズのアジト。ヘルトの上層部はこちらが情報を掴んだ事に気づかれる前に、アジトへ乗り込み、イレーズを殲滅しようと考えているらしい。


 今までいくら探っても見つからなかったアジトの場所が突如、判明した事に“罠”だと疑う者もいる。黎もその一人で、その作戦を決行されれば、また志郎が死んでしまうのではないか。そんな嫌な想像ばかりして、不安を抱えている時に、志郎があんな事を言うものだから、感情が爆発してしまったのだ。


「……最近の黎クン、やけにささくれてない? 何かあった? オレでよければ、話聞くよ?」

 志郎は黎をそっと抱きしめ、彼の背中を擦りながら、優しい声音でそう問いかける。志郎の手の感触に、黎は次第に冷静さを取り戻し、涙は止まるが、不安な気持ちは消えない。


「……今度のイレーズのアジトへ乗り込む作戦……中止すべきではないか? 罠の可能性が高いのに……志郎君をそんな危険な場所へ行かせるなんて、僕は反対だ」

「う~ん……確かに罠の可能性はオレも考えてるよ? でも別にオレ一人で乗り込むって訳じゃない。もし罠でも皆で力を合わせればきっと大丈夫だって」

「……その“皆”が志郎君の足を引っ張る可能性だってある」

「え~そんな事言ったら、オレだって皆の足を引っ張る可能性だってある訳だし……お互い様じゃない?」

「君に限ってそれはない」

 ムッとしてそう言い切る黎の言葉に、志郎は「何その自信」と言いながら少し笑う。


「……ねぇ、志郎君。君だけでも作戦から外してもらう事は――」

「んなのダメに決まってるでしょ。一応、これでもチームの中では最年長だし、そうでなくても自分だけ安全圏にいるなんてオレはイヤだ」

 黎から体を離し、少し怒り気味に志郎はそう言った。彼の目は真剣そのもので、黎は一瞬、気圧されるが、「でも……」と口を開く。


「ヘルトの上層部は指示だけ出して、自分達は安全圏ここで待機しているだけだ。僕だってずっと安全な場所にいて……志郎君ばかり戦っている。志郎君だけがいつも危険な目に遭うのが……僕はもう耐えきれない」

「いやだからオレだけじゃなくて戦闘員、皆で……って黎クンが言いたいのはそうじゃないか。……そんな事言ってもさ、それぞれの役割があるんだからそこは仕方ないでしょ。それに……」

 そこで一度、言葉を切った志郎はじっと黎を見つめた。先程まで怒りが宿っていたその瞳に今度は不安げに揺れている。


「……ここだって安全とは限らない。オレはそう思ってる。今回の作戦では、今のところ戦闘員総出でイレーズのアジトに乗り込む事になってるだろ? そうなると、ここを守る人間は誰もいなくなる。だから念のため、一チームくらいは残るべきだって提案はしたんだけど……聞き入れてもらえそうにないんだよなぁ……」

「もし一チームだけ残るとしたら、志郎君の――」

「いや、それはないから。自分で言うのもなんだけど、うちは一応、主力チームだし」


 志郎の話を聞いて、希望が見えたかもしれないと黎は思い、“志郎君のチームが”と発言しようとした。だが、言い終わる前に否定され、ムスッとする。黎のその表情に、志郎は思わず、苦笑いを浮かべる。


「志郎君じゃないなら誰も残らなくていい。そもそも……イレーズがここを襲うメリットがあるとは思えないからな」

 ムッとしたまま黎がそんな事を言うものだから、志郎は少し呆れ気味に口を開く。


「十分あるでしょ。黎クンみたいな凄い開発者達がいるから、オレ達戦闘員はイレーズと対等に戦えてる訳だしさ。イレーズの連中が、先にヘルトのアジトを潰そうって考えてもおかしくはないよ」

 黎は自分達開発者が狙われる可能性がある事実より、志郎に褒められた事がうれしくて微かに口元を緩める。それを見逃さなかった志郎は「ねぇ、こっちは真剣に話してるんだけど」とジト目になる。


「すまない」

「別に謝る必要はないけど。とにかく! 黎クンも危機感を持ってねって話。分かった?」

「分かった」

「うん。それならよし」

 志郎は黎の表情が和らいだ事に内心、少しホッとしながら、少し背伸びをして彼の頭を撫でる。黎の方が一つ年上だが、彼は志郎に頭を撫でられるのが好きで、心底うれしそうな顔で少し屈む。


 その時、メンテナンス室の扉が開き、一人の青年が中に入ってきた。

「アンタら……何やってんだ」

 志郎と同じチームに所属する青年……ししどうシオンは呆れたような表情で二人に声をかける。シオンの声に、志郎は笑顔で振り返り、黎は露骨に嫌そうな顔をした。


「珍しいね。シオンクンがメンテナンス室に来るなんて」

「そろそろ会議が始まんのに、志郎がなかなか来ないから迎えにきたんだろうが」

「へ、もうそんな時間?」

 志郎はメンテナンス室の時計を見て、「ホントだ!」と思わず大きな声が出る。


 余談だが、シオンは志郎より二つ年下の高校三年生だ。ゆえにシオンは最初、敬語で話していたが、志郎が「堅苦しいよ~」と言い続けた結果、彼に対しては徐々にタメ口になっていった。


「シオンクン、呼びに来てくれてありがと。わざわざごめんね」

「いや、こんくらいで礼とかいいし……」

「ふふ……シオンクンは優しいね」

「あ゛? ……優しくねぇし」

「え~照れてるの~?」

 志郎はニコニコしながら、少し背伸びをしてシオンの頭を撫でた。その事にシオンは「ガキ扱いすんな」と怖い顔で怒るが、志郎は「だって子どもだし」とヘラヘラしている。


 そんな二人の様子を、黎は仄暗い瞳で見ている。その視線に気がついたシオンは小さなため息をつきながら、志郎の手をそっと退ける。


「照れてねぇし……さっさと行くぞ」

「あ、そうだね。黎クン、今日もメンテナンスありがと。オレ達そろそろ行くね」

「あぁ……」

 志郎は変身アイテムである小さな箱に手を伸ばすが……黎の声に元気がない事に気がつき、彼の顔をチラッと見る。


「も~黎クン、またささくれてるでしょ~」

 志郎は黎を抱き寄せ、一瞬だけぎゅっとした後、ポンポンと頭を撫でる。


「……ささくれてない」

「そ? ならいいけど。じゃ、また後でね」

 志郎はニコッと笑うと再び、箱の方へ視線を向ける。けれども、いつの間にかシオンが全員分の箱を手にして、メンテナンス室を出ていた。


「シオンクン待って! 半分持つよ」

 言いながら志郎は慌てて、シオンの後を追う。それでもメンテナンス室から出る直前に、もう一度、黎の方を見て笑いかけた。


「はぁー……おもしろくないな……」

 黎は椅子に腰かけると、ため息をつき、そう呟いた。




 それから程なくして、イレーズの殲滅作戦が決行された。ところが、それは失敗に終わる。黎が考えていた通り、やはり罠だった。ただし、狙われていたのはヘルトのヒーロー達ではなく、上層部や開発部の人間だ。


 それはイレーズのアジトに、全ヒーローが乗り込んですぐの出来事だった。ヘルトの本拠地が、イレーズの幹部クラスの怪人達に襲撃される。


 半壊した建物。容赦なく切り捨てられていくヘルトの非戦闘員達。一部の上層部や開発部の人間はどこかへ連れ去られ、ヘルトはほぼ壊滅状態だ。


 そんな中、黎は自分で作った予備の武器を使い、時には怪人化もして必死に応戦していた。だが、他の世界線を含めてもほぼ戦闘経験のない黎は、幹部クラスの怪人二体に深手を負わされてしまう。


「どうすンだ、コイツ」

「我々のではありませんが……なぜ怪人になれるのか、連れ帰って聞き出すべきでしょうね」

 二体の怪人が何やら話しているが、黎にとってはどうでもよかった。人間の姿に戻った体で仰向けになり、曇り空を見上げて志郎の顔を思い浮かべる。


 ただ、“志郎君に会いたい”と、彼の事しか頭にない。そんな想いが伝わったかのように、白いパワードスーツ姿の志郎が駆けつけてきた。彼の隣には紫のパワードスーツ姿のシオンもいる。


 イレーズのアジトに幹部クラスの怪人はおらず、ヘルトの本拠地からの通信が途切れた事で、ヒーロー達は異変に気がつく。ゆえに、イレーズのアジトにいる怪人に行く手を阻まれながらも、なんとかヘルトの本拠地に戻ってきた。


 その頃にはもう、怪人達はほぼ撤退しており、連れ去られる事もなく、何とか生きていたヘルトの非戦闘員は僅かだった。




「黎クン……返事してよ……」

 志郎は変身を解き、自分が着ていた上着で必死に黎の傷を止血しようとする。それでも止まらない血が、降り出した雨と混ざって流れていく。


 黎の心臓は既に止まっている。だから志郎が何度、呼びかけようと返事はできない。それでも怪人になれるからか、それとも霊体のような状態だからなのか、死して尚、黎ははっきりと周囲の状況を把握できていた。


 震える声で黎の名を呼び、彼の体を抱きしめる志郎の近くには……またしてもシオンがいる。


「……志郎、大神さんはもう……」

「いやだ……黎クン起きてよ……黎クン!」

 黎の亡骸を強く抱きしめ、志郎は泣きじゃくる。そんな彼の隣にシオンはしゃがみ込み、志郎が泣き止むのを静かに待った。


 ――おもしろくない。


 黎は最初、そう思った。彼は志郎の隣に、シオンがいる事が“おもしろくない”のだ。今も、これまでだって。


 黎と志郎は幼なじみで、二人がシオンと出会ったのはヘルトに入ってからだ。それなのに、ヘルトに所属してから志郎は黎より、シオンと一緒にいる事の方が多い。志郎とシオンは同じチームのヒーローなのだから、そうなるのは当たり前だ。それに、志郎は頻繁にメンテナンス室などを訪れて、黎に会いに来ている。ヘルトの寮でも志郎と黎は同室だ。


 それでも、黎はおもしろくなかった。一緒に死線を潜り抜けている志郎とシオンが、確実に絆を深めている事を察していたから。志郎の隣にいて、彼と背中を預け合えるシオンに、黎はずっと嫉妬している。今だって、当然のようにシオンは志郎の隣にいる。不器用なシオンなりに、志郎を慰めているのだ。


 ――僕は……志郎君が生きていれば、自分がどうなろうと構わないと思っていた。志郎君が生きているなら、僕は死んでもいいって……。


 黎は本気でずっとそう思っていた。けれども、いざ自分が先に死んで、“別の人間が志郎の隣にいる”のを目にした事で、その考えが変化していく。


 ――でもやっぱり嫌だ。死にたくない。志郎君と一緒にいたい。……そもそも、僕が死んだ後の未来で、志郎君が生きている保証はどこにある? ヘルトはほぼ壊滅状態だ。ヒーロー達が生きていても、破損したパワードスーツや武器は誰が直す? イレーズの連中が連れ去った人間を人質に使われたら……志郎君は迷わず、命を差し出すに決まっている。そんなの駄目だ。助けないと。こんなところで死ねない。何より……


 黎は一気にいろんな事を考え、ささくれ立った心のまま、最後にこう思った。


――何より、志郎君の隣に……宍道シオンが居座っているのが、気に食わない。僕以外の人間が、ずっと志郎君の隣にいるなんて……絶対に許さない。


【第四の世界線 終】

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